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過去作品(更新停止)   作者: 遊観吟詠
第二章 トートゥゾネ
32/105

2-(15) トップユニット 2

 そして行動宙域に突入したアクセルの先遣部隊トップユニットは、静けさに包まれていた。まるで待ち伏せなどないかのごとく星は瞬き、部隊先頭をいく高速戦艦シャルンホルストの行く手を阻むようなものはなにもない。

 

「こんなかから敵を見つけろってのが土台無理よ」


 アクセルのつぶやきに応じるのはトレーセン艦長だ。


「ですが、必ずこの星の瞬きなかに敵の待ち伏せ部隊の発光が混じっています」

「それは経験談かァ?」

「セオリーです」

「まあそうだ」


 向かってくる敵の進路の上に伏兵するのは鉄則だ。

 

 そして進む側といえば、待ち伏せを暴きだすために、本隊に先行して、こうして先遣部隊トップユニットを派遣する。なお、まずありえない話だが、仮に進む側が先遣部隊トップユニットを先行させないのであれば、本隊に大損害を被る可能性が高い。

 

 待ち伏せ側といえば、本命の敵本隊を叩けなくとも先遣部隊トップユニットへの攻撃が成功した時点で、漸減戦術ぜんげんせんじゅつが成立する。この場合の漸減は、刻むように削るという意味だが、本隊戦前に敵の戦力を一方的に削れれば有益なのはいうまでもない。

 

 敵の侵入路が限定されていれば、待ち伏せして迎え撃つ側は、いずれにしても有利。成果が大きいか小さいかだけの違いだ。

 

「仕方ねえ。待ち伏せが予想されるブロックに、アクティブ・レーダー波を照射!」


 アクセルはそう命じると、続いてパッシブ・レーダー確認と、敵からの電子戦攻撃の有無を確認した。敵の位置をしるとなれば、あとはこれぐらいしかない。


「レーダー波による探索、感ありません!」

「パッシブ・レーダーに感なし!」

「電子戦攻撃まだありません!」


 指示して返ってきたのは、当たり前にして予想どおりのなんの面白みもない結果報告。


「このまま先遣部隊トップユニットを四戦速で突っ込ませますか?」

「そうすりゃ十分後には、敵の位置は明らかだが――……」

「ええ、十分後には、一方的な猛射を食らっているでしょうからね。攻撃させれば敵の位置は明らかです」

「……セオリー通りだな」

「ええ、我々の役割は、待ち伏せしている敵に攻撃させて下がらせるですから」


 ――だが、このまま進むってのも芸がない。

 いや、なさすぎるぜ。当たり前の結果をぶらさげて帰れば、オレは軽くあしらわれるだろう。戦果報告しても、天儀のヤロウは次の作戦の計画に夢中。たとえ天儀のヤロウの顔が、オレに向いても露骨に興味なさげ。そんな情景がありありと目に浮かぶぜェ。


「方針をお決めください」


 ――チッ。ウッセーな。いま、考えてんだよハゲ。


「黙っていても十分後には、このままだと砲撃をうけます。戦場慣れしている者たちばかりですが、やはり無指示はまずい。砲撃をうける前に、戦闘への突入を宣言すべきです」


 ――もう十分もネーよ。精々もうあと五分だ。

 低能との意思の疎通ってのは、まったく無駄が多い。会話つーのは、一々時間がかかっていけねーや。それがバカ相手ならなおさらだぜ。


 ……ムカつくが、いまの状況では敵が有利か。待ち伏せ側は、艦の発光できるだけ小さくし、電子隠蔽を徹底する。こっちは進まないとどうしようもないので、チンドン、チンドン騒がしく突入ってわけだ。より早く砲撃させたほうが多少マシだからな。目立つようにいく。被害は、操船技術と装甲でカバー。あとは各艦のスタンドプレーに期待ってところだが……。

 

「右翼の各艦は一戦速いっせんそく! 左翼の各艦は最大戦速!」

 

 アクセルから命令が放たれた。これはそのまま戦闘開始宣言のようなものだ。高速戦艦シャルンホルストだけでなく先遣部隊トップユニットの艦艇すべての艦内で、クレーロン(軍隊ラッパ)の勇ましい音が鳴り響いた。これほどわかりやすい戦闘開始の合図もない。

 

 そして、アクセルの命令の意図も、クルー達にとってわかりやすかった。

 先遣部隊トップユニットは、高速戦艦シャルンホルストをトップにVの字で進んでいるが、この状態でVの字の右列を減速させ、左列を増速させると、砲撃をうけると予測されるポイントに先ず左列から入り、続いて右列が入ることになる。

 

挿絵(By みてみん)


 つまり――。

 オレの考えは、敵の最初の猛射を先行する左列でうけ、後段に置いた右列で有効な射撃を敢行する。ちょっとテクニカルな段階突入。そして敵待ち伏せ部隊を、そのまま右列で拘束。被害を立て直した左列の各艦を側面へ移動させて再突入させる。これで一面包囲というやつだな。……ン。この戦術どっかで見たような。まあ、いい。今回はこれでいく!


挿絵(By みてみん)


 待ちに待った戦闘突入宣言。先遣部隊トップユニットでの段階突入はめずらしい選択だ。進んで敵を暴きだすことが仕事の先遣部隊トップユニットにとって、細かいテクニックは二の次。だが、各艦の艦長始め高官達は、アクセルの意図をほぼ正確に理解していた。

 

 統合参謀本部の若者には、面子がある。それもアヘッドセブン序列一位となれば、セオリー通りではすませない。だが、面白い。上手くいけば、主砲発射後に後退を開始する敵に少なくない損害を与えられる可能性がある突入法だ。


 だが、高速戦艦シャルンホルストでは、アクセルから矢継ぎ早にでた

「シャルンホルストは増速。左列の背後に入れろ!」

 という指示でブリッジ内がざわついた。


 増速した左列の背後に高速戦艦シャルンホルストを付ける意図は、誰にとっても明白すぎた。なにせ指示したのは、あの優秀にして悪名高きアヘッドセブン序列一位のアクセル・スレッドバーン。


「あの、アクセル司令。まさかとは思いますが、督戦とくせんをなさるきでしょうか?」

「うっせえぞオッサン。その察しが良いのか悪いのかわからねえ質問は無駄だッ」

「まさか友軍を撃ったりはなさいませんよね、と私は聞きたいのです!」

 

 はいはい。バカだとはわかってたが、知能がサル以下だと、いまのオレの指示をそう受け取るわけか。テメエらの理解力に合わせて指示なんてだす気は毛頭ねーからいんだけどよ。だが――、ここまでバカだと猛烈にイラつくぜッ。


「被害を嫌ってちょっとでも船速を落とした艦は撃つぞオラ!」


 とたんにブリッジを、張り裂けんばかりの緊張が支配した。原則、上官の命令は絶対だ。拒否権は建前でしかない。アクセル司令の命令を拒否すれば罰せられる。が、友軍を撃てば当然のちのちに問題となってやはり罰せられる可能性が高い。主砲に射撃命令をだす統合火力管制官ファイヤマスターの顔は真っ青だ。


 ――こいつに従うべきなのか?

 

 恐怖と並行したアクセルへの反感。ブリッジ内には不穏な空気が流れ、不気味な静けさに包まれた。が、そんな静けさは一秒とたたずに破られた。照明が真っ赤な色へと切り替わりブザー音が鳴り響いたからだ。これは緊急事態をしらせる警告音。


「大変です! 一部セイフティが解除されました!」

 

 叫んだのは安全管理官。

 宇宙には、地上と違った難しさがあった。些細な点検ミスが艦の喪失につながり、小さな冒険心が艦隊をまるごと危険へと叩き落とす。この場合の危険とは事故での全滅だ。だが、軍隊は状況主義。勝利という目的を前に、安全は軽視され、リスク軽視と手順無視は勝利の対価とすらされたが、当然これは問題だった。


 そこで設置されたのが、乗員の命と船の保全を任務とする安全管理部門。艦の運行と、航行の安全に責任を持ち、ダメージ・コントロールもこの部門がつかさどる。


 その安全管理官の報告が終わらぬうちに、ブリッジの防御壁が開放を開始。十秒後にはブリッジの窓は完全に開放されていた。


「オイ! 安全管理官どうなってやがる。テメエラは自艦の保持もまともにできネーのか。戦闘直前だぞ!」

「申し訳ございません。理由は不明ですが、シャルンホルストの窓の防御壁が開放されました!」

「理由はなんだ。機器の故障か? なんにしろ点検不備だ。テメエら全員懲罰もんだぞ!」

「わかりませんが、発端は機銃座です」

「機銃座だァ?」

 

 襲来する二足機対策の機銃座だ。ミサイルにも対応する無人でも動く半自動の有人座。巨大な船体を持つ艦ほどその数は多く、高速戦艦シャルンホルストには、

 ――四十前後の機銃座があったはずだ。

 とアクセルが考えた瞬間だった。


「第一機銃座から緊急コールです! 繋ぎますか?」

 

 オペレーターの報告にアクセルの対応は早かった。指揮座にコールを繋がせ自ら対応した。


『緊急事態! こちら第一機銃座。不審者が侵入し……! オイ、なにを!? アッー!』

 

 スピーカーをとおして、第一機銃座の兵員の悲鳴が鳴り響いた。戦闘直前の異常事態。誰もが機銃座で起こっている事態を信じられない。アクセルにも焦りの色がある。こういった場合考えられるのは。

 ――反乱か、敵性因子の乗っ取り。

 どちらも自爆覚悟のテロ行為だ。ありえないが、ありえないわけじゃない。ブリッジに姿を見せてからのアクセル・スレッドバーンの行動は度を越している。数多の恨みを買っていても不思議ではない。

 

 それに敵が何らかの方法で、スパイを乗り込ませていた可能性もあるにはある。

 ――それこそ微分子レベルだがな。ゼロじゃねえぜ。

 そう思ったアクセルは、それまで無線で繋いでいたシャルンホルストへの接続を遮断した。敵の乗っ取りならば、ウィルスなりがばら撒かれた可能性は高い。現に窓部の隔壁は勝手に開放されたのだ。

 

 オレに備わっているインターネット・オブ・バイオニクス能力のセキュリティには二つある。オレ自身でセキュリティを担う方法と、周囲の環境にセキュリティに依存する方法だ。軍用機器、それも戦艦ともなればそのセキュリティ能力は高い。ほぼ丸投げしちまってもいいぐらいにな。ただ、オレ自身がやるか他に投げるかどちらのほうがいいかは、微妙なところだ。ただ、他に丸投げしちまえばその分のリソースを別のことに使用できるのはデカイ。

 

「へへ。物理的な乗っ取りってのは、中々厄介じゃねーか。こりゃあいい戦訓だぜェ。戦闘指揮どころじゃまったくなくなる」

「どうなさいますかアクセル司令?」

「どうもこうもねえ。とにかく機銃座の状況確認だ。オイ、オペレーター。第一機銃座の映像をよこせ!」


 宇宙船の各部屋には、カメラとスピーカー及びマイクの設置の義務がある。


「映像出ません!」

「なんだとこのヤロウ!」

「メインコントロールからでなく、指揮座から一部のセキュリティが解除されたことで起きた不具合だと思われます!」

「チッ。つかえネー。が、艦の内部ネットワークにウィルスがバラ撒かれたってわけじゃなさそうだな」

「はい。ウィルスの可能性は低いです」


 一安心ってところだが、

 ――だが、意味がわからねえ……。

 いま、機銃座に居るのは誰だ。第一機銃座だけじゃねえ。全機銃座38基の内で30基が緊急信号を発してやがる。……これが仮に全部乗っ取りだとしたら一刻も早く取り返さねーといけねえが……。そうだ。ちょうどいいのがいる。国家親衛隊インペリアルだ。脳筋ゴリラは機銃座奪還にもってこいだ。‥…いや、待て、国家親衛隊インペリアルって、そういやあいつらは、いまどうしてる……。


「オイ、艦長。国家親衛隊インペリアルは!?」

「はい?」

「バカ面で聞き返してんじゃねェ。コロスゾ! だから国家親衛隊インペリアルのやつらはどこいった。オレがここに引き連れてきた20名以外をどこで待機させてやがる」

「あっ!」

 

 そしてブリッジのスピーカーからは、

『こちら第一機銃座。もんでーなしだ。視界良好じゃい』

 という野太い男の声が流れていた。明らかに先程悲鳴をあげていたクルーとは違う声だ。そして直後に、ブリッジはコールの嵐に見舞われた。ビービーと鳴る音の嵐は、敵発見をしらせる報告のブザー音だ。そしてコールしているのは30基の機銃座だ。



「これは一体!?」

 と驚くだけのトレーセン艦長は、オレをイラつかせる才能だけは長けてるぜ。


「マジで、わかんネーのかよ艦長さん。暇を持て余した宇宙ゴリラが、勝手に見張員を始めやがったんだよ。アイツラ勝手に機銃座を占拠しやがったんだ」

「アッ。そういうことだったんですか!」


 ――見張員。

 とは、望遠鏡などの光学機器による人間の目をつかっての宙域の監視だ。画像解析という仕事がAIの領分となって久しいが、訓練された人間がAIと遜色ない、もしくはそれ以上の能力を発揮することは常識だった。

 

 電子的な隠蔽率を高めていかにレーダーに表示されなくとも、視覚的な隠蔽率を100%にすることは不可能。宇宙船は、発光する。以前述べた理由から光を発信せざるを得ないという理由もあるが、そもそも船体はそのものが光を反射するのだ。

 

 加えて宇宙船は、船外皮膜とよばれる惑星でいえばオゾン層のような役割をはたすもので船体を覆っている。それがどうしても発光原因となってしまう。

 

 だが、数多の星の瞬きの間から、宇宙船の発光を発見するのは至難。結局、10キロメートルも離れてしまえば、その発光は小さな点だ。

 

 カメラが捉えた映像から、AIが人工的な発光と考えられるものをピックアップし、ピックアップされたものを、人間が射撃に値する相手か、つまり敵性発光か判断する。

 

 見張員は、発見と識別を同時におこなえる。つまり熟練した見張員は、AIより敵性発光の発見するのが早い!

 

「……なるほど。天儀の野郎がいった〝彼らは私の目だ〟ってのはこういう意味かよ」

「天儀総司令が、そのようなことを?」

「そうだ。意味がわからなかったが、いまわかった。つまり宇宙ゴリラは、熟練見張員だったわけだ。回りくどい言い方しやがって」

「……そうですか」


 宇宙で隠蔽率といったら電子機器に対する隠蔽率をいう。宇宙での距離感は、地上でのそれとは大きく違う。射程内に収めてすら彼我の距離は、地上では考えられないほど長い。こうなってくると光学迷彩の意義は薄い。つまり宇宙船は必ず目で見えるといっていいが、それは先述のとおり見つけるのが難しいのだ。あたまの宇宙の光に、人工的な発光は埋もれてしまう――。


「熟練した見張員は、AIより早く見つけるとは聞いていたが、マジだったとは驚きだぜェ」

「それでこのコールの嵐をどういたしますか?」

「……鳴らしとけ。全部こっちでやる」

「はい?」


 だが、トレーセン艦長の怪訝な問い返しをアクセルは無視。指揮座に深く座りなおし、胸ポケットから長めの白い紐のようなものを取りだした。よく見ればそれは、電子機器同士をつなぐ一般的なコネクターだ。

 

 トレーセン艦長が、アクセルの行動を怪訝に眺めるなか、アクセルはコネクターの一端をずぶりと自分の首に刺した。


「アクセル司令!?」

 

 驚くトレーセン艦長を、やはりアクセルは無視。コネクターのもう一端を自身の目の前にあるコンソールにずぶりと刺した。


「なにをなさっているんですかアクセル司令。ご説明をお願いします! 戦争は、一人ではできない。操艦も主砲発射も部下が、あなたの意図を理解してこそ最高の結果となる。我々を信じてパフォーマンスを発揮させてください。もう敵は目の前なんです!」


 トップユニットの左翼が、敵の砲撃をうけるであろうポイントに入ろうとしていた。もう一刻の猶予もないのだ。アクセルには部隊司令として指揮をおこなってもらう必要がある。

 ――それなのにアクセル司令はなにもなさらない!

 トレーセン艦長は、心中で悲鳴をあげたが、アクセルといえば冷めていた。


 ――アホか。こっちは一人で戦ってんだよ。

 つか一人で戦えるのほうが正しいか? まあ、どっちも同じだな。なにが部下クルーを信じろだ。てめえらの考えてることなんてこっちはお見通しなんだよ。バイタル係数見えんだぞ。なめんなよ。証拠に、いま、オマエはオレを信じちゃいねえ。バイタル係数の数字がそういってる。オマエは、オレに不信感だらけだ。ブリッジのクルー達もなッ。

 

 そんなやつらに、いちいち命令だせってか? バカも休み休みいってくれ。オレ一人でやったほうが早い。効率がいい。一人のほうが――、勝てる!


特別命令権セブンス・コードを発動する。軍令第C二号(シーツー)を行使」


 アクセルが冷たくつぶやくと同時に、それまでブリッジを赤く染めていた発光が通常の白色と切り替わったが、それも一瞬で再びより強く赤く発光を開始。ブリッジ内は、真っ赤に染まり、ビービーという警告音がけたたましく鳴り響いた。

 

 ブリッジ内どころか艦内すべてのモニターには、『緊急事態』と『特措法命令』という文字がデカデカと表示され、その下には申し訳程度に添えられた『操作ロック』の文字。

 いま、戦闘直前にして、高速戦艦シャルンホルストのすべての操作が不能となったのだ。

 

「操舵できません!」

「くそ! 何だこのでかい文字。じゃまだ。数値が見えない!」

「レーダーの表示が見えないじゃない。どうするのよ!」

「通信もできませんよこれ!」

「統火長より報告します。火器管制システムへのアクセスが拒否されました!」


 またたく間にブリッジは阿鼻叫喚となり、トレーセン艦長も露骨にうろたえ、

「どうやってホワイトフラッグや救難信号をだすんだ……」

 と、うめいた。操艦も射撃も不能となれば一方的な被弾を覚悟せざるを得ない。そうなれば甚大な被害がでるわけで、降伏しなければならないが、それもできないのだ。高速戦艦シャルンホルストのクルーは、突如まるごと鉄の檻の中に放り込まれたようなものだ。


 だが、クルーたちの絶望は、スピーカーからの人工音声にかき消されることとなった。


『セブンス・コードが発動されました。各員は、セーフティーポイントに入り安全帯で船体に体を固定してください。繰り返しまします。セブンス・コードが発動されました――』


 無機質で冷たい謎の警告音声は、クルー達からすれば死への警告だ。ブリッジはまるごとパニック状態へと落ちったが、このパニックを収集すべき男。つまり先遣部隊トップユニット司令のアクセルといえば、指揮座にだらりと体を横たえて意識あるのか、ないのかといった状態だ。弛緩しきったアクセルの体。パニック状態のブリッジとは対象的だった。

 

 そんなアクセルの意識は、いま、シャルンホルストの内部に沈んでいた――。

 

 ――これが最新鋭戦艦のサイバーエリアか。

 シミュレーターより景色が鮮明だな。カメラがいいのか? 古い機器に繋いだとき独特の不快感もないな。……そうか設計段階からサイバー空間に特別命令権セブンス・コード用のシンクライアント・ルームが作られているからか。軍令第C二号(シーツー)を受け付けるっていうことは、そういうことだぜ。

 

 そう。アクセルは、脳を戦艦に繋いのだ。インターネット・オブ・バイオニクスをかいし、神域工学ボーダーブレイク・エンジニアリングにより付与された能力により戦艦をまるまる自分の体としたのだ。いまのアクセルに起こっているのは、体と機体が一つに感じるようなフィードバック現象などはるかに超えている。なにせ船体そのものがアクセルの体となっているのだ。

 

 もちろん普通の人間が、こんなことをおこなえば脳が焼ききれるように破壊される。だが、アクセルは特別だった。軍の神域工学ボーダーブレイク・エンジニアリングの研究は、アクセルの生まれ持っての資質に、さらに超人的な演算能力を付与していた。人の身にして、往時のスーパーコンピューターがおこなうようなけい単位の計算を瞬時におこなえるのがアクセルの脳だ。もちろんこれは正確な説明ではないが、わかりやすく表現すればこうなる。

 

 ――スゲえなこりゃ。

 いままで安全を期して小型艦ばかりだったが、戦艦は出力が桁違いだぜェ。ババアいわく、オレの脳なら大規模艦隊も一人で動かせるって話だが……。つか、それより宇宙ゴリラどもからの報告だな。取りあえず繋ぐか。

 

 ブリッジからは謎の警告音声が消え、入れ替わりで野太い声達の声で満たされることとなった。

 

『こちら船尾の機銃座。発光体を発見!』

『艦首機銃座だ。潜伏中の敵艦を見つけた』

『艦橋機銃座から人工発光体を発見! 早く撃て!』

『見つけたぜぇ。こいつは巡洋艦だ。でっけえ発光体だ』

『送った座標から横一列の魚雷艇ミサイル・ボートの列だな。進む前に排除しろよ』

『全部右斜前だ! そこへ狭域探知のレーダー波をぶっ放せ! 一気に電子隠蔽を引っ剥がせるぞ!』


 冷たく恐ろしい警告音声が終わったかと思ったら突如響くは宇宙ゴリラの雄叫び。ブリッジのクルーたちは、恐怖など軽く飛び越えただ呆然とした。

 

 なお、ブリッジ内に散らばった国家親衛隊インペリアルは微動だにせずクルー達の監視を続行していた。歴戦の彼らは、根本が違う。本物の危機と、未知のショーとを感覚で嗅ぎ分ける。歴戦の国家親衛隊インペリアルからいわせれば、間違いなくこれは未知のショー。それもとても面白い。

 

 そして国家親衛隊インペリアルが泰然自若としていたことで、ブリッジは一時的なパニックになれど恐慌状態に陥ることを免れていた。歴戦の男たちは、戦闘経験の浅いものからすればいるだけで頼もしいものだ。


 ブリッジ全体が慌て驚き、それでもなんとかクルー達が座席にとどまっているなかアクセルの孤独な戦いをおこなっていた。

 

 ――オッシ。敵影発見!

 オー。報告通りの位置じゃねーか。宇宙ゴリラは優秀だ。って、感心してる場合じゃねェ。ヤベえぞ。近い!


 そう。近い。セオリーより敵の位置が近い。待ち伏せの敵部隊は、優秀だった。通常、待ち伏せ側は、先遣部隊トップユニットを補足すると幾分か余裕持った距離で発砲。そして去る。先遣部隊トップユニットへ大きなダメージを与えられる可能性は低いが、一方的に射撃できる。離脱優先の待ち伏せ方法ともいえる。


 だが、今回の待ち伏せの敵は、戦意旺盛。先遣部隊トップユニットへ確実な被害を与えるために、ギリギリの距離まで獲物が近づいてくるのを待っていたのだ。当たり前だが、近いほうが命中率は高い。


 アクセルが認識した敵艦の列は、主砲発射数前だった。熱感知のメーターは、濃いオレンジ色。主砲発射ためのエネルギーが、充填されている客観的証拠だ。


 超重力砲の弾は厄介だった。ミサイルのようにデコイやジャミング、機銃などで迎撃できない。エネルギーに包まれた砲弾への対処は、回避するか装甲で防ぐかだけ。今回、主砲発射までにあまりに時間がなさすぎるうえに近すぎる。先行する左翼列は、壊滅的な損害をこうむるだろう。

 

 ――クソッ。間に合わねえぞ!

 

 いまから左翼列の艦へ重力砲弾飛来の注意喚起をしても遅すぎる。仮に警告を送っても突入の隊列が乱れかえって損害が大きくなる可能性も高い。

 

 ――今更遅え。無警告で突っ込ませるほうがマシだ。

 この状況ではそうだ。そもそもこういった被害込の先遣部隊トップユニットじゃねーか。幸いオレが選択したのは、段階突入というセオリーとは少し違った戦術だ。敵も一線を越えてきたが、オレもすでに越えてる。現段階でのオレと敵との駆け引きは、一対一の同得点というところだぜ。こっちは通常よりデカイ損害をうけるが、それは敵も同じだ。ヤツラも損害をける。

 

 ――いや、まて、オイ……。

 

 そうじゃねーか。先遣部隊トップユニットは、もとから損害ありき。ルート開拓が任務の部隊だぞ。損害の大小なんてあまり問題にならねェ。繰り返しちまうが、オレたちゃ損害がでることが大前提だ。対して待ち伏せ側はどうだ?

 

 ――損害を受けないことが当たり前だ。

 

 敵はしくじったってわけだ。どう考えても今回は近すぎるゆえに、敵は無傷での撤収は無理だろ……。……ハハ、そうか。そうじゃねーか。見つけた敵の近さに驚きこそしたが、冷静に考えてみれば、オレのほうが得点は大きい。つまり慌てることはねえ。オレは敵より有利だ。フハハ!


 アクセル・スレッドバーンは凶悪につき――。

 昔から呵責なく勝利を求めるのが、アヘッドセブン序列一位。今回も被害を嫌うわけがない。

 ――左翼列を餌に右翼列で戦果を挙げる気だ!

 義成は、国軍旗艦瑞鶴のブリッジで義憤のようなものを煮えたぎらせていた。

 

 アクセルの先遣部隊トップユニットは、最悪、通常の倍の損害をこうむるが、大々的戦果を挙げるだろう。左翼列を生贄に……!

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