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過去作品(更新停止)   作者: 遊観吟詠
ここから最新の改稿(9/20~9/21改稿分)
41/105

2-(20) 武名の顕門2

 このとき身を固くして敬礼する俺に、飛龍は、

参月義成みかづきよしなり特任少尉とくにんしょういですね。天儀てんぎ総司令からお名前は聞いていますよ」

 といって握手の手を差しだしてきた。俺はこのとき今後こいつと長いく深い付き合いになるだなんて夢にも思っていなかった。

 

 俺が、飛龍将軍に敬礼すると、火水風と鬼美笑が驚いた顔になった。なんだ二人共やっぱり話していた相手が、李飛龍だとしらなかったのか。

 

 無名の戦線総監の李飛龍の名は、総司令部機動部隊サクシオン内ではすでにしらぬものはいなくなっていた。トートゥゾネで奇跡の勝利。今日中に、全ヌナニア軍が、李飛龍の名を知ることになるだろう。すぐに本国でも大々的にこの偉業が発表されるはずだ。


「じゃあ戦死したお兄さんって……」

 と火水風が、恐る恐るといった感じで飛龍将軍に問いかけた。


「ええ、ご存知の不敗の紫龍」

「じゃ、じゃあその制服って……」

「ええ、兄のものですからつまり不敗の紫龍が着てたやつですよ。旧軍のデザインは滅法格好いい。これ結構気に入ってるんですよ。でも秘密ですよ。ボクがこういうこというと危険な右翼って思われちゃうんで」

「あ、あはは」


 不敗の紫龍の名は偉大だ。火水風でも、その名をきいて身構えてしまうほどにな。

 星間戦争勝利をもたらした万年級の軍事的逸材。それが李紫龍。天儀総司令が、劣勢なグランダ軍を率いて、セレニス星間連合軍に勝てたのは、不敗の紫龍の卓越した働きによるといわれている。飛龍がトートゥゾネでやったトラス陣形も、不敗の紫龍という人がいなければ、絵空事で終わって形にはならなかったろう。おそらく飛龍の思いつきを、彼が現実的につかえるものに作り直したんだ。天才的なひらめきも大事だが、ひらめきを具現化するのも、それと同じか、それ以上の天才性が必要だ。

 

「その知らなかったとはいえごめんなさい。色々失礼があったと思います!」

「やめてください謝るだなんて。なにも悪いことはしてないですよ。火水風さんも、もちろん鬼美笑さんもね」


 そうはいわれても火水風も鬼美笑も気まずさは拭えない、といった表情だ。

 飛龍将軍が、困ったな、と口にしながら頭をかいた。飛龍将軍も気兼ねなく話したかったから、わざわざ肩書を名乗らなかったのだろう。それがいまは二人を余計に恐縮させることになってしまっているのだ。


「では、はっきりと恥を忍んで、お嬢様お二人に申し上げます。ボクは両手に花、楽しく時間を満喫していただけです。それにボクなんてやっぱり無名ですからねぇ」


 そして飛龍将軍は、気軽な調子でこうもいった。


「そうだ。ボクが無名なのが悪いんですよ。兄さんばかりが有名で、ボクは自己紹介のときに不敗の紫龍の弟と名乗ったほうが、わかりが早いですからね」


 これで、やっと火水風と鬼美笑の表情にやわらいだ。それを確認した飛龍将軍は、俺を見て頷いた。俺も頷き返し、

「会の模様されている部屋は、こちらです」

 と、飛龍将軍をいざなうように一歩を踏みだしたが、進み始めてすぐに飛龍将軍がピタリと止まった。なにをしんてるんだ。こっちは急いでるんだぞ。俺も仕方なく停止。確認するように振り返ると、飛龍将軍が不敵に笑った。

 

「でも――。ボクだって自己紹介で、不敗の弟と名乗るのは少し癪だ」

 

 俺達が驚くなか飛龍将軍は、

「だからこれから世界は、この李飛龍を知る――!」

 そいうとスタスタと歩き始めしまった。俺は、慌てて飛龍将軍を追いつつ、火水風や鬼美笑には、後でまた、と目配せしてエマージェンシー・ボックスを去った。

 

 このとき火水風や鬼美笑だけなく、俺も李飛龍の迫力に呑まれ、ただ圧倒された。似たような年齢だなんてとても思えない。完全に歴戦将軍の貫禄だ。

 

 そして俺は、思いだいした。天儀総司令の言葉をだ。

 

「飛龍の名は、早晩兄の名を世間から忘れさせるだろう。弟の名は、兄の名を塗りつぶす。この戦争が終わる頃には、飛龍の名をもって、兄の悲劇は語られるようになる」


 偵察部隊からの最初の報告後、総司令部機動部隊サクシオンが、トートゥゾネに近づいていくなか絶え間なく続く続報。李飛龍艦隊の状況が、徐々に明瞭となっていった。そんななか天儀総司令が、ポツリといった言葉だった。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「天儀総司令がお困りです。急いできてください」

「だから義成くんかしこまらないでって。飛龍でいいよ。同い年なんだしさ」

「そういうわけには……」


 相手は将官。中将ちゅうじょうだぞ。しかも二倍の敵を退けた。俺は、いや、俺達全軍人が、二倍と聞いてなにを予感するか……。敗北だ。そんな報告を受けて、最初に頭によぎるのは絶望的に暗い未来だけだ。

 

 軍隊は、基本的に勝てる戦いしかしない。勝てる戦いとは、相手より有力な兵力を集めること。つまり、相手より人数を集めることだ。戦いは今も昔も数だ。そして負ける場合は、戦わない。

 

 ――勝てない戦いに命を投資したいのか? 

 

 商品を買うのに支払うのは金だが、勝利を手にするのに支払うのは命だ。

 

 でも戦いは、そう都合よく進まない。何事にもアクシデントはつきものだ。多少の数の差は、気合と創意工夫でカバーする必要がある。だが、くどいが、二倍は気合や創意工夫でどうにかなる問題じゃない。普通なら撤退だが、どうしても戦わなければならないなら堅牢な拠点に籠もるか、壊滅する前に増援をうけるしかない。英雄的に戦い、絶望的に終わる。それが兵力差のある戦闘だ。

 

 あと飛龍将軍は、同い年なんていったが嘘だ。俺がざっと目を通した彼の経歴の記憶が正しければ、飛龍将軍は俺より年下だ。しかも今年で数え二十歳じゃなかったか。しかも……。グランダの貴族の年齢のカウントは、生まれて一歳。……。これ以上考えるのはよそう。目の前の存在はイレギュラー。超法規的存在だ。


「とにかく急ぎましょう。部屋では天儀総司令が、貴方の部下に詰め寄られて困った状況なんです」

「あ、もしかして部屋ではとんでもないことになってます? 斬りかかってはダメだと皆さんには注意したんですよ。だから儀礼用の刀剣類の携帯も禁止したんです。戦争の最中ですし、ヤクザじゃないんだ刃傷沙汰はまずい。あ、でも恩賜の短刀とか隠し持ってるかも。それを取り出して斬りかかったとか。それはヤバイな」

「いや、流石にそこまでは……」

「ああ、よかった。皆さん気が荒いので気が気じゃない」

 

 ――じゃあちゃんと監視していてくれよ。

 と俺は心中で非難した。なんだって貴方は、一人で迷子になって、火水風や鬼美笑と楽しく話してるんだ……。どういう状況に、なっているか想像がつくなら、一刻も早く部屋を目指して欲しいものだ。


「とにかく急ぎましょう。このまま放置すると、将軍の仰るように、彼らが天儀総司令に斬りかかりかねない。明日の新聞に〝ヌナニア軍総司令官トートゥゾネで惨殺〟なんて三文記事の可能性もゼロじゃないんです」


 俺が非難の思いを混ぜていうと、飛龍将軍は、それまでとは違った先鋭な声で、

「いや、それは違うね」

 と、否定してきた。


「違う? なにが違うんですか」


 天儀総司令は、貴方の部下に詰め寄られて多勢に無勢な状況だ。こうしている今もひたすら糾弾の言葉を浴びせられ続けているは間違いない。俺としては、一刻も早く飛龍将軍に彼らをたしなめもらいたい。


「ええ、違う。天儀総司令なら全員返り討ちだ。流石に全員殺されてしまってはボクが困る。彼らは、兵士としては優秀なんでね」

 

 俺が呆気にとられるなか、飛龍将軍はスタスタといってしまった。

 俺は、またも慌てて追いかけた。そしてふと思った。


 ――もしかして部屋の場所をわかってるんじゃないか?

 

 ……飛龍将軍は、俺が案内しないでもグイグイと部屋に向けて進んでいった。俺の疑念は深まった。

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