2-(17) 凱旋アクセル(必要な助言)
「え、じゃあ天儀総司令。戦略参謀として義成は、戦術的な助言はなにもしてないんですか?」
「花ノ美なにをいっている。戦術的な助言もなにも先遣部隊の指揮は、アクセルに一任している。今回の戦闘で私は、指揮していないのだから義成は戦闘に関する助言はおこなっていない。当たり前だ」
万事休す。だが、仕方ない。強がった俺が悪い。だけど断罪をくだすのが、天儀総司令ならマシだ。花ノ美やアバノアにやいのやいのいわれるより遥かにいい。
「あらー義成ぃどいうことー? あんた助言したっていったわよねぇ」
花ノ美が、口元に悪い笑みを浮かべながら俺を糾弾してきた。俺はここで認めてしまうか迷ったが、どうにも憎らしいし、気まずさやらで、やはり言葉がでなかった。
ここで、またも黙り込んでいる俺に変わって天儀総司令がまたも口を開いた。
「ああしたぞ。助言を、うるせーほどしてきた。私にこれほど口うるさく、ああしろこうしろといってきてくれたのは、義成お前が初めてだ。ちょっとムカついたが感謝する。お前を戦略参謀に任命したのは正解だったよ」
「えっと、えっと。どういうことでしょうか天儀総司令。義成は助言を行っていなんですよね?」
「ふむ。助言をしていないのにした。解せませんのー」
花ノ美もアバノアも困惑だ。いや、俺もだ。俺は今回の戦闘で、何一つ助言をおこなえていない。それがどうして? いや、天儀総司令も俺は戦闘中に助言をおこなえていないと断言している。じゃあ俺はなんの助言をしたんだ……。この人の言動は矛盾に満ちてわかりにくい。
「だから〝戦闘〟に関する助言はしてない。義成は、私と一緒にアクセルの戦いを観戦していただけだからな」
「あ……」
と花ノ美が気づいた顔をした。アバノアも天儀総司令のいわんとしているところに気づいたようだ。俺ももちろん天儀総司令のいいたいことがわかったが……。
「だいたい私に、戦闘指揮に関する助言をするなんて十年早い」
「そ、そうですよねぇー」
「十年も経たないと助言できない。なんて気の長い話ですの……」
「いやいや、縮める方法はあるぞアバノア。ケツに銃創でも作ってこればいい。そうしたら話を聞いてやらんでもない。くだんらん助言だったが銃殺もんだがな」
「あらー、お尻に銃創とな。乙女に向かって、ナチュラルにセクハラですの。しかもまた呼び捨て」
「え!? 天儀総司令。それは、お尻に銃創作ってこれば、天儀総司令の戦略参謀にしてもらえるってことでいんでしょうか? そう理解していいんですよね? ねッ?!」
花ノ美の顔は真剣そのもの。言質をとったとばかりに凄まじい勢い迫る花ノ美に、天儀総司令といえば、
「い、いや。も、物のたとえだが……」
と押されまくってタジタジだ。だが、花ノ美は聞いちゃいない。
「アバノア手伝いなさいよ。さすがに自分で撃つのちょっと難しそうだし? あんたに特別な役割を命じてあげるわ」
「え、マジですの!?」
「やんのよ。手伝ったら、あんた私の補佐に任命してあげる」
「そ、それは……。でも補佐でも履歴には残れば高評価。わかりました花ノ美お姉さま。ガッテンですの!」
意味わからない方向に話が転がり始めたが、
「おい! 二人共いいかげんにしろ!」
という天儀総司令の一喝で、二人のボルテージは一気にゼロに、黙り込んでしまった。天儀総司令は、それを見ると俺のほうへ顔を向けて、
「義成。お前が私になにを助言したか彼女達に教えてやれ」
といってきたが、俺は、
「わかりません」
と応じるしかなかった。だって、まったくわからない。俺は、なにか有用な助言をしたのか? 本当に覚えがない。ひたすらなにもすることがなくて気まずかっただけだ。なにをいったんだ俺は。
「おい義成。お前あれだけまくし立ててまくって、何一つ覚えてないのか。そりゃすごいな」
「……すみません」
「お前は、私に散々アクセルの行動について助言。いや、忠告してきたろ」
「あっ!」
確かに……。忠告も助言の内だ。俺は、アクセルが問題行動をすると、天儀総司令に散々口を酸っぱくしていいまくった。だが、天儀総司令は、俺の忠告を邪険にしたり無視したりと一切取り合ってくれなかったじゃないか。この人が、俺のアクセルに関する忠告を、重視していたなんてわかるわけがない。
「忘れていたのか呆れるやつだな。だが、忠告の精度は正確無比だったぞ。アクセルのシャルホルストに乗り込んでからの行動を、何一つ間違うことなく私に忠告したろ。どんなルートを取ってブリッジへ入るか、どんな態度を取るか、誰を何発殴るかまでいってきた。だいたい当たっていたので私はすごく驚いた」
「ええ、まあそうでしたね……。全部却下されましたけど」
「採用されなかったぐらいでふてくされるなよ。ガキじゃないだ。だが、義成お前は、あそこまでアクセルの行動を言い当てられるなら、お前とアクセルが戦ったら案外お前が勝つんじゃないか?」
「え……」
と天儀総司令の思わぬ発言に俺は驚いたが、驚いたのは俺だけじゃない。花ノ美とアバノアもだ。二人が、いま、俺のことを驚愕と嫉妬まじりの視線で、強烈に睨みつけているのが痛いほどわかる。
――暇してた四十七番が、なんで高評価うけてんのよ!
猛烈な嫉視が、頬あたりに突き刺さるのをめちゃくちゃ感じるぞ。
「戦いとは、共感と理解だ」
と天儀は、俺が針のむしろのうえにいるような状態などかまわず持論を続けた。
――殺す相手への理解と共感?
またも俺だけでなく花ノ美とアバノアも怪訝な顔となった。敵は、殴って踏みつけてただ倒せばいい。そこに共感と理解など必要なのだろうか。相手を知ってしまったら酷いことはできないし、殺すなんてできない。そうじゃないのか。戦いで敵について知るとなれば、それは数字だ。空母の数。戦艦の数。二足機の数。兵器の質。兵員の数。生産能力。
「敵を知り、己を知らば――というだろ?」
「孫子兵法ですか!」
花ノ美が、嬉々として反応した。
「そういうことだ。相手の考えがわかれば、たちどころに勝てるってやつさ」
「天儀総司令は、孫子がお好きなんですね! 私もじつは熱心に読んだんですよ」
孫子兵法書は、いまの時代でもバイブルとする軍人が多い。普遍的な価値観で書かれた稀有な古書。今の時代、半ば哲学書に近いのが、孫子兵法書とされている。証拠にヌナニアの図書館にいけば、孫子兵法書が置かれているジャンルは『哲学』。歴史でも軍事でもない。軍事テーマに書かれた哲学書というのが、いまの孫子兵法書の一般的な評価だ。俺の感想といえば、孫子兵法は古代にこれだけのことが書けた人間がいるとなると、いまの人類は、はたして進歩したのか? と疑問に思わざるを得ないような出来栄えだった。
趣味があいますね、とすり寄る花ノ美。だが、天儀総司令はそんな単純な人じゃない。
「いや、まったく好きじゃない」
「え……」
「あれは、当たり前のことしか書いていない。私が知りたいのはああいうことじゃない」
「で、ですよねー。私もそう思ったんです。なんか浅いっていうか。わかりきってることしか書いてないというかー……。ア、アハハ」
「あらあら、花ノ美お姉さまったらみっともないですの」
「な、なによアバノア。なにがいいたいのよ」
「いいたいもなにも。ええ、わたくし覚えてますの。士官学校時代にした図書館デート。わたくしが、基本書だといって孫子兵法書をお渡ししたら、お姉さまったら〝一ページ目で、は? 川の前に布陣するな? 宇宙のどこに川があるってのよ。アバノアこんなもん読んでるやつはよっぽどの気取った暇人よ〟と、すげなくバッサリ切って捨てましたの。全然読んでいませんでしたのによくもまぁ……」
「ちょっとアバノア黙ってなさい! あとデートじゃない。さらりと自分の願望混ぜないで」
花ノ美とアバノアが茶番を始めるなか俺は、胸の前で小さく挙手して思わず、
「ですが天儀総司令。敵と相互理解が生まれたら、それは戦いにならないんじゃないでしょうか」
と心のうちに浮かんだ疑問を口にしてしまっていた。理解し合ったのならお互い妥協ができるはずだ。そして、これだけじゃない。続けてさらに俺の口からは言葉がでた。
「理解し合っていてなぜ殺し合うんでしょうか?」
妥協が見いだせれば殺し合いには発展しないですむ。だが、俺の言葉に、場の空気が凍りついていた。
「ちょっと義成なんて失礼なこといってるのよ。天儀総司令の経験の上の言葉を否定するだなんて失礼でしょ」
「いや、だが、花ノ美。理解し合っていてなぜ殺し合うんだ。おかしいいだろ」
花ノ美が大きなため息をついてから諭すように始めた。
「チッチッチ。そうじゃないの義成。天儀総司令がいいたいのは、ライバル関係よ。あんたの好きなヒーロー物でもよくあるでしょ」
「違うぞ花ノ美。ライバルは、本質的には敵じゃない。ヒーローとライバル関係なるのは、メンバー同士か、同格の資質を持ったダークヒーローだ。ダークヒーローも掘り下げてみれば、根本期な部分は正義でありヒーローと変わらない」
「……あんたどこまでド真面目なのよ。いまは適当に同意しとけばいいのよ。せっかくこの私が、助け舟だしてやったのに台無しじゃない。私あんたの、そういう無神経なところが気に食わないのよ」
なお、とうの天儀総司令といえば、ポカンとした顔していたが、気分を害したふうでもない。
「論破されてしまった。たしかに……」
なんていって笑っていた。この人らしいといえば、この人らしい態度だ。反論されてもあまり頓着しないんだ。
「だが、義成。私はどちらか死ぬまで熾烈に戦った相手こそ知り抜いているといいえる自信があるし、そんな相手こそ私を真に理解しているとも考えている」
「そうですか……」
――殺して倒した相手だけが、ご自身の理解者ですか。
という言葉を俺を、グッと飲み込んだ。この人は悲しい人だ。天儀という人は、おそらくいままで自身の前に立ちふさがった敵を倒し尽くしているだろう。だからこそ一千万規模の宇宙軍のトップになれた。
どちらかが倒れるまで戦った相手こそ自分の真の理解者足りうる。だとすると、この人を理解しているのは、いままで倒した相手。つまり死人だけだ。この世に理解者がいない人生に、楽しみなどあるのだろうか……。
「しかし、義成。お前あれだけアクセルのことを理解していたとはな。お前は、案外アクセルを好きなんじゃないか。嫌いなやつのことを仕事でもないのに、あんなに熱心に調べないだろ。私ならゴメンだな」
「やめてください冗談でもたちが悪い」
それでも天儀総司令は、一度、酒でも飲みながら腹を割って話してみたらどうだ? なんていってきたが、俺は考えるまでもなく断った。アクセルと話し合い? 絶対に成り立たないと断言できる。アクセルは俺を見下していて、俺はアクセルを嫌悪している。一緒に食事なんて以ての外だ。だいたいあいつは偏食主義で、店を選ぶのも面倒くさいに決まってる。
俺がそんな事を考えている間に、ブリッジ内の空気が変わっていた。そして、その空気を変えた原因は、俺のすぐそこまで近づいていた。
「こんにちはー。こばんはー。テメエらの神アクセル・スレッドバーンだ。勝ちたいならオレへ祈れ。大勝利だ。ゴラッ! 褒めて讃えて崇めろ下民共がァヨ!」




