2-(20) 武名の顕門5
不敗の紫龍は悲劇の名将。
悲劇を生んだのはグランダ皇帝で――。
――殺したのは天儀。
人食い鬼の悪名は、どこまでも呪われている。
天儀。グランダの人食い鬼は、不敗の名を食らった悪魔の名でもあった。
会が終わろうとしたときの飛龍将軍の爆弾発言。
――ねえ、天儀総司令。どうやってボクの兄を殺したの?
普通聞くか? こんな場所で。せっかく良好な空気で、会が終わりかけていたんだぞ。あの天儀総司令が、驚き固まり石像のよう。このままじゃ不味い。総司令官の主催の会で、天儀総司令が恥をかかされて会が終わったでは、今後の軍の統率に支障をきたす。
「軍識に曰く――!」
と俺はたまらず声をあげていた。今回は、誰もとめなかった。最近、俺がなにかしようとすると一番邪魔してくる天儀総司令が、飛龍将軍の思わぬ一撃で一発ノックアウト状態だったからな。俺は、飛龍将軍へ向け勢い言葉を続けた。
「柔はよく剛を制し、弱はよく強を制す。柔は徳なり、剛は賊なり。我々は、いま、まさにこの状況です。いまだにヌナニア軍は兵力的に劣勢で、敵の合流を許せば二倍以上の戦力と直面するはめになる。いまは上下心を一致させて戦うべきときなのに、なぜ飛龍将軍は、軽率な問をなさったのですか」
俺は、苛烈に言葉を向けたのに、飛龍将軍ときたらふざけている。
「お、なんかグランジェネラル好みの古典ですね。義成くんったら旧グランダ軍人みたいだ。でも、なんだろう。グランジェネラルは、わかります?」
聞いたって答えませんよ。いま、天儀総司令は、あなたの爆弾発現で硬直中だ。大体なんであんな発言しといて、天儀総司令に親しげに問えるんですか。俺は憤懣だ。李飛龍とう人の軽佻さが腹立たしい。
「飛龍将軍の問は、戦線総監として軽率だと考えます。撤回してください」
「え、撤回って、つまり聞くなってこと? でも聞くでしょ普通。経歴抹殺刑で、全然わからなくなってて聞きたかったんだ」
「ですから飛龍将軍――」
「ねえ、だから義成くん。飛龍でいいよ。なんか君って硬いよね」
終始涼やかさが漂う飛龍将軍が、顔を歪め苛立ちを見せていった。めずらしいことなのだろうと感じた。間違いなく飛龍将軍は、負の感情を表ださない型の人間だ。心の色合いの変化とは関係なく、口が他人事のように自分を語るタイプだ。
貴公子然とした綺麗な顔が歪んだのを見て、俺もカチンときた。わかったじゃあもう呼び捨てだ。
「飛龍。君は無礼だ。といったんだ。時と場所と場合をわきまえろ。いまは、個人的な問をしてる場合じゃない。君の質問は、トートゥゾネ戦線の融和を崩す。いや、破壊する。とても今後戦って勝ちたい人間の発言とは思えない!」
俺だって――。俺だって我慢してるんだ。戦争だから。天儀総司令に色々問いたい。義潔兄さんなんで殺したのか。兄さんが殺された理由をしりたい。天儀総司令は、戦争が終わったら自分を殺していいといった。だからそのときまで我慢する。そう決めた。私より公。俺は軍人で公務員だ。下っ端の俺が我慢してるのに、戦線総監は、知りたいから聞くだ!? ふざけるな!
「いや、重要な質問だね。義成くんはわかってない」
「あきれたな。飛龍、君は年齢相応の子供だ。堪え性がないように思う」
返ってきた飛龍の声に熱がこもっていたので、俺は思わず言葉を選ばず言い返した。挑発しておいて、反撃されたら怒る。これを子供といわずなんというんだ。俺は、かなり厳しい言葉を飛龍へぶつけ、そして飛龍は、俺の言葉にさらに感情を露骨にした。
「グランダの李家は軍事の名門――!」
といって飛龍が俺を指差して開始した。
「ボクは、いや、俺は、兄が宇宙最強の軍人だと思って疑わなかった。そんな兄を倒した天儀という男を尊敬してる」
「飛龍。君の発言は、矛盾しているように思う。冷静になれ。お兄さんを殺した相手を尊敬するのは変だ」
「わかってないのは義成くんだ。ボクたちのような軍事貴族の家はね。自分の親兄弟を倒した相手は何より尊いんだよ。どうやって倒したか、どうしたってしりたい。李家の軍法には、三百年の蓄積がある。その三百年を以て歴代最強だった李紫龍をどうやって破ったか。武門の一族にとっては重要なことだ」
まるで子供だ……。兄の死をどう感じているんだ飛龍は……。俺は、兄さんの死に黒く燃えたのに、飛龍は殺した相手を無邪気に尊敬し、
――どうやって倒したんですか?
なんて聞いている。俺が執拗なのか、飛龍は変なのかわからない。だが、どちらとも異常なのはたしかだ。俺は天儀総司令を殺そうとして、飛龍は兄が天儀総司令に殺されたことを誇りに思ってる。これは変だ。
激しく言い合う俺と飛龍。全員が呆気にとられていた。総司令部側の面々もそうだが、大東提督ら皇統派も飛龍がムキになって言い返しているようすに驚いているようだ。やはり、飛龍は自分の心の色合いの変化を、普段他人へ見せないタイプなのだろう。
俺は口を真一文字に結び、飛龍はふくれっ面だ。手がつけられない状況といっていいが、ここでやっと硬直状態から回復した天儀総司令が動いた。
「激論結構!」
といってから天儀総司令は、俺と飛龍を交互に見て――。
「だがな二人共。私を間に挟んでいるのを忘れるな。耳が痛いうえに、顔面にしこたまつばが飛んできてかなわん。左右からだぞ。まるで台風のさなかに、野外で突っ立っている気分だ」
天儀総司令は、ポケットからハンカチを取りだし苦い表情で顔を拭きだした。
――そうだった。
俺と飛龍は、天儀総司令を間に挟んで大声で言い合いしてたんだ。……なんかすません天儀総司令。でも俺は、あなたのためを思って……。いや、言い訳だなよそう。
「お前らが私を、まったく尊敬してないということがよーくわかった。よーくなッ。くそ……」
ぶうたれながら顔を拭く天儀総司令の姿は、どこか滑稽だ。
六川軍官房長が思わずといた感じで、プっと笑った。釣られるように飛龍も笑いだした。それから部屋は、笑いの渦だ。総司令部側も皇統派もなく笑声が部屋を支配していた。




