山茶花
土手道を自転車で駆けていく。
家から見て西側には土手道があり、その向こうを横切る川は、毎年秋になると川岸や中洲が一面のススキに覆われる。
今年も、一面見事なススキ野原。長く細い背を重たげにしならせて白く儚い穂を風に揺らしている。
夕暮れに柔く揺れるススキの群れは、さやさやと何かをささめいているようにも見えて、やがて呼気は穏やかに鎮まっていく。
北から南へ、静かに流れていく川は清く透き通っていて、陽に照らされた水面には西空のグラデーションが淡く溶けていた。
自転車にまたがって土手道を駆けていく。
車輪の音や学生の声、散歩する犬や飼い主の声なんかが風と共に流れていく。
ペダルを強く深く踏み込んだ。
ススキが群生している場所から北側の土手を抜けた先には桜の並木道がある。
朝は南から北へ、夕は北から南へ、毎日を繰り返している。
並木道は春になると桜のアーケードが暖かい影をつくるが、秋の今は色褪せ力尽きた葉が日に日に地に重なり落ちていく。
陰鬱を抱えた日の帰り道、並木の一本に鮮やかなツツジ色の花が僅かに開いていた。
毎日同じ道を通っていたのに、桜よりもずっと低いその木の存在に、私はその時になって漸く気付いた。
まだ僅かに開いたばかりなのに、鮮やかに目を引くそのツツジ色に気を取られて、私は自転車に乗ったままその花の下を通り抜けた。
憤りを蟠らせた日の帰り道、その花はついに満開に咲き誇っていて、曇天を背負い深緑の葉に翳る低木を尚凛然と際立たせていた。
私はいよいよ何の花だか気になって、けれども花には不得手なので、何の花だろう、ツバキだろうか、気を取られながらその下を通り抜けた。
愁嘆に眩れた日の帰り道、落とした視線の先にツツジ色の花弁を見つけて、私は漸くそれがサザンカの木なのだと知った。
サザンカは土気た道に生きた色を散りばめていた。
サザンカの下を通り抜ける。生きた色を車輪が轢いた。振り返ると、尚も彼女は美しかった。
陰惨で憂鬱な今日の帰り道、サザンカはその花を俯かせ低木に沈んだ影を纏わせていた。
地に落ち萎れた花弁は沈み行く陽に照らされて、燃えるような赤を呼んでいた。
土手道を自転車で駆けていく。
陰惨で憂鬱な出来事があった。
ペダルを強く深く踏み込んだ。
みんな後ろへ零れ落ちていく。
私は未だ、この期に及んで、尚も醜く、落ちるまいと木に縋る。
道に立ち尽くす老人の横を行き過ぎる。
老人はやがて消える陽に向かい静かに目を細めていた。