3-(24) 紅龍の猛動
190隻での全力追撃。紅飛竜の太聖側の鉄扇羅刹の合楼では――。
「中央の火炎朗鬼が被弾! 損傷は軽微! 艦の運行に支障はないとのことです」
という報告があがり、
「命中弾なし!」
という報告がつづいた。これは紅飛竜にとっては意外な報告だった。敵は直進しておきており、しかも56門の砲で狙ったのだ。どれか一発ぐらいは――。というのが歴戦で隻眼の女将の予想だった。
「む……。よけられたぞ」
「主砲の命中率は1%ですからな。全砲門が悪い目を引けばこうなるかと思われます」
「なるほどシミュレーションのようにはあたらんとういことか。砲雷科出身の幕僚のお前がいうのだからそうなのだろうな」
「はい――」
腕組みし敢然とブリッジに立つ紅飛竜。その存在は揺るぎない。最初の砲撃を終えた合楼は静かだ。紅飛竜の第七軍団の方針はこのまま敵の8隻の殲滅だろうと誰もがわかっている。無駄口などなく整然と役割をこなしている。そこに、
「追いかけてはいけません!」
という声が響いた。
「モミイ!? いや、村雨副長どうしてここにいる。私は完全な休養を命じたはずだぞ!」
紅飛竜が声のしたほうに振り返ってみれば、体格のいい女子クルーに支えられた村雨椛の姿があった。現れた村雨は見るからに苦しそうで、青い顔で息を切らしている。
「紅将軍……追っては、追ってはいけません……」
「8隻だ。簡単に揉み潰せる」
「無視すればいいのです。敵本隊との戦いを前に相手をするような戦力ではありません。ここにもし――……」
ガクリと村雨の頭がうつむき、唐突に言葉が切れてしまったので、村雨を支えていた部下が、
「まだ薬が効いていますので――」
といった。
「軍用の睡眠導入剤か。飲んで寝れば脳内の疲労物質が完全に除去されるが、飲んで三時間は殴られても起きんとかいう」
「はい。どうせ1時間ぐらい寝てまた無理をすると見越した医療長が、副長が寝てからしばらくして点滴で投与しました。それがつい先程目覚めて驚きです。居合わせた私が状況を聞かれて話したら、合楼へつれていけと命じられて、ここまでまかりこしたしだいです」
部下の言葉が終わるか終わらないかで村雨が首をもたげた。そして気力を振り絞って言葉を吐いた。
「面目ない平気です……」
「平気には見えん。いいから村雨副長は医務室なりに戻って寝てこい。無理に起きると逆によくないと聞いたこともある」
「いいえ、ダメです。もし、も……、ハアハア……」
「息切れすらしている。もとから疲労が溜まっていたのだ。連日倒れる寸前だったらしいじゃないか。部下の体調管理も私の職分だ。村雨副長は私を無能な上司にしたいのか。いいか戻れ」
紅飛竜が強い調子でいったので、さすがに村雨を運んできた体格のいい女子クルーが合楼から退去する素振りを見せた。そこでガッと村雨の手が動き、紅飛竜の服を掴んだ。
「……チッ。いいか加減にしろ村雨副長。指揮に支障がでる!」
「もしここに敵の本隊が出現したらどうするのですかッ」
か細いが強い口調だ。紅飛竜の耳に、いや、心に鋭く響いた。さらに村雨が言葉を継いだ。
「宇宙会戦は、予定通り進み、予定通り布陣し、交戦地点で万全を期して待つ。これが鉄則です。いま、予定進路を変えれば、すべての計画を設計し直すことになります。敵も我々を求めて接近していると考えれば、計画の再設計は間に合いません」
「だが、このまま放置すると敵は本隊へ情報を持ち帰るぞ」
そう。紅飛竜がストライダー部隊の8隻の徹底排除を決断したのはこれが理由でもあった。ここトートゥゾネ宙域では、廉武忠が徹底した通信網破壊を実施していた。いくら通信ネットワーク技術が発達しようとも中継機なしには情報は還流しない。ここトートゥゾネでは通信設備を再敷設し直すまでの一時的な期間にせよ敵も味方もある程度離れてしまった友軍との通信が難しい状況となっていた。紅飛竜が見るに、
――あの8隻は本隊との通信を維持できていない
ということで、見逃せば8隻は通信がとどく安全な位置まで移動し、紅飛竜の艦隊の動きを通報するだろう。
「いいのですそれで……」
「敵に位置を一方的にしられることになる。不利だ。それにあの8隻はいわば先行部隊で、それを蹴散らせば士気もあがる。たかが8隻。されど戦艦を2隻も含んだ8隻だ。本隊戦を前に叩けば敵戦力を労せず削ることができる」
「とにかく、いまは本隊戦に専念すべき状況なのです」
「私はそうは思わないぞ」
――くそ、あのバカ医療長め。
と村雨が心のなかで悪態した。あいつめ睡眠導入剤を私にいれたな。頭が朦朧として……。クッ……。いつもだったら簡潔明瞭に理論整然として説明できるのに。紅飛竜さまもすぐに納得してくださるのに。いまは、感情的になって、ダメだダメだと子供を叱る母親みたいないい口しかできない。しかも時間がたてば薬の影響が薄らぐと考えていたが、ますます酷い。喋るつどに息切れして辛い。
――紅将軍は廉武忠に負けず劣らず頑固な面がある。
このままだと紅将軍を説得できずに時間ばかりが浪費される。と、村雨は判断し切り替えた。
「……策があります」
「なに?」
「敵の諜報員。それも軍総司令官の側近とのコネクトが可能です」
「なんだと。それは驚きだ。というかそんな報告はなかったぞ。勝手になんてことを、いや、いい。お前のことだ。私を想ってのことだろう。ようは結果だ。その敵の諜報員をどうつかう? いや、どうつかった?」
「フェイク情報を流し、ヌナニア軍本隊を我々の都合のいい場所へ誘致しました」
「お前が設定した会戦予定エリアか」
「はい。騙した諜報員の話しぶりでは、ヌナニア軍本隊は間違いなくそこへ向かっております。私の会戦計画を忠実に実行するのが、一番利益が大きいのです」
「つまり、お膳立てはしてあるので、あんな小勢はいまとなって無視すればよいと?」
「はい。計画通り進み、布陣し、敵が現れたら存分に指揮なさってくだされば勝ちます」
村雨の自信ある言葉に紅飛竜が黙考した。
たしかに冷静になってみればモミイのいうとおりか……。ヌナニア軍本隊が我々との会戦を望んでいるのは明らかで、会戦は敵がいなくてはできない。ヌナニア軍本隊も我々が確実に出現する場所を求めているはずだ。モミイがいうからには確実にヌナニア軍を誘致できる自信もあるのだろう。彼女の策がこれまでハズレたことは一度もない。
「わかった――」
「ああ、紅将軍よかった……」
「なんだ。そんな泣きそうな顔をして私は部下の助言を聞けない無能じゃないぞ」
「はい……」
が、村雨が安心したのもつかのまだった。合楼には、
「敵部隊反転!」
という報告が――。
「なんだと!?」
「敵8隻が再び反転しこちらへ向かってきています!」
紅飛竜がムッと黙り込んだ。村雨がしる心底怒ったときの顔だ。紅将軍は、
――敵は私を侮った。
と心から感じたのだろう。どう考えても普通なら反転などしてこない。紅将軍は、敵が反転してきた理由を、
『どうせ本隊線を控えて本格的な攻撃なんて無理。こうやって全軍を差し向ける素振りこそ見せたものの、すぐに切り上げて会戦予定地へ急ぐ』
という楽観から断行したと確信した、と村雨は瞬時に理解した。
「……いい度胸だ。敵はどうしても死にたいということか」
「いけません紅将軍。これは露骨な挑発です」
「そんなに心配するな村雨副長。私の忠実な部下の会戦計画をこれ以上は邪魔しないよ」
「では、どうするのですか?」
という村雨の問に紅飛竜はクルーたちへの指示で応じた。
「先頭16隻を陣形から切り残す。16隻で8隻を迎え撃つ! 16隻以外は会戦計画の進路にもどれ!」
すかさず村雨が、
「それもいけません! 無視して全軍で計画の進路に戻ってください!」
と叫んで掣肘したが紅飛竜は聞く耳を持たなかった。
「だが放置すれば進路転換中に一方的に被害がでる。16隻は戦艦で堅牢だ。こいつらを盾として、そしてあの生意気な8隻を殺す鉾とする!」
村雨がガクリと倒れそうになったところを、支えていた体格のいい女子クルーがなんとか支えた。村雨は強烈に睡眠導入剤が効いているところで、無理に大声を張りあげたことで意識が覚醒するどころか、逆に一気に意識が飛んだのだ。
「……無理をして。おい、早く医務室へ運べ。このままだとヌナニア軍本隊との会戦でも起きあがれない可能性がでてきてしまう。それは困る」
体格のいい女子クルーは、ハイ、とキレよく返事をして村雨を抱きかかえて合楼をでようとしたが、
「あ、このまま医務室へ運んで起きるとまた騒ぎそうなのですが?」
と紅飛竜へおうかがいをたてた。
「チッ。じゃあ、そこの休憩用の座に縛り付けておけ」
「ああ、ちょっとした仮眠を取るためのやつですね」
「そうだ。軍団長専用のな。モミイめ特別待遇だぞ。あの座をつかえるのは皇帝以外だと軍団長だけなんだぞ」
通常120隻から200隻を率いる軍団長は激務だ。ときとして休憩を押しても合楼に残る必要がある。だが、四六時中起きているなど不可能だし、限度を超える長時間労働は軍務に差し障りがでる。そんなときに30分、いや15分でも仮眠が取れるように太聖星系軍の司令部にはこういった軍団長専用の仮眠椅子が用意されている。
「敵は実戦を知らんな。戦場では欲張りすぎると死ぬんだよ」
紅飛竜は、ストライダー部隊の急接近が映しだされるモニターを眺めながらそうつぶやいた。
紅飛竜は太聖宇宙再統一事業の草創期からの古参。太聖星系軍で最も戦歴の長い将軍の一人だった。
一方、再反転したストライダー部隊の旗艦リシュリューには微妙な空気が漂っていた。
――戦場で欲張りすぎると死ぬ
とは、なにも紅飛竜だけの感想ではない。程度の差はあれこの世の軍人が、新米のときに先輩から聞く話だ。
リシュリューでは花ノ美の助言役の艦長だけでなくブリッジのクルーの誰もが、
――タイガー・マムは初陣だろ?
と危惧していた。
リシュリューのブリッジには花ノ美より年下など皆無だし、全員が年上で軍人としては先輩ばかりだ。初陣で調子に乗った若い指揮官が、最初の感触の良さに気をよくしてさらに大胆な決断。そして失敗する。そんな想像は誰もが容易い。
花ノ美・タイガーベルは、ヌナニア軍の未来を担う星系軍士官学校の出身で若くして総参謀部のエリート。しかもアヘッドセブンという称号まで得ている。だからこそ誰もが危険な匂いを感じたのだ。
だが、花ノ美だってそんなことは百も承知だ。ブリッジの微妙な空気を察して檄を飛ばした。
「バカね! あんた達のいまの戦力は190隻じゃなくて16隻なのよ! 1列が約12隻の16列の大方形。その正面から接敵されると16隻しか戦えないじゃない! 大方形のまま戦おうだなんてとんだ舐めプよ!」
(*舐めプ:相手を舐めたプレイ。手を抜くこと)
……啖呵を切ったいいけれど。と、花ノ美は気まずく思った。絶対に正しい選択と思っても、部下たちが乗り気でないのは明らかじゃない。でも、ここは敵の嫌がることを徹底すべきよ。私が敵の司令官だったらストライダー部隊の8隻なんて無視する。そんなときに、しつこく突っつかれたら、本当にうっとうしいって思うもの。
花ノ美が気まずさを覚えるなかブリッジには、
「敵陣形に変化あり! 敵は先頭の16隻を切り離しました!」
という新たな報告があがった。
――どういことよ!?
と私は迷った。助言役になってくれている艦長に聞こうかと思ったけれど、やっぱりここは、頼れる腐れ縁ね。私はヘッドセットのマイクへ向かって、
「アバノア。そっちにも敵の陣形の報告あがってるでしょ。あなたは敵の意図をどう見る?」
と問いかけた。ヘッドセットのスピーカーからは、すぐにアバノアの応答があった。まるで話しかけられるのを待ってましたとばかりにね。本当にこの子って……バカ。泣けるくらいいいやつよ。
『あらーお姉さまったらおわかりになりならない!? ならないのですのね!』
「わかってる! 私はあなたをテストしてるの。どれだけ私の考えを理解しているとかそいうのをね」
『あらーそうですの。残念。わかりました。では、敵の意図をご説明も仕上げますの。敵は二つを選択した。欲張りさんですのー!』
「つまり?」
『ええ、つまり、敵は天儀総司令との会戦をしたい。でも、わたくしどものストライダー部隊もぶっ殺したい。この二つを同時に行うための先頭16隻の分離ですの』
「ああ、なるほど」
『あら、やっぱりおわかりになっていなかった?』
「うっさいわね! わかってたに決まってるでしょ!」
『ヒェ。すみませんですの』
アバノアを怒鳴りつけちゃった私は、少し反省。なんていうか、わかってみればあっけない。しかも敵の意図がわかったからといってどうという対処はないわね。部隊行動を変更するような材料はし。ただ、敵がジタバタし始めたのは間違いないので、いいことだと思う。私がそんなことを思っていると、
「おい、お前ら! 敵が本当に16隻になったぞ!」
とリシュリューの艦長がクルーたちへ向けてつとめて明るい声でいっていた。私は艦長さんの声色に、
――すごく協力的。
と心底感じて泣きそうになった。私だって自分がやってることに百パーセントの自信があるわけじゃない。でも絶対を信じなきゃ戦えない。私の決断には、部下たちの何百人もの命が乗ってるんだから、絶対正しいって自分を騙してでもやってくしかない。しかも多分だけど艦長さんだって私のやってることが絶対正しいなんて思ってないと思うの。それなのにこの人は……。なんでか知らないけど最高にありがとう!
「お前らタイガー・マムは戦場の預言者だ。俺はいままで黙っていたが、往時の天儀総司令のもとで戦ったことがある。下っ端の参謀だが直属だぞ!」
艦長の突然の告白に、ブリッジないがどよめいた。
私も驚いた。歴戦だとはしっていたけど、まさかに旧グランダ軍で天儀の直属だったとはね。経歴抹殺刑をくらった天儀総司令。ヌナニア軍では、天儀の部下だったといのは微妙なところがあるの。人によって評価が大きく分かれる人だしね。沈黙は金。いわないことがベター。でも、艦長さんは、ここぞというときにこの話を告白しようと思っていたんだと思う。
「彼はまさに戦場では預言者だった。彼が、敵はこうしてくる! というと間違いなく的中した。俺はこんな軍人は天儀総司令以外に存在しないと思っていたが違ったようだ。俺たちの司令官は間違いなくなにかを持っている。お前ら、たとえタイガー・マムの意図がわからなくても信じて戦え! 俺だって最初天儀総司令のもとで戦ったときは意味不明なことばかりだった。だが、彼は勝ちまくったぞ!」
ブリッジの内の雰囲気が一気によくなり、
「じゃあ、艦長もタイガー・マムの考えはわからねえってわけですね!」
と茶々が入った。これに艦長が即答した。
「バカヤロウ。いまはわかってる! 昔の話だ。いま、彼女は正しい! 確信を持つ!」
意外なところに隠れいていた天儀支持者。花ノ美は救われた。ストライダー部隊は最高の状態で二度目のターン砲撃を敢行することになった。
ブリッジでは威儀を発揮し指揮をする部隊司令花ノ美は、
――もう死んでもいい!
と興奮していた。
――指揮官としての高揚感って、こういうことなんだ。
いま、私は、ストライダー部隊が自分の体の一部に感じて、そして愛おしい。くだらない上部構造物だって、いまは大事。部隊全部が自分の体のように思うように動く。自分の体なんだから粗末にしない。でも、リスクを恐れない。




