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過去作品(更新停止)   作者: 遊観吟詠
第二章 トートゥゾネ
30/105

2-(13) 特殊工作員参月義成

 アクセル率いる先遣部隊トップユニットが、総司令部機動部隊サクシオンから分離し進発するなか国軍旗艦瑞鶴こくぐんきかんずいかくのブリッジでは、参月義成みかづきよしなりが、総司令官天儀(てんぎ)に報告書を提出していた。

 提出された報告書を読む総司令官天儀の表情は真剣だ。義成といえば、その様子を緊張の面持ちで見守っていた。


 ――やれるだけのことはやった。

 俺は天儀総司令に雑務を命じられるなか、本来の情報収集という仕事もおこなっていた。電子戦科の火水風ひみかに、手伝ってもらっての敵の通信の傍受。鬼美笑きみえ姉は、ヌナニア軍内の資料の収集をやってもらった。自軍内の資料といってもすべてが閲覧できるわけじゃないからな。面倒くさい手続きが必要なものもある。そのてん情報部の鬼美笑きみえ姉は適任だ。慣れているし、軍官房部に配置されているので閲覧できる情報の幅も広い。

 

 いま、天儀総司令がモニターに展開しているのは、

『敵の戦力、編成、組織、そして幹部の名前と履歴』

 こうった情報が整理された報告書だ。俺が見るに天儀総司令は熱心に見てくれているがはたしてどう評価されるやら……。すでに既知の情報も多いだろう。


 読み終えた天儀総司令の顔が、俺に向いた。

 ――評価がくる。

 褒められるか、失望の言葉が吐かれるか。まさに緊張の一瞬だ。天儀総司令の性質を考えると気に入れば褒めてくれるし、不満を感じればズケズケと手厳しく指摘されるだろうが……。


「よくやった義成。この短期間で、よくここまで情報を集めたな」

「ええ、本業ですから。不本意ですが」

「謙遜しやがっって」

「失礼かとは思いますが、質問をしてよろしいでしょうか?」

「お前の失礼は、出会った最初からだ。なにを今更遠慮する」

「やめてください……」

「で、なにが聞きたいんだ?」

「ええ、まあそれもありますが、この情報が戦いの役に立つのですか?」

 

 俺は問わずにはいられなかった。天儀総司令が、俺に集めろといったのはすでに軍官房部が握っているような情報と、敵艦隊幹部の個人的な情報だ。今更必要とは思えないし、個人的な情報をしっても無駄な気がする。一対一の殴り合いじゃないんだ。例えば敵の軍団司令長官の廉武忠の履歴をしったところで、あまり役にはたたないと思う。


「役に立つもなにも大役立ちよ」

「そうですか……」

「義成お前は、この報告書に記載する情報をどうやって集めた?」

「どうやって……」

 

 ヌナニア軍のデータベースにアクセスし一つ一つ集め、索敵や観測を専門とする部門にいって聞いて回ってから整理した。敵艦隊の幹部の情報については、太聖銀河帝国内の一般ネットワークから拾い集めた。


「というわけだ。軍官房部やその他の部署が持っている情報をそのままコピペしたわけじゃない」

「ですが、ほとんどコピペのようなものです。今回は、時間が限られていましたから」

「いや、見やすく上手くまとまっている。俺は少佐時代にこういった仕事をよく命じられたが、提出すると必ず雑だ見にくいと怒られた。義成お前にはセンスがあるよ」

「あ、ありがとうございます」

 

 でも情報整理の能力を褒められても微妙だ。これは雑務でしかない。作戦を立て、戦闘を指揮できる能力こそが軍人の本分。天儀総司令は、その両方が高いから雑務が下手でも誰も問題視しない。だが、俺は……。ヌナニア星系軍士官学校時代、俺の作戦立案や部隊指揮の成績は最下位だった……。だから雑務が、上手いと褒められる。他に褒める部分がないだ。

 

「で、とくに注目すべきは、この敵将廉武忠の人となりについての情報だ。義成、こいつは俺にとって、そのほとんどが目新しいものばかりだった。まさか想像で書いたわけじゃないよな?」

 

 この天儀総司令の質問は、俺のクサクサした気持ちを一瞬で晴れやかにするのに十分な質問だった。


「想像で書いたなら作家になりますね。そちらのほうが儲かる」

「はは、いったな。どうやって手に入れた」

「偶然ですが敵艦隊内に友人がいたんですよ」


 俺は、口元がニヤけるのが抑えられなかった。友人とは、もちろん嘘だ。はっきりいえば、ずばりスパイ。協力者とか換言しようかと思ったが、友人という言葉が自然とでた。そして、さすがは天儀総司令。俺のいわんとするところ汲み取っていた。


「すごいな。どうやって。いや聞くまい。とにかくよくやった。これは勲章物の情報だぞ」

「そうでしょうか」


 俺としては役立つとも思えない情報だが、そんな上方でも手に入れるのは簡単じゃない。だが、友人を作るのは得意だった。先ず手始めに通信元を偽装して、敵軍内のネットワークに侵入。SNSで愚痴を垂れ流しているアカウントや、これと思ったアカウントに、太聖国内で一番使われているチャットアプリをつかって接触していった。

 

 ――重要な情報源はモミジ。

 

 今回は時間がなかったので、あとの協力者スパイは、モミジの情報が正しいか裏付けを取るのに活用した。

 

「敵が合流に失敗し、李飛龍艦隊の挟撃に失敗した理由もだいたい想像がついた」

「ああ、廉武忠と紅飛竜の確執ですか。廉武忠は国内でも有名な女性蔑視主義者です。父権主義で、女は家事だけしていろという。対して紅飛竜は、皇帝の幼い頃からの友人で、大出世した成り上がりものですから二人は性格的に合わないでしょう」

「そうだ。戦功争ったとか、とにかく喧嘩して物別れした。絶対優位の敵が合流に失敗した理由は、くだんらんものだ」

「主力艦の大事故のような問題が起きて、合流に失敗したわけではないことがわかると」

「そうだ」

「予断にすぎると考えます。この情報だけでは想像の範疇をでません」

「仮に他の理由なら俺達には有利だけなので、予断とやらが外れても問題ない」


 あとから考えれば、この瞬間だった。天儀総司令が、トートゥゾネの敵と戦い始めたのは、この俺が価値を疑問視する報告書を提出したときだった。


「あと、この組織図がマジならやばい」

「これがですか?」


 天儀総司令が、評価したのは組織図といっていいのかわからない代物。無料のペイントソフトで描かれたトートゥゾネ方面の太聖銀河帝国軍の組織構成だ。組織図というには、やはりお粗末だな。描かれたそれは、ヨレヨレ線で廉武忠のほうだけは長方形と楕円形がいくつか描かれている。あとか調べてわかったが、長方形のほうは空母、楕円形のほうは戦艦を意味していた。すでに交戦中の李飛龍艦隊からもたらされた情報を目にしたときに気づいた。


「廉武忠の戦力のほうは、すでに交戦に入っている李飛龍艦隊から送られてきた情報で判明しています。この画像ファイルに大きな価値はないと思いますが……」

「いや、ここには絶対に必要なものが描かれていない」


「……そうなんですか?」

 と俺がいっても天儀総司令は意味深に笑っただけだった。


「義成お前の情報によると、廉武忠と紅飛竜とでは廉武忠が格上だ。これはすでに軍官房部やヌナニアの情報系組織が握っている情報とも合致する」


 天儀総司令がつらつらと始めた。


「格上の廉武忠が紅飛竜より少ない戦力なわけがないし、逆に格下の紅飛竜が廉武忠より大きな戦力を率いているわけもない」

「あ……」

「そして、すでに交戦している飛龍からもたらされた情報で、この図に描かれている廉武忠の戦艦と空母の数は正確だと判明している」

「つまり紅飛竜の率いる戦力は、廉武忠を絶対に上回らないし、紅飛竜が率いる主力艦の数。つまり戦艦と空母の数は、この図に描かれた数より少ないッ!」

「そうだ。このヘッタクソな絵は、実に素晴らしい情報が詰まってるってわけさ。おそらく描かれている他の情報も、おおよそ正しいだろうと考えられるわけだ。紅飛竜の戦力規模よりこっちが重要だ」

「よく気づきましたね」

「誰だって気づく」

「自分は気づけませんでした……」

「む、まあ、そのうち気づけるようになるさ」


 そいうものなのだろうか。大体、この図を送ってきてくれたモミジも天儀総司令が、口にしたような情報を伝えたかったわけじゃないと思う。これは明らかに、廉武忠の戦力を伝えようとした図だ。


「ところで義成。報告書に情報源としてあるモミジって女は可愛いのか?」

 

 天儀総司令の突飛な質問。まったく意味がわからない。可愛いか可愛くないかが、戦いに重要なのか? いや、あのヨレヨレ線の図から色々読み取れる天儀総司令だ。これはきっと重要な質問に違いない。


「ええ、仲良くなって個人チャットで写真を交換しましたから。お互い口元やらは隠したものですけど……」

「おい、義成お前まさか……」

「なんでしょうか天儀総司令」

「お前この娘が可愛いからスパイに選んだんじゃないだろうな」

「まさかありえません!」

「本当かー? このが可愛いからお近づきになりたくてスパイに仕立てたじゃ動機が不純すぎるぞ」

 

 天儀総司令が、めちゃくちゃ疑ってくる。なぜだ……。


「ありえません! ……なぜ天儀総司令までそんな疑いを。鬼美笑きみえ火水風ひみかからも疑われたんです。浮気じゃないかって。ですが、これは言いがかりにひとしい。どうしてそんな勘ぐりになるんですかッ」

「いやだってなぁ」

「モミジちゃんは、そんな子じゃないです!」

「おい。もう親しげに呼びあう仲なのか。三人目の彼女を敵内ゲットとかじゃあ洒落にならんのだが……」

「断じて違います!」


 天儀総司令は、ならいいんだが、なんてブツブツいっている。大体三人目ってなんだ。この人は、俺をすけこましと勘違いしてるんじゃないのか。くそ。


 だが、この話題は気まずい。たしかにモミジは、可愛かった。仲良くなってすぐに、送られてくる写真は口元やらをハートマークとか花とかのスタンプで隠さなくなっていた。彼女とのチャットが楽しくなかったかといえ嘘だ。ええ、楽しかったですとも。でもそうやって仲良くなって情報を引きだすんだ。……やめよう。

 ――話題を変えよう。

 と考えた俺はすかさず発言した。

 

「それより天儀総司令。この情報も一応は目を通してください」

「なんだ? お、すごいな。腹のうちも探ったのか」

 

 腹のうち、とは自軍の内情のことだ。


「ええ、足元が揺らいでは困りますから。はっきり申し上げて天儀総司令のヌナニア軍内の支持率は高くありませんので、手始めに李飛龍将軍の艦隊の兵員の構成を調べあげました」

「……はっきり申し上げやがるぜ。まあいいが……。ちょっと待て、これはどうなってやがる!?」


 俺のしめした情報を一見しただけで、天儀総司令の顔色が変わっていた。


「アマルガム訓令くんれいがあったはずだ!」


 突然の怒鳴り声に、俺が驚くなか天儀総司令の行動は早かった。

 

「おい! 六川軍官房長、星守副官房こい!」

 と軍官房部のトップツーを呼びつけた。


 静かに敬礼する六川軍官房長に、その横ではふくれっ面の星守副官房。


「ちょっと天儀総司令。めっちゃ忙しんですけど。なんの呼びつけですか」

 

 ふくれっ面がそのまま言葉になったような星守副官房の言葉に、天儀総司令はこれを見てみろ! とばかりに李飛龍艦隊の情報が表示されたタブレットの画面を二人へ向けた。


 とたんに二人の顔つきが変わった。なにか問題があるのだろうか。いや、実は問題はある。トートゥゾネ戦線総監部の幹部たちは天儀総司令に批判的な人間が多い。だが、六川軍官房長と星守副官房の顔色は、そういった問題よりよほど深刻な顔つきだ。


「六川軍官房長。私が軍を辞める前に発したアマルガム訓令がどうなっているのか説明してもらいたい」


 厳しい口調の天儀司令から幾度かでた

 ――アマルガム訓令

 とは、中央軍司令部時代にだされた旧訓令。グランダ軍人と旧セレニス軍人の融和をはかるためすべての軍の編成は、旧セレニス軍人と旧グランダ軍人とで一対一にするというものだ。


 因みに、訓令とは、文民的な法治でいうと条例みたいなもので、つまり、天儀総司令はそういった混生編成の約束事があるのになぜトートゥゾネ戦線には、旧グランダ軍だけが集中配置されているのか六川軍官房長に聞いているんだ。


「これはミカヅチの采配です」

「君に責任がないといいたいのか?」


 天儀総司令の態度は厳しく、六川軍官房長の追い込まれたような面持ちだ。


「そういうわけではありません。ですがヌナニア軍は、新制度を採用していました。十二星系十九惑星という超領域国家。その軍隊も超巨大。これが一人の軍司令官の手に握られるのは危険です」

 

 ここか始まる六川軍官房長の話は少し長いので、俺がかいつまんで説明する。

 ヌナニア連合政府は、巨大すぎる軍隊が一人の軍人の手に委ねられることを危険視し、法的に軍権力を分散化した。これまで幾度かでてきた軍三部というのがそれだ。

 

 ヌナニア軍中央電子戦司令局。

 ヌナニア軍統合参謀本部。

 ヌナニア軍官房部。

 

 これ以外にも大組織があり、軍内への影響力を持っているのだが、とにかくこの三組織が、作戦立案能力とその権限を持つヌナニア軍の有力組織だ。だが、三つの組織が横並びでは、足並みが揃わない。いざ戦おうに、いや、平時から主導権争いが発生しかねない。

 この問題を解決するために設置されたのが、

 ――未来型AIミカヅチ。

 

 ミカヅチが軍内の各セクターから上がってくる情報を整理統合してプランを作成し首相へ提出。首相は、そのプランを実行したければ軍官房部へ命じる。命じられた軍官房部は、電子戦司令局、統合参謀本部、各管区艦隊へ指示をつたえる。ミカヅチシステムと呼ばれる高度な軍運営システムだ。

 未来型AIに、軍の運営と戦争指揮を委ねることでクーデタを未然に防ぎ、軍事独裁者の出現を不可能にする。これがミカヅチ・ドクトリン(未来型軍事防衛機構システム)。

 

 だったのだが、ところが今回、ミカヅチは戦争指揮を降りてしまった。そこで天儀総司令が任命されたわけだ。

 

「つまり、六川軍官房長。君はミカヅチ・ドクトリンの発動とともに、私のだしたアマルガム訓令は無効化したといいたいのか?」

「法的には、そう解釈できます」


 ここで二人のやり取りを見かねた星守副官房が、

「はぁ。あの法務部の専門家呼んで聞きます? ご自分の遺訓を無視されて腹が立つ天儀総司令のお気持ちもわかりますが、これは私達軍官房部の采配ミスじゃないですし、訓令違反でもないんですよ」

 と口を挟んだが、天儀総司令は無視して六川軍官房長への糾弾の姿勢を変えなかった。


「君が管理していてこんな配置を許すとはな」

 

 六川軍官房長は、無表情で沈黙している。ここで、またも星守副官房が発言した。


「でも、トートゥゾネ戦線の李飛龍将軍から連絡があった時点で、天儀総司令はトートゥゾネに旧グランダ軍が多く配置されていることをご承知でしたよね。なんで今更」

「私は、主力だけがそうだと思ったんだッ」

「それって勘違いと思い込みじゃないですか」

「はん。いってくれるな星守副官房。だが、義成が作ってきたこのもう一つの名簿を見てその小生意気な顔と態度がつづくかな」


 天儀総司令は、今度は俺が作ったある名簿をタブレットに表示して二人へ見せた。またも二人の顔色が変わった。前回より深刻な顔つきだ。


「まさかハメられたかも……」

 と、それまで天儀総司令に反抗的だった星守副官房の顔が、絶望感を漂わせ青くなっていた。六川軍官房長も、

「しまった。やられた……」

 と無表情だがうめいた。


「アマルガム訓令を守っていれば、こんな事態にはならなかった。軍官房部には、送られてくる指示内容を精査して付き戻す権限があるはずだ」

 

 怒る天儀総司令に、絶望感を漂わせる六川軍官房長と星守副官房。俺だけは事態を理解できない。そんなに深刻な状況なのか? いや、トートゥゾネ戦線の状況は深刻だ。なにせ、いま、李飛龍将軍の艦隊は二倍の敵と戦っているんだからな。だが、三人の深刻さはそれ以上だ。


「あのすみません。自分には状況がよく飲み込めません。自分が提出した名簿になにか問題があったのでしょうか……」

 

 俺は、恐る恐る発言した。


「問題大有だ。義成お前の作った名簿。どいつもこいつも筋金入りの皇道派こうとうはばかりじゃねーか。こんなやつらだけ集めてみろパーティー感覚でクーデタを企画しかねん。ミカヅチは、なにを考えてこんなリスクの大きい配置しやがったか。こんなものは、答えは一つしかねえ!」

「一つしかない?」

「ちくしょうめ! トートゥゾネは七つある戦線のなかかでも障害物が少なく、いわゆる広い平原のような宙域だ。にしては配置された戦力は少ない。敵の大攻勢を誘うような感じでな。あの野郎とんでもねえゲスだ!」

「どうことでしょうかわかりません。あの野郎とはミカヅチのことですよね」

「ミカヅチは、計画的にこの配置にしやがったんだ。ちくしょうめ!」


 剣幕を爆発させる天儀総司令を目の前にして驚く俺の肩に、六川軍官房長がポンと手をおいた。


「義成くん。ミカヅチは、ヌナニア連合をヌナニア帝国に変えよという野望を持っている皇道派こうとうは軍人を、脆弱なトートゥゾネ戦線に意図して集めたんだ。そして天儀総司令は、皇道派こうとうはの代表格だと世間では認識されている」

「……どういうことでしょうか」

「ミカヅチは、民主主義を覆そうとしている国家にとって危険かつ不要な因子を排除しようと、あえて危険なトートゥゾネに皇道派こうとうはを集めて配置したんだ」

「――!?!!!?」


 俺は言葉を失った。そんなことがありうるのか。いや、じゃまな人物なり集団を、死地において始末しておくとうのは、ないことではない。星系軍士官学校での戦史自由課題で、その手のレポートを書いていた同期生がいた。

 

「つ、つまり……。ミカヅチはわざと全滅するような位置に、皇道派こうとうはを集めて配置したと……」


 六川官房長が、表情のない顔で強く頷いた。

 動揺する俺に、星守副官房が、

「しかも対象は皇道派こうとうはだけじゃないわよ。ミカヅチは、天儀総司令がトートゥゾネの危機をしれば、艦隊を組んで戦いにいくというのもわかっていた。これで皇帝制度を復活させようとする危険因子は綺麗サッパリ掃除できる。義成特命。私達はね。天儀総司令と死んじゃってもいい奴らってミカヅチから判断されたのよ」

 という情報を付け加えてくれた。


「つまり、ミカヅチの計画には、天儀総司令の抹殺も含まれている……」

「そうよ。私達は、道連れね。とんだとばっちりよ」


 星守副官房が悪態をつく横で、天儀総司令と六川軍官房長は話を進めていた。


「作戦を中止しなさいますか?」

「無理だ。もう止められない。ここまできちまった」

「懸命な判断です。先遣部隊トップユニットは、もう出発してしまっていますからね」

「そうだ。ここまできて引き返すのは、あまりに外聞が悪すぎる。士気が壊滅する」

「はい。いま、作戦を中止して帰れば、総司令部はまるごと信望を失うでしょう。フライヤ・ベルク大戦線帯全体が崩壊しかねない。もうトートゥゾネで戦うしかないというのが軍官房部の意見です。星守くんもそれでいいね?」

「……はい。ここで引き返せば、その時点でこの戦争は敗北ですよ」


 天儀総司令が頷いて、

「いって、見つけて、勝つ。いまの我々にはそれしかない。六川軍官房長、星守副官房。君らの労には感謝している。だが、もっと頑張ってくれ」

 と強くいった。

 六川軍官房長と星守副官房が、天儀総司令へ強く頷き返して駆けるように去っていった。

 天儀総司令は一人デスクで沈黙している。


 ――確かに、ここまできての撤退は最低の最悪の選択肢だ。

 と俺も思った。

 

 なにもせず帰るなら何故いったんだ。目の前までいって助けずに引き返したのでは世間体が悪すぎる。それに天儀総司令は、この突発的な防衛出撃を、幕僚達相手にゴリ押しして独断で決めたんだ。ここにきての撤回は、天儀総司令の司令官としての能力を問われる事態に発展しかねない


「勝って状況を変える。それしかない」

 と、天儀総司令が思いつめたようにつぶやいた。

 トートゥゾネには暗雲が立ち込めている。俺はそう感じた。

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