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過去作品(更新停止)   作者: 遊観吟詠
第三章 泊地パラス・アテネ
72/105

4-(2) フェードアウト・ガール

 総司令官室の大モニターに映しだされたのは、ウエーブのかかったきれいな黒髪に透き通った肌の美人。顔のパーツの一つ一つは小作りだが、その配置はバランスよく、目も鼻も、そして唇も一つ一つ職人が丁寧に手作りしたかのような精巧差で整っている。そして胸も大きい。これは男性から見れば大きな加点だろう。そう。画面の女性は間違いなく美人なのだが――。


 ――なんて眼力めじからだ。

 と参月義成は、心の底から冷えるような恐ろしさを覚えていた。そう。ニコリともせず無表情で義成の睨んでくる女性は、いわゆるジト目。大きな減点にはならないが、加点要素にもならない独特の目つき。その2つのパーツが、いま、義成を見据えている。

 

 ――これが笑わない美人というジャンルか。

 と睨まれつつも俺は思ったが、とにかく言葉がでない。それほどにモニターの女性の目つきは鋭く険悪さがつたわってくるのだ。

 

『これは不思議ね。どきなさいといったのが聞こえないのかしら』

 と、やはり無表情でいったジト目の女性は、今度は俺の横にいた王仕火水風をキッと睨みつけた。

 

『王仕さん。私は、ミカヅーキというガキに私の視界をさえぎらないように命じたのですが動きません。これはきっと耳が聞こえないのでしょうけど、このままだとミカヅーキがじゃまで私は、ちゃんと天儀さんが見えない。司令局長命令です。王仕さん実力で排除なさい』


 ――なにをいってるんだ?

 と困惑する俺の体にはドーンという衝撃。火水風が力いっぱい俺を突き飛ばしたのだ。俺はとっさに力を受け流したが、伸びてくる火水風の両手をかわしもしなかったので、そのままよろけるように尻もちをついていた。


「ごめんなさい義成さん! でも義成さんがいけないんですよ。私が止めたのに聞かないから!」


 火水風が真っ青になって叫ぶなか、

「フェードアウト・ガール……」

 と、鬼美笑が口走った。鬼美笑姉の顔は、実物を始めてみたという驚きと、画面の女性の存在感に気圧されたような感じた。誰相手にも物怖じしないのが鬼美笑姉。俺にはそんなイメージがあったが、その鬼美笑姉がたじろぐほどに画面の女性は大物なのだろう。そして、ここでやっと天儀総司令が口を開いた。


「紹介しよう。彼女はヌナニア星系軍の電子戦司令局は司令局長で――」

『天儀さんの彼女です』

「……コホン。彼女が千宮氷華せんぐうひょうかだ」


 ――千宮氷華。

 旧グランダ軍出身の電子戦科。ヌナニア連合が成立することになる切っ掛けの戦争で、電子戦に優れる旧星間連合軍相手に30分間も旧グランダ軍艦隊をロストさせた伝説の電子戦科兵員。

 

 この時代に敵集団をロストするといことはありうる。電子機器は神機ではないし、万能でもない。標的を捉えつづけるには偵察衛生などの配置と、通信網の確率が不可欠だ。距離が離れていれば離れているほどその位置情報はつかみにくく、どこへ向かっているかも断定しにくい。だが、フェードアウト・ガール千宮氷華が恐ろしいのは、通信網の整備された旧星間連合の宙域内で、会敵一時間半という近距離で姿をくらましたということだ。しかも電子戦技術は、旧星間連合軍が優れていたのに。いまのヌナニア軍も電子兵装の殆どは旧星間連合系の製品ばかりだといえばわかりやすいだろうか。

 

 もちろん空前の千宮氷華が、旧星間連合艦隊に仕掛けたのは電子兵装への大規模ハッキング。一時的に敵艦隊の索敵機能を全面的にダウンさせるという離れ技を成功させていた。


「一時的に敵をロストした星間連合軍の艦隊は、会敵時に布陣が間に合わず天儀総司令が率いるグランダ艦隊に敗北した」

『あら耳が聞こえないのに喋れるのねミカヅーキは』


「もしわけございません」

 といって俺は立ちあがり千宮司令局長の映るモニターに敬礼した。俺の名を独特のイントネーションで呼ぶこの無表情女は、ヌナニア軍内で天儀総司令に次ぐ席次にありとても偉い。



『ミカヅーキ。私はあなたのことを色々調べてしっています。電子戦科なのでちょちょいのちょいです。そんなあなたへ私からの忠告です。あなたは最近の天儀さんのお気にらしいですが、調子に乗らないように。天儀さんの彼女は私です』

 

 無表情から繰り出される千宮司令局長のあまりの斜め上の発言。俺が、困惑して応じの言葉に困るなか、

「氷華、俺はゲイじゃない。そいった心配は無用だ」

 と天儀総司令が助け舟を出してくれたが、千宮司令局長は揺るがない。ブレない。

 

『力づくで押し倒されてという展開を危惧しているのです』

「失礼ですが自分は相手の同意になしに、そういった行為にはおよびません!」

 

 俺の言葉に千宮司令局長がギロリと睨んできた。が、俺は今度は動じない。相手が何者かわかれば存外平気なものだ。それに俺は、おそらくヌナニア星系軍で最も恐ろしい存在である天儀総司令から、こういった威圧、もといいパワハラは定期的にうけていて慣れっこだ。

 

 が、強気の俺の袖を火水風が慌てて引っ張り、

 ――知らないんですか!

 と耳打ちしてきた。

 

「千宮司令局長を怒らせた電子戦科の娘が、国籍消されて宇宙へ放り出されたって!」

「まさかありえない。電子戦科の火水風が、そのトップである司令局長を、敬い恐れるのは俺だって理解するが嘘はよせ」

「これが嘘じゃないんです。いまの時代、私たちはデータで生きている。自分が何者か裏付けるのは、究極には戸籍だけ。戸籍は電子情報。つまり私や義成さんが何者かは証明してくれるのは、国家のデータバンクに納められた電子の文字の羅列だけです。千宮司令局長が、その気になればそれを書き換えれちゃうんですよ! あの人が本気になれば私たちの預金なんてすぐにゼロ。不正アクセスされたとして復旧も不能。完璧に最初からお金なんて預けてなかったってされちゃうんですから!」


 小声で開始された内緒話も火水風が必死となれば台無しだ。ヒートアップした火水風の声のトーンはあがり、すぐにボリュウムは最大に、しっかり千宮司令局長にも聞こえてしまっていた。


『王仕さんはよく理解していますね。えらいえらい。では、ほら、ポチッとな』

 

 モニターのなかの千宮司令局長は無表情だが、右肩が少し動いた。目の前のコンソールのキーを叩いたのだろうというのはすぐわかった。そして、千宮司令局長の目線が、俺や火水風でなく何故か鬼美笑姉に。

 

「いけない! 鬼美笑さん早く端末の仮想通貨の残高チェックしてください!」

「はあ? なんでよ火水風」

「いいから早くです!」

 

 必死の火水風に押された鬼美笑が仕方なく携帯端末を取りだし数度タップしてから叫んだ。


「……は!? 嘘これゼロじゃない! 残高ゼロ!?」

「ほら~。千宮司令局長が消しちゃったんですよぉ~」

「え、嘘でしょ? ちょっとふざけないでよ。昨日引き出して移したばかりなのよ!」


 涙目でいう火水風に、困惑し怒る鬼美笑姉。ここで天儀総司令が、

「氷華戻してやってくれ。義成は、君の能力を十分理解したろうし、反省もしたろう」

 といった。


『……まあいです。忘れなかったら後で戻しておきます』

「ああ、ありがとう」


 理不尽な諒承を、ありがとう、と容認する総司令官天儀。完全に他人事。たまらないのは当然、一部とはいえとばっちりで財産を消された鬼美笑だ。


「ちょっと! あんた忘れなかったらってね!」

 と噛み付いたが、すかさず火水風が止めに入った。


「鬼美笑さんいけません! 逆らったら今度は預金を全部消されちゃいますから!」


 鬼美笑は、火水風に口を抑えられ、

 ――モガ! モガ!

 と抗議を続けたが、火水風が必死でなだめたことで、不承不承だがムッスリと黙り込んだ。

 なお、火水風が必死なのは、

『お友達の無礼は、あなたの責任でもありますね。王仕さんの預金はデリートしておきますのでそのつもりで』

 と、とばっちりを食らうことを恐れてだ。


 そんな世にも恐ろしい千宮氷華の視線が、いま、火水風に向かった。千宮氷華の口は、まだ微動だにしていないのに、火水風はもう体の芯から震え上がっているような有様となった。

 

『王仕さん。私の毎日のささやかな楽しみ。今日の天儀さんはなにをしているかなタイムを邪魔立てしてくれて、あなたはなにを考えているのですか』

「ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! だって私、不正アクセスが千宮司令局長のいらっしゃるデルポイからのものなんて知らなくて。だから不正アクセスを阻止するためにあの手この手で防壁を作って、それが千宮司令局長のお邪魔だったなんて、ごめんなさいです!」

「……まあいです。反省しているようですしね。今回は大目に見ます。事前通達していなかった私にも非がありますし、あなたの防御展開を蹴散らすのは中々面白かったので良しとします。毎日楽しかったですよ」

「ありがとうございます! ごめんなさい!」


 火水風の仮想空間防御を、ゲーム感覚で面白かったという千宮司令局長に俺は驚いた。特殊工作員の俺は、基本的な電子戦教育もうけている。電子戦科がサイバー空間で展開する本気の防壁は、そんな生っちょろいものではない。下手すると攻撃側の機器が煙を吹いて壊れかねない。

 そして俺はもう一つとんでもないことに気づいてしまっていた。つまりこれは――……。


「この部屋のカメラへの不正アクセスしていた犯人は、千宮司令局長ということですか!?」

『不正アクセスとは失礼な。ヌナニア軍の仮想空間網のシステムを構築したのはおおむね私ですから不正ではりません。そうですね。例えるなら合鍵を持っているから入っているだけです』

「そんな無茶苦茶な理論だ……。彼氏を覗き見たい。そんな理由で国軍旗艦のシステムに不正アクセスして、ストーカーまがいの行為をやっていたのか」


「ちょっと義成さん!!?」

 と火水風が動揺したが、俺は構わず今度は天儀総司令を見て言葉を放った。


「しかも天儀総司令。あなたはカメラへの不正アクセスの犯人が誰だかしっていた。それで俺たちに黙っていた。そうですね?」


 俺が糾弾すると天儀総司令は、バツが悪そうに目を逸らした。やはりそうだ。天儀総司令は、俺の報告した瞬間にから犯人に目星どころか確信的に思い当たるフシがあった。だから、俺がいくら不正アクセス元を特定しようとか、犯人をみつけようとかいっても適当にはぐらかしていた。

 そう不正アクセス元はデルポイ。犯人は千宮氷華。電子戦司令局のトップ。

 ――そりゃあ火水風の電子防御が軽く突破されるはずだ

 相手はヌナニア軍の仮想空間網した人物。しかも伝説的な電子戦科の兵員。火水風が展開した仮想防壁の突破など赤子の手をひねるようなものだったろう。

 

 俺がことの真実に呆れ返るなか、

「ところで氷華。君は最前線にくることは、どうしても無理なのか?」

 と天儀総司令が、千宮司令局長と話を始めていた。


『再三の通達してきているやつですね。無理です。いつまでも昔のままではなないのです。私は、とても偉くなってしまいましたから簡単にデルポイを離れることができません』

「だが俺としては、俺の意図を完璧に理解して、戦場で忠実に再現してくれるのは君だけだと思っている。どうにかならんのか」

『無理です。今の状況で私がデルポイから離れるのは、すなわち仮想空間の優位を捨てるにひとしいのです。ええもちろん。ここにいる私は、毎日不眠不休なんて勤務状況ではありませんよ。週休二日。美容のために早寝早起き。シエスタはしっかり。でも、最前線にでて電子戦やる時間はとてもありません。長期にわたってデルポイを空けることは、ヌナニア軍に不利を招きます』


 千宮司令局長の明確な拒否に、

「だが……」

 と天儀総司令が、食さがろうとしたが、

 ――ダメです。

 と千宮司令局長はピシャリといい放ち黙らせてしまった。


『天儀さんは、今回も大規模戦術ハッキングを仕掛けて敵艦隊を無力化させようとか、そんなことを考えているのでしょうけど、電子戦にはやれることと、やれないことがある。天儀さんは私を、いえ、電子戦を魔法使いかなにかと思っているフシがありますが、リアルで目の前の気に食わない相手に痛い目みせるなら、ちょこまか電子戦なんて回りくどいことせずに、バチンと一発殴ったほうが早いというのが現実です。これが今でも電子戦だけで戦争が成り立たない理由です』


 ――そうか……。

 といって考え込む天儀総司令。俺は2人のやり取り驚いた。なぜなら俺は、天儀総司令が初めて戦いのことで言い負かされた、という印象を持ったからだ。戦場での天儀総司令は、独裁者なところがある。人の意見を聞いているようでいて、重要なところは絶対に譲らない。

 

『最初の戦況は先手を取られて不利。指揮官の誰に聞いても状況の改善の見込みはなし。そこで私は仕方なしと、せめてサイバー空間での優位だけは保持しようと一思案。ちょちょいと思いつき未来型AIミカヅチが置かれているここデルポイに訪れた』

「氷華、未来型AIミカヅチの場所は一級の機密だ。通信であまり口にしてくれるな」

『大丈夫ですよ天儀さん。この通信は特に厳重に暗号化されてますから。それより話の続きです。私の思いついた方策は、新たに設計した仮想空間網を新たにフライヤ・ベルク一帯に展開させ、未来型AIミカヅチに管理させる。これで、太陽系で例えるなら水星から火星までの範囲を一括管理できる』


 千宮司令局長が、無表情でつらつらと難しいことをいったが、意味を要約すると彼女はフライヤ・ベルク内においてヌナニア星系軍は、自動で一定レベルのサイバー空間セキュリティを保証された状態になったといっているのだ。もちろんハッキングやその他のサイバー攻撃に、無敵になったわけではない。だが、毎秒無数に飛んでくるくだらない攻撃に電子戦科の兵員がわずらわされることはなくなるのだ。これはとんでもなく画期的なことだ。

 

 普通の宇宙自立した艦艇や有人衛生、各種コロニーなどの宇宙施設は、個々にサイバー空間の防御を展開し、それをリンクさせることで行政区内全体のセキュリティを張っている。

 いわば、これは施設一つ一つを袋で囲っているような状態で、個々を一つとして防御するときにどうしても隙間ができてしまう。そこからブラックハッカーが侵入し攻撃されてしまうという具合だ。千宮司令局長がやったのは、一つのとんでもなく大きな袋で、フライヤ・ベルク全体をおおってしまうという防御。これなら隙間は生じない。


『私はこれをサウザンド・オブ・ミカヅチセキュリティ(ミカヅチ・フライヤベルク仮想空間防御網)と名付けました』


 千宮司令局長は、相変わらずの無表情だが言葉のトーンはあがってドヤ顔ならぬドヤ声なのか。とにかくすごいでしょ? という雰囲気をありありだしていた。俺の横では、火水風が、

「すごい……」

 と目を見開いてうめいた。火水風は電子戦科だ。ここにいる誰よりも千宮氷華という人のやったことの凄みを理解しているのだろう。


 俺も火水風ほどではないが驚いていた。おそらくだが、千宮司令局長の作ったシステムおかげで今後、敵がフライヤ・ベルクの特にヌナニア軍が支配的なエリアで電子戦の優位を取るのは倍位以上の労力を必要とするはずだ。

 ――このシステムの完成が一週間後か。

 サウザンド・オブ・ミカヅチセキュリティが完成すれば、敵はトートゥゾネのように大胆に戦線を踏み越える作戦を実行することは難しくなるはずだ。

 

「……一週間後かから敵がフライヤ・ベルクを越えるには、まず先にサウザンド・オブ・ミカヅチセキュリティを無力化するなり、大幅に弱体化するなりしなければならない。だが、ミカヅチの置かれたデルポイは後方奥地にある。セキュリティを無力化してから進むのは極めて困難か」

『そうです天儀さんは、相変わらず理解が早い。さすがです。言い換えれば、つまり私のおかげでもうこの戦争は負けません』

 

 やはり千宮司令局長は無表情で、さらりとすごいこといった。もう戦いは、このサウザンド・オブ・ミカヅチセキュリティだけでいいんじゃないか? なんて俺は思いかけてしまっているが、天儀総司令は喜ぶ様子はなく、千宮司令局長も無表情でわかりにくいが、あまり明るい展望を持っていないような印象がある。

 

「だが――」

『そうです天儀さん。サウザンド・オブ・ミカヅチセキュリティには問題点があるのです……』

「氷華その問題点とは、このシステムだけでは戦争に勝てない。そうだろ?」

『……肯定です』

 

 俺はここでハッとした。


「ちょっと待ってください。未来型AIミカヅチは、勝利不能とみずから戦争指揮を降りたのではないのですか!?」


 俺の驚き声と驚き顔に、モニターの千宮司令局長は、なにを今更? という雰囲気で、

『なにをいっているんですかミカヅーキ。最優良戦略兵器をどこでつかうか。電子戦司令局としては、電子戦が最適解というのが結論です。軍官房部と総参謀部も、それで納得していました』

 とジト目で俺を睨みながらいってきた。


 ――嘘だ!

 と俺は思った。千宮司令局長には、その話題に触れるなという威圧感があったし、一級にして最新の戦略兵器を軍官房部や総参謀部が、千宮司令局長に、

「私が最も有効活用できるので、私のところでつかいます」

 などといわれて、はい、と返事して簡単に諦めるはずがない。おそらく軍内政争寸前か、政争になったはずだ。

 俺のそんな心中を察した火水風が、

「噂ですけど電子戦司令局は、軍内でかなりの権力を握ってるらしいですよ」

 と耳打ちしてきた。


『軍で最優といわれるこの私が、計画書を提出したら通ったそれだけです。有能、有益、有効な内容なので誰もだが納得した。なにを怪しんでいるのですかミカヅーキ」

「ですが、未来型AIミカヅチがなくともヌナニア星系軍は、電子戦で優位に立てるはずです。ならば戦場の指揮を継続させるべきだったのではないでしょうか?」


 俺が率直意見を述べたので、千宮司令局長を心底恐れる火水風が慌てた。


「あ、でもミカヅチは未来型AIなんだから同時に2つできちゃくかも? 防御網システムが完成したあとは、戦争指揮に復帰なーんてあるかも??」


 だが、火水風の気遣いは裏目。途端に千宮司令局長の雰囲気が険悪なものになった。すごい。この人ひたすら無表情なのに感情の居所がわかりやすすぎるぞ。そして俺にわかることが、火水風にわからいでか。火水風は、こわ~い司令局長の怒りにすでに顔面蒼白だ。

 

『かわいそうに王仕さんは戦いがわかっていない。いかに未来型とはいえ2つを同時には無理。それにミカヅチが、自身の戦争指揮継続に懸念をゴニョゴニョ……。とにかくヌナニアは国家方針としては、ミカヅチを仮想空間の戦いに最大活用すると決定したのです』

「では、やはり軍内に出回っていた。ミカヅチ戦争指揮放棄の噂は」

『そうですミカヅーキ。流言飛語りゅうげんひごというやつで、ミカヅーキあなたは工作員の割に、あっさり誤情報にひっかかったわけですね。そんな男が天儀さんの護衛だなんて私としては、とても心配です』

「有益で有能な未来型AIミカヅチを、過疎空間防御網の構築と維持専門に使うというのはいかがなものでしょか。ミカヅチの能力を艦隊戦にもいかすべきだと自分は思いますが」

『ふ、なにをバカな。勝てるかわからない現実世界でミカヅチを使役するより、確実に取れる仮想空間なんてことは考えないでもわかること。ミカヅーキはバカの子ですね。可哀想に』


 完全に考え方の違いだが、千宮氷華の意見は正論だ。だが、仮想空間で勝っていても実態が、つまり、目の前の敵を排除しなければ勝てないのも確かで、それは千宮司令局長も認めている。

 サウザンド・オブ・ミカヅチセキュリティは、あくまで防御網。エリア内に侵入しえきた敵艦のコントロールを乗っ取り無力化するなどということは無理だ。そう。ヌナニア連合が戦争に勝つには、どうにかして敵艦に重力砲をぶち当てることが必要なのだ。それはやはり艦隊決戦というような形しかないように俺は思う。


 俺はもう反論しなかった。上への意見は不敬だからというより、未来型AIミカヅチを電子戦司令局が抑えてしまっている既成事実は動かしがたい。今更、サウザンド・オブ・ミカヅチセキュリティを御破算にもできない。もう軍の作戦計画は、サウザンド・オブ・ミカヅチセキュリティで進んでいるだろうしな。


『それにしてもミカヅチを引き抜いたら、天儀さんが総司令官に任命されてしまうとは……」

「心配するな氷華。俺は戦場が嫌いじゃない」

 

 天儀総司令のなだめの言葉に、千宮司令局長は、そのジト目を恨みがましいものしてからペコリとおじき。通信が終了した。

 

 俺は、火水風と鬼美笑を連れて特命係室に戻ったが、しばらくして携帯端末に、

 ――飯に付き合え

 という天儀総司令からのメッセージがあったので、食堂へいくことになった。

 

 天儀総司令が食事でよく利用するのは、一般兵員用が一斉に食事をとる食堂なのだが、この時間はそこはやっていないので、総司令官に一番近い士官用のカフェだろう。とにかく国軍旗艦瑞鶴はデカく乗員も多い。お食事どころだけでも二桁ある。そして天儀総司令は、俺の予想通り士官用のカフェにいた。

 

 俺と天儀総司令はコーヒーを飲みながら、最初こそ他愛のない会話をしていたが、俺は思い切って、

「千宮司令局長には、困っていることがあったようですが?」

 と切りだした。俺は通信が終了する間際の千宮司令局長の態度が気になっていたのだ。千宮司令局長は、間違いなく有能だ。そんな人が、天儀総司令の指揮能力に不信感があような素振りを見せていた。それに彼女といっていたので、天儀総司令と千宮司令局長は、そういう関係なのだろうが、親しい女性だからこそ見える弱点などがあるのかもしれない。なら側近として俺はそれを把握しておきたいと考えたのだ。弱点がわかっていれば、俺が補える。

 

 天儀総司令は、俺のプライベートに踏み込むような質問にも嫌な顔はしなかったが、応じてきた言葉は、

「……重力砲の砲弾の弾道は、電子戦では変えることができない」

 と謎めいたものだった。


 聞いた俺はまず、当たり前だ、と思った。軍用宇宙船のメインウエポンである重力砲は実弾を飛ばす。つまり例えるなら、ピストルから発射された弾丸に、電磁波を当ててもその軌道を変えることは不可能なのと一緒だ。重力砲が軍用宇宙船の主力兵器なのは、射撃後に電子戦の影響を一切受けないというのが大きな理由だ。


「すみません。どういうことでしょうか。いま仰られたことは常識です。ですので、言葉の裏に意味があると思うのですが、それが恥ずかしならわかりません」

「つまりな義成。敵が倍の労力をいとわず電子戦をおこないながら進撃すると覚悟を決めた場合に、サウザンド・オブ・ミカヅチセキュリティでは対処の手段がないんだよ。だから氷華は困ってる。では、誰かに現場の戦力、つまりは艦隊を指揮してもらう必要があるが、氷華の懸念はそこだ。いまのあいつは自分で指揮をしたいぐらいだろうな」

「なるほど。ですが一人で戦うものではないと俺は思います。千宮司令局長は、有能なだけに一人で何でも抱え込むタイプなのでしょうか……」

「そうでもないだろう。氷華は、仕事の振り分けも上手い」

「そういえばアクセルのように半分電子戦科のような指揮官もいますよね」

「いや、悪いが氷華には艦隊指揮は無理だ。それに、いまの彼女にはデルポイから離れる余裕もない」

「そうなのですか? 現実的にデルポイから離れるのは無理だというのは理解します。これは仮にの話です。基本的に電子戦科の将校は有能ですので、千宮司令局長ほどの人が、艦隊指揮が無理ということはないのではないでしょうか」

「まあ平常任務ぐらいはそつなくやるだろうが、俺は氷華に艦隊指揮を任せたいとは思わないな」


 天儀総司令が、軍人らしくハッキリと評価を口にした。これは彼女である千宮司令局長を危険な艦隊戦の現場にだしたくないというような優しさではないな、と俺は思った。そもそも天儀総司令は、千宮氷華という人に艦隊での電子戦指揮を望んでいたしな。


「千宮司令局長に艦隊指揮を任せたくないですか。どうしてですか?」

「艦隊指揮は、電子戦と比べて指示をだしてからのレスポンスにあまりに間があるからだ。この違いは致命的で、氷華は戸惑うだろう。艦隊指揮は、電子戦のように入力めいれいして即結果がでるなんてことはまずない。あと彼女は有能で短気だ。自分が出した指示が直後にできない現場に苛立つだろうし、出来ない理由も理解できないだろう。最悪大敗する」


 俺は天儀総司令の口にした評価に、

 ――こんな人が彼氏では大変だな。

 と感じた。あまりにハッキリいいすぎだ。最早受け取り方によっては悪口にすら聞こえかねない。こういう態度は普段からデートなどでもでるだろう。俺の印象では、千宮司令局長のほうが天儀総司令にこだわっている、つまりは惚れている感じだったので、千宮司令局長が我慢することが多いように思えた。

 

「なるほど……。話が少し脱線してしまいました。千宮司令局長が困っている理由に戻しましょう」

「……サウザンド・オブ・ミカヅチセキュリティを攻撃でもいかすには、現実世界の諸部隊を動かし、敵の戦力を撃破できる指揮官がどうしても必要だ」

「ですからそれは、艦隊を指揮できる有能な司令官に現場を任せればいいと、やはり自分は考えます。いわば殴り合いが得意なね。千宮司令局長だってご自分で現場をやる気はないのでしょ?」

「そうだな。……だが、彼女の考える殴り合いが得意で勝てる指揮官に、彼女は最前線にいて欲しくないということだ」

「いて欲しくない?」

「最愛の女の救世主になれない罪深い男だよそいつはな」


 ――あ!

 と俺は気づいたが、それ以上言葉がでなかった。あまりに皮肉だ。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 デルポイ電子戦司令局――。

 司令局長室――。

 ここでは国軍瑞鶴との通信が終わった瞬間に、

「私はバカです……」

 と氷華がつぶやいていた。

 そんな氷華の前に、ホワイトブロンドをツーサイドアップにした女子が、

 ――お疲れ様ッス

 といってお茶を置いた。千宮氷華はウエーブのかかった黒髪が美しい無表情美人ならば、こちらのホワイトブロンドのツーサイドアップ女子も表情系でニコリともしない美人。


「媚びない、引かない、悪びれない。だって女だからってそういうのダサいですから」

 

 それがシャーロット・アルベルティール・シュタイン。電子戦科の少尉だ。

 シャーロットは、フェードアウト・ガールといわれる伝説の電子戦兵員である千宮氷華が、有能、と見込んだ時代のヌナニア星系軍の電子戦科を担う人材でゆくゆくは司令局長に……、

 ――いや、無理かもしれませんね。

 と、一抹の不安を抱えながらも将来を期待する女子である。


「ありがとう私のキティちゃん」

「……あのー千宮局長。私の子供の頃の愛称は確かにキティなんスけど、それで呼ぶの勘弁してくだいよ」

「……考えておきます」

「本当ですか?」

「日頃のあなたの行い次第ということで」

「あちゃー。それは難しいッスねぇ」

「はぁ。それにしても私は、サウザンド・オブ・ミカヅチセキュリティはすごいと思った。思いついたときから完成させることばかりかに夢中で、完成したらどうなるかなんて考えもしなった」

「いやいや私はすごいと思いますよ。フライヤ・ベルクの仮想空間防御を一つの司令部で一括して行なうなんて、これって前代未聞の広さっスよ。私はすごく尊敬してるんですから」

 

 シャーロットは称賛を口にしたが、どうもそれは軽薄で、氷華が持ち前のジト目でジロリとシャーロットを見た。本人としては睨んだわけではないが、貫禄は抜群だ。だが、ジロリとされたシャーロットときたら、

「ああは、怖いッス」

 と悪びれない。こちらもこちで、やはり癖のある女子のようだ。


「未来型AIミカヅチの後釜のヌナニア軍総司令官を誰にすべきかそれも計画に書くべきでした。まさか内閣ときたら天儀さんを送り込んでくるとは……」

「マー。誰も思いませよね。経歴抹殺刑ダムナティオ・メモリアうけてる危険人物に総司令官のバッチつけて送ってるだなんて。政治家ってたまにこういったとんでもないことやらかすんでヤバイですよねぇ」

「せっかく天儀さんは軍人を辞めてくれたのに……。これでは私が天儀さんを戦場に呼び戻してしまったようなものです」

「ハァー。また人がいっぱい死ぬんでしょうね。あの人が総司令官なら、そういうことですから」

「……キティ?」

「あ、怒ってます?」

「……いえ」

「あーよかったッス。すごく怒らせたかと思って心配でしたよー」

「ええ、怒ってはいません。残念ながら事実ですから」

「ですよねー。すでにトートゥゾネだけで、かなりの死傷者がでてます。あ、知ってます千宮司令?」

「……」

「なんとトートゥゾネの戦いだけで、すでに政府が予想していたこの戦争全体での死傷者予想数を上回ったって。ヤバイでしょこれ。勝ったからメディアも問題視してませんけど、これから何人死ぬかわかったもんじゃありません。というか普通は星系軍の戦いって、スコア差がついて不利が決定的になったら降伏するか、戦いやめて後退するかじゃないですか。それが天儀あのおとこときたら、徹底的に敵を袋叩き。ただで死にたくない敵は必死で抵抗。味方の死傷者も激増。完璧で最低なサイクルでしょこれ」

「……キティ」

「だから千宮司令。それで呼ばないでくださいよ」

「冷静で理性的な私は怒りませんが、あなたには、いまから5時間の残業を申し付けます」

「え!? ちょ!?」

「それでは、私の勤務はこれで終わりなので、キティちゃんは頑張ってください」

 

 シャーロット・アルベルティール・シュタイン。時代のヌナニア軍の電子戦科を担うはずの人物の断末魔が部屋に響いたのだった。

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