2-(14) トップユニット 1
ドーンという宇宙船内には、似つかわしくないけたたましい音ともに、ブリッジの床に転がる高官数名。不明の侵入者を阻もうとした結果だ。
ブリッジ内の誰もが驚き音のした方向。つまりブリッジの指揮座に目をやった。艦長座より高い位置にあるその座の横に立っていたのは、険悪な目つきがまっさきに目を引く痩身の男子。誰もが初めて見る若者だ。
その男子は、ザンバラなアッシュブロンドの髪をかきあげると、ブリッジ全体へむけ、
「こんばんはー! こんにちはー! アクセル・スレッドバーンだ。いまからこの艦は、オレのもの。テメエらの命もオレのもの。運命を呪い。テメエらの神に祈れ。オレは、テメエらを理解する気はねェし、テメエらの知能じゃオレを理解できねェ。いいかァ。オレの許しなくなにもするな。息もだぞッ!」
こう放ったのだった。
なお、アクセルが乗り込んだのは、高速戦艦シャルンホルストだ。
そして悪名高きは、アクセル・スレッドバーン。その名を聞いた瞬間からはクルー達は震えあがり、縮みあがりだ。だが、アヘッドセブン序列一位は有名でも、ヌナニア星系軍の全員が、アクセルの悪名をしっているわけじゃない。不幸にもそんな男が一名、それもアクセルの一番近くにいた。
「おいアクセル君。無礼じゃないか。こんなことをして、ただで済むと思って――」
そういってアクセルへ不用意に接近したのは、身なりの立派な中年男性。だが、次の瞬間には男の視界は暗転していた。アクセルは近づいてきた男へ、ドン――、と一発ストレートパンチをお見舞いしたのだ。哀れ男は、床にゴロリと転がるはめとなっていた。
「誰だテメエ。オッサンのくせえ息かけられんの嫌なんだわ。わかれよォ」
ブリッジ内は騒然だ。
「チッ――。まだオレさまの着任通達きてねえのかよ」
――つーか艦長はどこだよ。艦長室か?
辺りを見渡してみたが、それらしい人物は不在だ。
チッ。どうなってやがる。先遣部隊の司令の着任だぞ。普通考えて挨拶ぐらいすんだろ。……つか、全員殴り飛ばしちまったせいで、もう近くに聞けるやつがいねェ。
「オラ、ザコ。艦長はどこだ!」
仕方ない。いま、オレの一番近くにいるのは通信オペレーターだ。そいつに聞いてみた。そうすると、その通信オペレーターは恐怖で震える手で、オレの足元を指差しやがった。……あぁ、なるほどね。
「……わかった。こいつはつかえない。よくこんなヤツが最新鋭の戦艦の艦長なんてしてやがる。周りのオッサンどもがぶっ飛んで伸びてるのに、なんでこうもオレに無警戒で近づいてこれたんだよ。絶望的な危機管理能力のなさだぜェ」
先遣部隊の旗艦は、高速戦艦シャルンホルストに決定されていた――。
最新鋭のこの小型戦艦は、走攻守の三拍子が揃った傑作艦。早い船速に、強力な主砲火力、そして戦艦相応の防御力。待ち伏せの敵戦力は、隠蔽率の高い小中の艦。小中艦の重力砲で、シャルンホルストに致命傷を与えるのは難しい。
だが、それはあくまで理論上の話。対空防御でミスを犯しミサイルが直撃すれば無事では済まないし、飛んできた砲弾の当たりどころが悪ければ、それでお終いということもありうる。
「ま、いいか。おい! 艦長殿が名誉の負傷だ。医務室へ運んでやれ!」
アクセルの一声で、ブリッジ内へ屈強な男達がなだれ込んだ。トリコロールカラーの布地に豪華な金の装飾。宇宙ゴリラもといい国家親衛隊だ。
ものの数秒で、ブリッジを制圧されていた。国家親衛隊は、自分たちの役割を理解している。たった一声で、ブリッジ内の全クルーを監視できる位置に展開。二名だけは伸びている艦長へと走ったかと思ったら、一人が艦長の上半身を起こし、もう一人は意識を呼び覚ますため頬を叩いている。意識回復には、雑な活法だがアクセル好みだ。
アクセルにとって、鋭き目つきのヒゲモジャで傷だらけの顔の男達が、小銃を手にして規律よく動く姿は、なかなかの壮観だった。
――ま、小銃つってもゴム鉄砲ってよばれる宇宙船内用の武装だがな。
ピンポン玉大のシリコン製弾丸を飛ばすだけ。当たっても大して痛くもないが、格闘戦に優れるヤツらに持たせれば十分優位を確保できる武器だ。一番の効果は見た目だな。デザインは銃口のデカイ小銃。宇宙ゴリラどもがいかめしい顔で持って立てば抜群の威圧ってわけだぜェ。
宇宙戦争に歩兵部隊。アクセルは最初こそ総司令官天儀の頭疑ったが、シャルンホルストに入ってみればまったくもって国家親衛隊は役立った。
アクセルが接続挺から降りてみれば、待ち受けていたシャルンホルストのクルー達の出迎えは、
『誰だ貴様。手続きしろ。証明書を見せろ』
などなどひどいもの。だが、国家親衛隊は、その丸太のような腕と、熊のような体格で、アクセルの行く手を阻むシャルホルストのクルーたちをあっさり排除。アクセルは、快適自在にブリッジにご到着。
そう。やはり騒動の原因はアクセルだ。アクセルのシャルンホルストへの乗艦の際のゴタゴタは、総司令部の通達ミスだったが、アクセルが正式な乗艦手続きを踏まなかったことでブリッジの高官達は、アクセルの着任に気づけなかったのだ。
けれど当の本人ときたら、
「天儀のヤロウは、オレにとてもいいもんをつけてくれたぜェ」
と無駄にトラブルになったこと気づいているのかいないのか、とにかくご満悦だ。
しかもアクセルは、瑞鶴出発前に総司令官天儀から、国家親衛隊の帯同を命じられたときはことても反抗的だった――……。
『そうだアクセルお前は、初陣だったな』
『あ、初陣? まあ殺しの処女じゃないが、そうなるのかァ』
『よしよし特別に国家親衛隊をつけてやる。喜べ半旅団まるまるだ』
『ハァア!? 何につかうんだよそんなもん。国家親衛隊っていえば、再突入部隊だろ。トートゥゾネに再突入させる惑星がどこにあんだよコラッ』
『いやいや違うぞー。歩兵指揮は基本にして根幹だ。歩兵を自在に操れてこそ一人前の指揮官だ。いいから連れていけ』
『テメエの持論だろそれ。聞いたことねーゾ……』
だが、目配せ一つで腹立ちを力に具現化できるのは便利だった。苛ついた相手を睨めば国家親衛隊が素早く動いて張り倒す。神域工学の能力ありといっても都度その力を発揮するのは面倒さい。
因みに、
――半旅団。
とはヌナニア軍では320名で大隊とされる大隊三個で構成される特殊な隊。つまり半旅団一つとなれば960名。全員連れてけるわけがないし、そもそも全員が瑞鶴に乗っているわけでもない。アクセルが、率いてきた国家親衛隊は60名ほどだ。
「おい待てよ。これ以上、宇宙ゴリラどもに仕事がネーぞ」
どうすんだ。ずっとブリッジに立たせとくか? いやいや、暑苦しくてしかたネーだろこれ。だいたいブリッジに引き連れてきたのは20匹。残りの40匹は……。よくわからんが、どっかで待機だ。天儀ヤロウは、宇宙ゴリラのことを〝彼らは私の目だ〟なんていってたが、意味不明すぎるぜ。
ブリッジの様子といえば、粛々と出撃準備に向けた作業が再開されていた。クルー達は、艦長含め高官達が暴行されようが、あるがままを受け容れるしかなかった。アヘッドセブン序列一位という存在は、軍内でしらぬものはなしというぐらいで、アクセル・スレッドバーンが姿を現したのだから彼が司令なのだろう。それに一部の旧軍出身者からすれば総司令官天儀はもっと恐ろしい。
――人食い鬼は言い訳を好まない。
状況は差し迫っているのだ。間違いなく総司令官天儀は、自身の計画の順調な進捗を望んでいる。アクセル・スレッドバーンの司令着任の態度など、些細な問題としかされないだろう。
司令指揮座に横柄な態度で座りクルー達を睥睨するアクセルをよそに、ブリッジでは静かな時間が続いた。クルー達からすれば仕事に集中してしまえば、小銃を手に威圧的な宇宙ゴリラも気にならない。彼らは、腹をすかせた狼ではなく番犬だ。自分たちが職務に忠実ならなにもしてこない。
「国軍旗艦瑞鶴からの通信です!」
という通信オペレーターの声で、ブリッジの静けさに終止符が打たれた。
――お世話焼きのヤロウだぜ。
とアクセルは思った。出撃直前のオレに、クソありがたくもない訓示でもたれてくれるってわけだ。ハゲ散らかしそうなほど迷惑な話だ。だが、無視するわけにもいかネー。オレが思うに天儀は気分屋なとこがある。反抗的な態度を取れば、この土壇場でも司令解任だってかましてくるだろう。ここまできて、せっかく手にした戦力の取り上げはゴメンだぜ。
だが、通信を許可したオレは、画面に映った顔にウンザリした。
『おい、アクセル。さっそく横暴を働いたな!』
こんなイキリ台詞を、のっけからかましてくるバカといったら一人だけ。参月義成どこまでも目障りなヤロウだ……。
「は?」
『意味不明だという顔で白を切っても無駄だ。お前が、シャルンホルスト艦長と高官数名に暴行を働いたことはすでにわかっている』
「……ア。マジカよ」
大方、この四十七番は、瑞鶴ブリッジからシャルンホルストのカメラに接続してずっとオレの動きを追っていたってわけだ……。
「オイコラ、四十七番。オマエは、どんだけ暇なんだよ。他にやることネーのかよ」
『お前の監視は、俺の重要な仕事だ』
ヤバい。頭が悪すぎる。つかバカだろ。天儀が直接いってこないってことは四十七番の独断だ。つまり天儀は、オレの行動を黙認してるってわけじゃねーか。こんな通信したら、ここまで簡単にわかっちまう。相変わらず度し難い直情径行バカってわけだこいつはヨ。
「ブリッジに入って艦長はどこかきいたら答えたかったので罰したまでだぜ。とやかくいわれる筋合いはねェ」
『お前のバイオニクス能力をつかえば聞くまでもない。艦のデータベースに、アクセスして名簿から顔と名前を調べられたはずだ」
「メンドクセー。いちいちやってられっかよソレ」
『よし、アクセル。罪を認めたな。面倒くさいから暴行をはたらいたとは見下げはてたやつだ。いまから軍警察を送り込むから首を洗って待っていろ。お前は戦略参謀の権限で解任だ』
「アホか。そんな権限ネーだろ。テメエにある権限は、助言だけだ。オレのストーカーする暇があるなら、もう一度ルールブック読んでこいハゲ」
それでも四十七番は、やいのやいのいってきたが通信終了だ。アホらしすぎる。それより準備状況だ。もたもたしている暇はねぇ。インターネット・オブ・バイオニクスをつかってオレの意識を、シャルンホルストのコントロールに繋げば把握できるが――。
アクセルは、取り敢えず指揮座に備え付けられたモニターを見た。そこには進捗率の数値と、V字に並んだ艦艇のアイコン。アイコンの色は準備完了を意味する青ばかり。
――つーことはそろそろか。
とアクセルが思ったか否かで、ブリッジには次々とクルー達からの報告の声があがった。
「先遣部隊の艦艇オールスタンバイ!」
「戦力オールグリーン。不調の戦力なし!」
「全艦艇、高子力エンジン安定!」
そして最後に、
「先遣部隊準備完了です。いつでも抜錨可能です!」
と報告を締めくくったのは、いつの間にか意識を回復した艦長だった。
アクセルに殴られ目の周りの青タンを作った艦長は、不満の表情一つ見せず平然と報告している。
「……任務に私情を挟まないってか。だが、オレが怖いだけだろ。そのクソ真面目な顔の下には、強者への恐れと侮蔑が隠れてる。お見通しなんだヨ」
「いえ――」
「なんだそうだろ。認めちまえよ。誰もが怖いだけでオレのいうこと聞いてんだ。いいんだよ。オッサンだけじゃねぞ」
「ここは戦場です」
そういった艦長の目は闘争心に燃えていた。いまから至る戦場への闘争心だ。雑念がない。アクセルが、うかがうように艦長の顔をのぞき見たが、そんな無礼にも艦長は気にした素振りもない。
「それに恐ろしいといえば、アクセル司令はそうでもない」
「ハッ! いったなコノヤロウ。だが、面白い。そうじゃなくっちゃなァ!」
――人の心があるうちは、まだ青い。
アヘッドセブン序列一位は、艦長からいわせれば人食い鬼の異名の意味を理解していなかった。
「トレーセン・ゴトウェイか。へー旧軍出身者ね。宇宙火力科。旧兵学校の最終卒業生。あー、ここは厳しいって有名なとこだな。そりゃあお真面目なわけだ」
つらつらと経歴を口にしたアクセルに、驚いたのは名前をいい当てられた艦長だ。
「えっと、自分はまだ名乗っていなかったと思うのですが」
いや、トレーセン艦長だってアクセルが、指揮座のコンソールを操作していれば、自分の名前や経歴などを口にできた理由はわかる。データベースにアクセスして調べただけだ。だが、アクセルは、ほおづえついてまったくコンソールを操作していなかったのだ。ただ、傲慢に座っていただけ。
「何故わかったって顔してんな。だが、わかっちまうんだよ。そんなもんは、テメエが、なに考えてるかもわかる。オレには、テメエのバイタル数値も見えちまうからな。アヘッドセブンのすべての能力がオレには備わってる。故に序列一位。故に別格。そして――」
アクセルが立ちあがった。
「故に、孤にして艦隊級戦力――!」
そして――。
「先遣部隊。いや、スレッドバーン艦隊始動開始! 四戦速!」
すぐにブリッジでは、指示が復唱され、
――よんせんそーく! よーそろー!
という声が響いた。それに続き報告が続々とあがった。機関良好! シャルンホルストは増速開始! 各艦艇動き始めました! 先遣部隊陣形をたもちつつ順調に増速! 訓練がよくなされているとわかるテンポよく小気味よいほどの報告の連続。
黒々とした宇宙に、青白い光の群れが動きだしていた。ひときわ大きい光の尾は、戦艦クラス特有の噴射口の軌跡だ。先遣部隊は、音もなく発信した。高速戦艦シャルンホルストを先頭にした綺麗なVの字の突入陣形。それが増速する姿は、美しくすらある。
先遣部隊に配置された艦艇は、旗艦のシャルンホルストだけでなく、そのすべてが最新鋭の軍用宇宙船で構成されている。
「天儀のヤロウめ、オレに最新鋭の戦力とはわかってやがる。ムカつくぐらいわかってやがる。だが、オレは他人の思いどおりは好きじゃネーんだ。好きにやらせてもらうぜ。ハハ、オレに戦力を与えたことを後悔しても、もう遅えぜえ……!」
もちろん先遣部隊の艦艇が発進するさまは、国軍旗艦瑞鶴ブリッジのモニターにも中継されていた。誰もがその壮観に息を呑むなか、ただ一人義成だけが、険しい顔をしていた。
いま、モニターに映る高速戦艦シャルンホルストは、戦闘準備の完了した状態。ブリッジの窓だけではなく、すべての防御壁が降りていなかの様子などうかがいしれない。
だが、義成には、その防御壁が降りた窓越しに、指揮座で傲岸に仰け反るアクセルの姿がよく見えたのだった……。




