1-(5) 宇宙ゴリラ
――まずい早く抜け出さないと!
迫ってくる曲がり角に人影を感じ焦る俺の両腕には、幼馴染の火水風と、いまで頼ってしまう鬼美笑姉。
いまの俺は、幼さの残る可愛い女子と、大人の色気をただよわせるお姉さんを両手にぶら下げ歩いている軟派な若いヒモ男。はたから見たらこんな感じだろう。なにせ自分で自覚があるくらいだからな。こんなところを人に目撃されるまずい。俺達は、倫理を重んじる星系軍人で、しかもここはヌナニア星系軍の国軍旗艦瑞鶴のなかだ。
だが、俺が火水風と鬼美笑姉の拘束から抜けだす暇はなかった。曲がり角は目と鼻の先だったし、二人は俺を取り合うようにグイグイ腕を引っ張っていたんだ。簡単には振りほどけなかった。
曲がり角から現れたのは、1、2、3――。合計六人か。ヒゲを生やしたいかつい男達。顔に残る傷痕がいかにも古参兵。彼らが身につけているのは、トリコロールカラーの豪華な装飾の軍服。
――国家親衛隊!
やばいぞ、と思ったのは俺だけじゃなかったようだ。
『チッ。火水風あんたセキュリティの解除ミスったわね。鈍くさいったらないわね。義成どうするの?』
そう鬼美笑姉が舌打ちして小声でいうと、火水風も負けじと小声で言い返した。
『それはありえません。私たちの計画が宇宙ゴリラさんたちごときに嗅ぎつけられるなら、軍内の治安を任されている軍警にもバレてますからね』
宇宙ゴリラとは、俺達の目の前にあらわれた六人のいかつい男達。国家親衛隊のことだ。もちろんよい意味ではない。侮蔑のこもったあだ名だ。
彼らが影で宇宙ゴリラと呼ばれているのにはわけがある。国家親衛隊はマナーが悪いのだ。それもとても。
売店での横入りは当たり前。気に入らなければ怒鳴りつけ、酔っ払っては喧嘩。複数人で事務方の青白い兵員を囲んで強引におごらせるなど、カツアゲのような行為もおこなっているという。つまり親衛隊は軍内で定期的にトラブルをおこしている問題児集団というわけだ。この倫理を重んじる星系軍にあって、最も横柄な集団といっていい。
そして悪いことに国家親衛隊が創設されたのは旧グランダ軍で、創設者は天儀――。宇宙ゴリラどもは、天儀に絶対忠誠を誓っているむさ苦しい集団だ。つまり、天儀暗殺未遂をやらかした俺達にとってもっとも出くわしたくないやつらだ。
だが、そんな宇宙ゴリラどもは、俺達を見て呆気にとられすぐには動いてこなかった。そりゃあキャバクラよろしく昼間から両手に女性をぶら下げてる男が突然目の前にあらわれたら驚くだろう。俺だって驚く。しかも、ここは幹部しか立ち入れないエリアだし、国軍旗艦瑞鶴だ。軍で最も規律正しい生活が行われているべき場所だ。
なお、俺達は俺達で、あらわれた宇宙ゴリラに驚き硬直したので、このマヌケな沈黙は数秒間続いた。
……なんとも情けない危機的遭遇もあったものだが、俺の両腕にはギュッと強い圧迫感。火水風と鬼美笑姉だ。いま俺には、二人の緊張感と不安と恐怖が両腕をから嫌というほどつたわってきていた。逃げ場はない。通路は一本道で、俺達の後ろには、総司令室しかない。まさか天儀のやつに、宇宙ゴリラが怖いんです、と泣きつくわけにもいかない。
「おい若造。なんのようだった」
と隊長格とおぼしき額にでかい傷痕のある男がいった。
「なんようとは?」
「このさきには総司令官室しかない。グランジェネラルは、なんの用事でお前たちを呼び出した?」
グランジェネラルとは、天儀のことだ。漢字でかけば大将軍。とても滑稽だが、旧グランダ軍のトップは官職一体のこの地位だった。国家親衛隊は、いまは、あだ名として天儀を大将軍とよんでいるのだ。
呼び出されたもなにも勝手に押しかけて総司令官の暗殺未遂をやったのだが、まさかそんなことを口にできるわけもなく俺は、
「世間話だ」
ときっぱり答えたが、もちろん国家親衛隊は、それでは許してくれない。
「両手に女ぶら下げて世間話だぁ? 怪しいぞお前。俺達は、着任式のあとのグランジェネラルに真っ先に挨拶しようと、ここへのルートを全部封鎖していたんだ。どうやって通り抜けやがった!」
大男からの突然の怒声。火水風と鬼美笑姉からつたわってくる緊張感は強くなったが、俺は逆にホッとした。なぜなら俺は、天儀が国家親衛隊に俺達を拘束するように命じたのではないかと疑っていたからだ。
天儀のやつは、暗殺未遂を犯した俺達を、
――もういいぞ出てけ。
と軽くいって、無罪放免という感じ部屋から追いだしたが、じつはそれはその場しのぎの対応で、援軍を、つまりは国家親衛隊を呼びつけていたというシナリオだ。
男の怒声に俺は、むしろ冷静となった。まず火水風と鬼美笑姉には離れてもらった。たしかに文字通りの両手に花かもしれないが、それは両腕をガッチリ拘束されて自由がないってこともでもあるからな。なにをするにしても行動できない。
「あなたがたより先着してしまったようで申し訳なく思う。だが、他意はないし、まして怪しいことなどなにもない」
俺は謝罪を口にしたが、先着してしまった理由はいわなかったし、いえもしなかった。なぜなら俺達は、誰にも見つからないために普段は閉鎖されている通路を通って総司令官室に潜入していたからだ。なお、この通路は、秘密の抜け道などではない。そういった役割もはたせるが、管理上の問題で閉鎖されているだけだ。
帰りもそちらを通ればよかったが、天儀の暗殺は中止したし、セキュリティの解除は手間だ。だから帰りは、通常のルートを選んだんだ。
「……若いな。新兵だな」
「参月義成。特任少尉です」
「特任というと秘密情報部の工作員か」
「ええ、星系軍士官学校出の工作員というところかな」
「となると黄金の二期生か……。気に入らねえな」
俺を黄金の二期生としった男の目つきは途端に鋭くなり、残る五人の国家親衛隊も険悪さ、いや、殺気を身に漂わせた。俺は身構えたが、慌てたのは火水風と鬼美笑姉だ。
「ちょっと、ちょっとなにを殺気立ってるの? ただ総司令官に呼び出されて挨拶しただけじゃない。あんた達どうかしてるわよ」
「そうですよ。暴力反たーい!」
「ちょっと火水風あんたは黙ってなさい」
火水風をたしなめた鬼美笑姉が、俺の腕袖を引っ張り耳打ちしてきた。
『義成。私は。宇宙ゴリラと荒事なんてゴメンよ。正直いうけど私は、正義感の強いあんたがここで殴り合い始めるんじゃないかって心配なの。でも義成ちゃんと聞いてね。宇宙ゴリラの元の名は、再突入部隊。いわゆる惑星強襲部隊よ。息してるだけでむさ苦しい宇宙ゴリラは、これでも前の戦争で惑星降下作戦を成功させた歩兵の超エリート集団。こいつらは、こと殴り合いだけは得意。勝てっこないわ』
いまの宇宙戦争は、超重力砲(砲撃・ミサイル戦)、電子戦(サイバー空間)、二足機(航空戦)の三つで成り立つ。つまり小銃を抱えた歩兵など必要としないのだ。だが、これはまともに宇宙で戦えばだ。ことに陣地占領、例えば惑星再突入や要塞制圧。コロニーの内の武力鎮圧などとなれば、いまだに歩兵戦力を必要とした。
そして俺の記憶が確かなら、惑星突入作戦を成功させたことがあるのは、宇宙広しといえども国家親衛隊だけ。 つまり国家親衛隊は、宇宙最強の歩兵部隊ともいえる。
『その宇宙ゴリラが六人。無理よ。いまは荒事起こして目立つのも得策じゃない。ここは頭を下げて通してもらいましょ?』
といった鬼美笑姉は、さらに、
『いいから、ちょっと殴られる我慢しなさい。男の子でしょ』
ともいった。無茶な要求だが、俺は心得たと頷いた。
俺だって、一発殴られるぐらいでことが収まるならそれにこしたことがないように思う。なにせ俺達は、国家親衛隊がグランジェネラルと信奉する天儀の暗殺未遂をやらかした直後で、ここでことが大きくなるのは避けたい。いや、避けるべきだ。
一発ぐらい殴らせてやるか、と進みでた俺に、額にでかい傷痕のある男は、待ってましたかとばかりに俺の胸ぐらを乱暴につかみ、
「おい! なにごちゃごちゃいってやがった。どうやって俺達の封鎖をすり抜けやがった!」
と怒鳴りつけてきた。もちろん、それだけじゃない。
――ブンッ!
と拳を一発俺の顔面めがけて振るった。大ぶりだったが、見るからにきわめて強烈な一撃に、俺は思わずフイっとかわしていた……。あ、しまった……。
「ちょっと義成。大人しく殴られなさいっていったでしょ!」
「だけど鬼美笑姉。怪我しそうだったから!」
「バカね。宇宙ゴリラは単細胞なんだから一発殴れれば満足してどっかいってくれたのよ!」
避けんじゃないわよ! という鬼美笑姉に、俺は、条件反射なんだ! と抗ったが、これを聞いていて我慢ならないのが額にでかい傷痕のある男だ。顔を真赤にして怒り心頭だ。ヤバい。これは一発どころか百発ぐらい殴られそうだぞ。