3-(30) 落とし物がデカすぎた
「まったく懐かしきは母艦瑞鶴。フロンサックも悪くはなかったですけれど、最新鋭の戦艦も国軍旗艦の設備にはかないませんの」
いま、アバノア・S・ジャサクはフ国軍旗艦瑞鶴の通路を進んでいた。
戦艦リシュリューや姉妹艦フロンサックなどのストライダー部隊の艦は、総司令部機動部隊と合流した直後から航行しながらの整備と補給に入っている。乗員たちにはいっときの休養も与えられた。だが、下っ端と高官は違う。アバノアは国軍旗艦瑞鶴に戻り総司令天儀へ報告に向かう最中だ。
「で、義成。あなたがなんで当然の顔をして、わたくしの横にいるんですの? わたくし男が嫌いというわけではないのですけれど、参月義成あなたは別です。いまから、お姉さまと会うというのに、あなたがいてはおじゃま虫ということを理解して欲しいのですがぁ」
「……俺だって、お前ら二人きりで勝利の余韻を味わいたいのは理解する」
「では、去って、どうぞサヨウナラですのー」
「ダメだ。俺は天儀総司令にお前らを特別に出迎えろといわれた。大戦功を叩きだしたお前らを総司令は自ら迎えたかったみたいだが残念ながら多忙でな」
「ああ、天儀総司令の代理。なるほど」
「そうだ。天儀総司令はお前たちへの顕彰の一つとして側近の俺を出迎え役に立てたんだよ。花ノ美はすでに到着している。数時間後には紅飛竜との本隊戦だ。天儀総司令はお忙しい。二人で無駄口叩かず解任だけされろよ」
「で、その肝心の花ノ美お姉さまはどこに?」
「この先の部屋で待っている。これから花ノ美と合流して天儀総司令のもとへいく」
「ふーん。……ハッ! いま、気づきましたけれど、お姉さまとわたくしは生死をともにした戦友! 死線を越えた友! いわはばついさっきまで極限の状態を味わっていた。これは吊り橋効果を狙える展開では?」
「悪いことは言わんから、やめておけ……」
「あら、そうですの?」
「花ノ美はお前に好意的だが、同時に嫌悪もしている。同期生として忠告してやる。いい加減諦めろ。無理で不可能なミッションだ」
「あら、義成ったら率直に気遣いなくズケズケといってくれますの。いたいけな乙女の心が傷つきますわー」
「……悪いとは思う。だが、これぐらいはっきりいっておかないと、俺は戦場の高ぶりを抱えたお前が、花ノ美の顔を見た瞬間になにをしでかすか気が気でない。下手すると巻き添えを食うからな」
「あらー。義成にはお見通しですか。わたくし、これからお姉さまに熱い抱擁をかます計画ですの。生き残ったこと勝利を喜ぶ抱擁! そして、ちゅ、ちゅーを!」
「だからやめろ。また殴られるぞ」
「うう……。でしょうね。抱きつくために助走して飛びつこうとした瞬間に蹴りが顔面に飛んでくることが想像できますの」
「助走までするのか……」
「あー。すげないですのー。わたくしはこんなにもお姉さまをお慕いもうしあげておりますのにー。おしたい、そう。押し倒したい! わたくしたちは美しいユリ!」
「身をよじって、もだえて叫ぶな! だから嫌悪されるんだろ!」
「まっとうな意見ですけれど却下ですの。はあ……、まあ、いいですのーだ。たとえお姉さま態度がいつもどおり冷たくても、それはそれでわたくしにとってはご褒美」
「その境地。高みにいるのか、とんでもないどん底にいるのかわからんが、常人がたどり着けない位置にいることだけは理解してやる」
「はぁ。何年もわたくしの愛は一方通行。もう慣れてしまいましたの……」
「……そんな寂しげな顔をするな。らしくない。ほら、お望みの花ノ美がきたぞ。待ちきれなくて部屋をでててきたみたいだな。助走しての抱擁は勧めないが、明るい顔をすべきだ」
「ええ……。助言感謝しますの」
ああ、花ノ美お姉さまお美しい。わたくし、いまから、ここから走って飛びついて、蹴りをくらって、勝利とお互いの無事を喜び合うはずが、侮蔑の言葉と冷たい視線に早変わり。でもこれが、わたくしの愛の確認のやりかた。まともなやりかたでは、お姉さまは振り向いてくださらないら。…………ああ、辛い。心が痛い!
わたくしが目をつぶり決意を固めていると横では、
「おい! 待て!」
という義成の掣肘する言葉。
なんですの。このおじゃま虫男は? わたくし、まだ走りだす素振りも見せていませんのに、待てと止められてもどうしようも……って!?
驚くわたくしの耳と体は急で想定外の衝撃に襲われることに、
「アバノア――!」
という言葉とともに、わたくしの体には強く優しい締付け。そ、そして、よくしっているいい香り……!
「花ノ美お姉さま!?」
「バカ! あんた最高よ! 散々無茶してくれて本当に心配だったんだからね! でも、私は部隊司令だから、部下たちの手前そんな顔できないし、声だってかけてあげられなかった。ゴメンね……」
ああ、これは……! 夢にまで見た花ノ美さまとの熱い抱擁! まさか花ノ美お姉さまのほうから抱きついてきてくださるなんて。最高!
「今回の戦功はアバノアおかげよ。でも、もう無茶しないでね。私、あなたが殿やるっていいだしてから、もし死んじゃったらって生きた心地がしなかったんだからね」
「お、お姉さま。わたくしのことを、そ、そんなに思ってくださって――」
ふふ、義成、まさかのレズカップルの完成か、なんて、そんな驚いた顔して。そのまさか! いま、完成し咲き誇ったのですよ。二つで一つの美しいユリが! ふふ、思えばこれを得るとはいったもの。義成あなたは無理で不可能なミッションなどといってくれましたけれど、ほれこのとおり。生涯のミッションを、いま、コンプリート!
――さあ、お姉さまチューを!
二人の愛を、よりたしかなものにいたしましょう。熱い抱擁とともに乙女だけに許される清純で清廉な愛の確認を――!
「って、アバノアあんたね!」
「どぅ! ブボ――ッ!?」
「隙きあらば変態ねあんたんは!」
密着状態で逃げようのない接吻のチャンス。成功間違いなしと思われた悲願。けれど、わたくしの愛は素早くかわされ、体は見事に一回転し通路の床に叩きつけられるハメに。花ノ美お姉さまったら密着状態を逆手に取った……。
「う、うぐう。……見事な投げ技。い、息が……」
「油断も隙もなわね。どうしてあんたは、こうなのよ。女子友として普通にできないわけ?」
ふふ、お姉さまったらわたくしを相手に隙きを見せたらいけないのですよ。けれどこれはキツイ。う、うう、苦しくて声もでないですの……。
「できないんだろうな普通なんて」
「義成あんたは黙ってて!」
「はい……」
「アバノアも、いつまでも寝てないで早く立ちなさいよ」
「なんというスパルタ……」
「天儀総司令を、お待たせしたら悪いでしょ。それに早く会えればそれだけ長く喋れるんだしさ。あ、そう考えるとアバノア。とんだ邪魔してくれたわね。あとで覚えてなさい」
「しょんなぁああ! お姉さまぁあああ!」
「それだけ叫べるならもう大丈夫ね。受け身だって取ったんでしょ。きれいに背中から落としてあげたんだし。ほら、早く立って! いくわよ」
すっかり怒って先を進むお姉さまのうしろに続くわたくしは、すっかりしょげしょげモード。そんな、わたくしに義成ときたら、
「止める間もないすごい変態だぞ。逆に感心した。元気をだせ」
などと、いってきて……。この男はこれで慰めているとか、褒めていると本気で思っているのだから信じられませんの。わたくしムカついたので、この男の脇腹に肘打ち一発。義成は、
――なぜ俺が……!
などと、もだえていましたけれど、身の程を知れというものですのよ。ふんッ。
そしてしばらく行くとダメージから回復した義成が、
「そういえばお前ら釈明は考えてあるのか?」
なんて、いってきましたの。わたくしもお姉さまも、なんのこと? という顔。わたくしたち二人は、今回、褒められこそすれ、叱責をうけるような失態は犯していないはず……。
「二人共、何が? なんて顔してるな。やはり忠告してやってよかった」
「だーかーら、なによ。釈明するようなことはないわよ。頑張りましたって報告だけよ」
お姉さまが苛ついていう横で、わたくしも激しくうなづいて同意。
「お前ら護衛艦2隻を失ったろ。しかも、かなりぞんざいで捨てる感じで。いや、俺だってお前らに計画があったのは理解している。だが、あの2隻は先月就航したばかりの新品で最新鋭の偵察型護衛艦だったんだぞ。まずいんじゃないか? 結構レアな探索装備も満載してたのに、お前ら乗員だけ移動させて装備はそのままだったろ」
「あ……」
「ヤバイのですの……」
「どうしよう。どうしよう。怒られる。嫌われる。幻滅される。評価が下がる。死ぬ思いしたのにー……」
「花ノ美お姉さま。天儀総司令がどう言おうと、わたくしはお姉さまの味方で常に評価はマックスですのよ!」
「え……、私、あんたには嫌われようが、下げられようが、幻滅されようが割とどうでもいいけど」
「しょ、しょんなぁああ」
「それより護衛艦2隻喪失の釈明よ。完全に跡形無いぐらいになってて、しかも流されてるだろうし位置もわからなくなってるわよ。これからの道中回収も不能。ヤバイじゃないこれ」
「壊れた艦から奇跡的に無事な装備を救出しようにも無理ですわね……」
わたくしも、お姉さまも褒められるだけと思いこんでばかりいたので、心へのダメージは大。これかなり精神にきますわね。それにしてもこの男。親切心でいったつもりなのでしょうけど、黙っていればいいものを……。知りたくなかったこの事実。うぐぅ。
「潔くなくしましたと報告するんだな。天儀総司令から指摘される前にいう。あの人の性格上それが一番軽症で終わる」
「義成あんた他人事のようにいってくれて。なくしましたって、あんなデカイもんどうやってなくすのよ。いや、敵に粉々に打ち砕かれたんだけどさ……」
「困りましたの。弾薬一発なくせば朝まで捜索。見つからなければ厳罰。備品を粗末にすれば鉄拳制裁。護衛艦2隻を粗末にしたとなればどうなってしまいますやら……」
青くなるわたくしたちを見て義成は、フンという感じ。ああ、この男からしたら他人事。
「いくぞ。天儀総司令はお忙しい。あと10秒で言い訳を考えておけ」
などといって歩きだす始末。わたくしとお姉さまは、頭を抱えながら総司令官室へ向かうことになりましたの……。




