2-(10) サクシオン(上)
トートゥゾネで艦隊決戦をおこなうと大宣言した天儀総司令。
大会議室内は、総司令官様のとんだ妄想に絶望のどん底に叩き落されていた。
六川軍官房長も星守副官房も硬直してしまっている。
誰もが、アクセル案でいくと思い始めていた矢先だったのだ。
それがこの人は、敵が友軍を袋叩きにしているところに、体当たりを仕掛けると宣言したんだ。
「ちょっと義成くん? 艦隊決戦なて私は聞いてないわよ」
と星守副官房が小声で鋭くいってきた。そうですね。俺だって聞いてない。だが、星守副官房は、
「側近のあなたが、しっかりしないでどうするの。総司令官の妄想をとめなさいよ。黄金の二期生なんだから、いまの状況で艦隊決戦が荒唐無稽だってわかるでしょ」
と、さらに責め立ててくる。だけど繰り返すが俺だって、天儀総司令が艦隊決戦を計画していたといましったんだ……。
騒然とする大会議室内で、
「いや、まてぇえ!」
と声をあげたのはアクセルだった。くそ、こいつの厚かましさと、横柄さが頼もしいと感じるときがくるとは心中複雑だが、いまはアクセルの傲慢に頼むしかない。
「待てないな。いまは一刻もなく、一寸が惜しい。私の考えでは、敵の攻撃が開始されるのは十時間以内で、泊地パラス・アテネからの増援艦隊が戦場へ到着できるのは十三時間後だ。李飛龍艦隊には、悪いが三時間は単独で踏ん張ってもらわねばならん」
「いやいや、どう考えてもオレのプランしかないだろ! せめて軍官房部のプランといえ!」
「アクセル少佐。残念だが君のプランは時間的に難しい。第七戦線方面に移動し、戦力の集結を完了させるには圧倒的に時間が足りない。かといってトートゥゾネの放棄は論外だ。ならば李飛龍艦隊と交戦している敵へ突っ込むしかない」
「いやいや! まて! まて! 誰もオレのプランを忠実に再現しろなんていってないだろ。つか、そこまで言わねェとわかんねーのか?」
バカをいうなというようなアクセル。俺も同感だ。そしてこれには六川軍官房長も同様だったようだ。
「お待ちください天儀総司令。僕も艦隊決戦は、リスクが大きいと考えます。準備不足にすぎる」
「だが、六川軍官房長。軍官房部の計画にしろ、アクセルの計画にしろ李飛龍艦隊との連携が必要だろ。いまは、通信が途絶してしまっている。彼らに後退を命じるのは無理だ」
「ええ、ごもっともです。ですが、通信は戦力集結中に回復しますし、李飛龍艦隊は状況を見て後退すると考えられます。彼らの下がった方向で、増援部隊の行動も決定すれば良いと思います」
「なるほど……」
「僕が考えるに、李飛龍艦隊は泊地パラス・アテネ方面に後退してきます。総司令部から増援が送られてくる場合に合流しやすいですからね。アクセル少佐のプランは、敵の背後に防御陣展開するという効果的で攻撃的なプランでしたが、僕としてはトートゥゾネ内のどこだろうと防御陣を展開できれば問題ないと考えます」
たしかに――。と聞いていた俺も思った。アクセル少のプランは、トートゥゾネ内で布陣する場合の最適解。敵が一番嫌がるポイントへの布陣。だが、このポイントへの布陣は必須じゃない。他の場所に布陣しても敵が、トートゥゾネを素通りできなくなるのは同じだ。
「どうだろうか。敵はおそらく君らのいう行動を見越している。敵の想定内で動いても勝てんぞ。意外性が必要だ。しかも敵が李飛龍艦隊と増援部隊との合流に、今回ばかりは攻撃を諦めても、我々にはトートゥゾネ内で押し込まれたという現実が残るだけだ。いま、保守的な選択肢をしても今後勝てない」
「保守的……。なるほど、その場しのぎの対応といいたいんですね」
「そこまではいわない。それに六川軍官房長のプランをやるには、繰り返すが李飛龍艦隊の後退が必須だ」
「だからそれは戦力集結中に後退を命じればいいんです」
「……私は無理だと思うぞ」
難色をしめす天儀総司令に、六川軍官房長が困った表情を見せた。総司令部命令で、
――下がれ。
といって後退しない戦線総監がいるのだろうか。
天儀総司令は、詰め寄ってくるような六川軍官房長を横において、
「諸君は、トートゥゾネの戦線総監が誰だかしっているか!」
と大会議室内へ放って、さらに言葉を継いだ。
「アバノア。誰だいってみろ」
「誰って……」
「なんだ二度も答えられないのか」
「違いますの! 誰もなにもさっきから頻出しているワードで、なぜ問われたかわたくし困惑しただけ。誰もなにも李飛龍ではないですか」
「そうだ。諸君は李飛龍をしっているな」
星系軍は、一千万規模。顔と名前が一致しないなんてざらだが、ここに集まったのは軍幹部。誰もがしっているだろう。だが、俺は李飛龍の人となりとまではしらなかった。ヌナニア星系軍士官学校では聞いたことがない名前なので、旧軍出身で年配。名前からするとアジア系。これぐらいしかわからない。
「李家のボンが、倍の敵を見て逃げると思うのか? あいつなら喜び勇んで突っ込むぞ」
天儀総司令の言葉に、大会議室内にはまたも今日何回目かわからない困惑が広がった。李飛龍艦隊は、挟み撃ちにされてしまえば倍の敵を抱えることになる。まさか後退しないわけがない。
「なるほど。どうも諸君なかには、李飛龍をしらないものが多数まざっているようだな。わかった義成特命。彼がなにものか経歴を説明してやれ」
突然の振りにして、完璧な無茶振り、俺は、李飛龍の下調べなど命じられていない。それが天儀総司令ときたら特殊工作員のお前ならしっていて当然だよなという雰囲気。この人は、諜報部員は軍のすべての情報を把握していると思っているらしい。そんな無茶な……。
沈黙するしかない俺に浴びせられる天儀そう司令からの、
――なんだしんらんのか。
という視線がつらい。
だが、待って欲しい。自軍の将軍の名前と顔も一致しないのかといわれれば、
「一致しない」
と断言できる。お歴々の全員名前と顔をしってるなんて軍人でも相当なオタクだ。いや、素人の軍事マニア、ミリオタのほうが俺たち軍人より把握しているかもしれないな。
御存知のとおりヌナニアの星系軍はデカイ。予備役まであわせれば一千五百万人規模だったはずで、いまは有事で現職予備役が大量にいるのでさらに全容をしるのは難しい。将官や佐官クラスは七十過ぎまで声をかけたということで、そんな古豪までふくめて把握している人間なんて人事局ぐらいか? いや人事局ですらあやしいぞ。だから対面したときに、何処の何様かわかるように、軍装があり、階級章や戦歴がざっくりわかる略章まであるのだ。
考えてもみれば、どれだけの人間が自国の各省庁の局長クラスを全員記憶しているか? という問題だとも思う。そんなやつはやはりオタク。特殊だ。国務大臣を全員口にできれば上出来だろう。
打ちひしがれる俺に、
「あーら義成ぃーご存じない。李飛龍をご存じない! ない!」
というアバノアの言葉が追い打ちをかけた。……こいつ最初に天儀総司令に当てられたときに、答えられなかったのを根に持ってるな。こいつが答えれなかったことを、俺があっさり答えからな。
「……アバノア大尉が、軍事オタクだったとは意外だな」
「はあ? ご自分の無知を棚に上げて、わたくしをオタクと侮辱とは、義成ぃー究極にだっさいですのー」
くそ。だから李飛龍って誰なだよ。いや、俺だって彼が、戦線総監だってのはわかってるが、その人物の詳細はわからない。というか、こいつ俺をバカにしたいだけで教える気はないだろ……。
俺が苦い思いをするなか、花ノ美が、イキるアバノアの袖を引いて、
「ねえアバノア」
と声をかけた。
「はい。なんでしょうわたくしの花ノ美お姉さま」
「私も李飛龍って誰だか知らない」
「え……。ご冗談をお姉さまぁ」
「だって星系軍士官学校の同期にも、先輩にも後輩にも李飛龍なんて名前のやついなかったじゃない。私、戦史は好きだし、旧軍の戦闘データ調べるのも好きだった。けど旧軍の軍人個人には、あまり興味ないしねー。あ、天儀総司令は別ですけどね」
そんなおりに、大会議室内に通知音が響いた。ブリッジの通信オペレーターからだった。緊急かつ重要な通信は、こうして取り次がれるのがルールだ。
六川軍官房長がうけ、大会議室内へ向け、
「緊急電の発信元は、トートゥゾネの戦線旗艦扶桑から。相手は李飛龍――!」
といってから天儀総司令へ、
「一時的に通信が回復したようです」
そう付け加えた。
「ちょうどいい。李飛龍が何者か、本人から自己紹介してもらおう」
「それより天儀総司令。李飛龍戦線総監に、後退をお命じださい」
「そういっても六川郡官房長。あいつは聞かないと思うぞ」
「ありえません。彼はヌナニア軍にあって、数少ないあなたの信者だと僕は思いますよ」
「とんだ信者があったもんだぜ。信仰するが、戒律は守らない信者だ」
「とにかくお願いします。後退ですよ。総司令部の意向は後退」
「……どうだろうな。戦闘は、総司令部でおこなわれているんじゃない現場だ。現場の意見を無視はできんぞ」
そういうと天儀総司令は、通信ひらけ、を命じた。
スクリーンに、ざらついた映像が展開した。やはり通信状況はよくないようだ。映像はざらついているが間違いなく目鼻立ちの良い二枚目。
――若い。
と俺だけでなく李飛龍をしらないものは誰もが思ったろう。驚くべきことにトートゥゾネ戦線総監は、俺と年齢はそう変わらない若者だった。名前のとおりアジア系。緊張感がないとはいわないが飄々とした男子。そして、見るからに貴公子然としていて、まるで貴族のような印象だ。
映像の李飛龍がなにか喋りだしたが、ピーカーから聞こえてきたのは、
『あー……。こ、ら、トートゥ……』
という飛び飛びの音。天儀総司令がすかさず、
「音源に補正をかけさせろ」
と指示。途切れ途切れ音を、まともなものになおせるのだ。これは通信オペレーターの重要な仕事の一つだ。
『トートゥゾネ戦線総監李飛龍です――』
スクリーン内の李飛龍が敬礼していうなかこちらではカメラの準備だ。天儀総司令と、会議室全体が映る映像データを扶桑に送った。まず大会議室内の映像がさきに届いたのか、李飛龍戦線総監は、
『お歴々が揃ってますね。こいつは心強い』
という感想を口走った。
「飛龍将軍久しぶりだな」
『あっ、グランジェネラル着任されていたんですか!』
「ご覧の通りでしゃばったぞ。我が身は、いまも昔も懐かしき戦場だ」
『そりゃあいい。戦争になれば絶対に軍に現れると思ってました。ボクは、いや、違う。俺は、戦況が不利になってから、いつあなたに会えるのか毎日が楽しみで楽しみでしかたなかったんですよ』
李飛龍戦線総監のいいぶりに天儀総司令が、大会議室内の面々に笑みを向けた。
――どうだ。こいう男だ
と天儀総司令の目がいっている。……たしかに李飛龍は、若いだけでなく相当な変わり者だ。
「ところで飛龍将軍」
『なんですかかしこまって気持ち悪い。昔みたいに飛龍でいいですよ』
「そうはいかん立場がある。戦線総監を呼び捨てにはできん」
『へへ、じゃあそのようにお願いします。なんかグランジェネラルに将軍なんて呼ばれると偉くなった気がしますね』
……どうやら李飛龍と天儀総司令は、旧知の仲のようだ。と俺は思った。天儀総司令をグランジェネラルと呼んでいるし、旧グランダ軍つながりなのだろう。しかもかなり仲がいいようだ。
この切迫した状況のなかで、李飛龍の天儀総司令の態度は、まるで近所のお兄さんを慕うよう。久しぶりの再会を純粋に喜び、はしゃいでいる。
「だが残念なお知らせだ。私は李飛龍という男が何者かしっているが、ここにいる奴らの大半は李飛龍という男をしらんらしい」
『ま、グランダ軍じゃないですからねぇ。ヌナニア軍しかしらない新兵も多いし。ボク、いや違う。俺なんて、まだろくな軍歴ないですしね』
「では、自己紹介してくれるか」
『ええ、いいですよ』
と気軽に応じた李飛龍将軍が、すっと居住まいを正して発した。
『トートゥゾネ総監李飛龍。グランダの李家といえば軍事の名門。曽祖父の代から三代旧グランダ軍のトップを排出した軍人の家系。いまどき古臭いですけど、いわゆる貴族ってやつですね。そんな家柄の出身の李飛龍です。どうか以後お見知りおきをッ。若くても兵事は得意ですよ。滅法ね』
さらりといった李飛龍将軍に続いて、
「彼は最後のグランダ軍人だ」
と天儀総司令が付け加えた。ヌナニア軍の成立で旧グランダ軍は解散した。俺はあとから調べてわかたのだが、その直前に十四歳でグランダ軍人として任官したのだ。なぜそんなことが可能だったかって、グランダの李家といえば本人がいったとおり特別だからだ。皇帝の愛する軍人を排出し続けた累代名将の家柄だ。
「で、飛龍将軍。そちらの状況はどうだ?」
『最高ですよ!』
「なるほど悪いと」
『ええ、普通の感覚ならそうなるかな。でもこちらの艦隊は、全員やる気満々。士気色係数はなんと90を記録してます。皆さん死んでも戦いそうで助かります』
また天儀総司令が、大会議室内の面々に向けて笑いかけた。どうだこいつは、面白だろといわばかりの表情だが、俺や多くの軍幹部達は李飛龍という人物にただ驚いていた。だが、この状況を明確に面白く思っていなかったのは、星守副官房だ。雑談に業を煮やした星守副官房が、
――失礼します!
といって断って、自身のマイクをオンにし会話に割り込んだ。
「李飛龍将軍。お初にお目にかかります。副官房の星守あかりです」
『ああ、あなたが星守副官房。美人で切れ者と噂のね。一度あってみたかったんです。お目にかかれて光栄です』
厳しい顔で喋り始めた星守副官房だったが、李飛龍将軍の思わぬ言葉に、
「なっ!?」
と顔を赤らめうめき声。完全に機先を制されていた。
「あ、ありがとうございます。コホン……。えっと、火急の状況なので手短につたえさせて頂きます」
『お、総司令部命令ですか?』
という李飛龍将軍の笑みは涼やかだ。
「ええ、そうです」
『どうぞどうぞ。全滅したって戦い抜きますよ。魂だけになっても、死体を指揮して勝利してみせましょう』
「士気旺盛なのは結構ですね……。はぁ。えっと、やる気のところ悪いですが、李飛龍艦隊には転進を命じます」
途端に李飛龍将軍が、硬直した。表情こそ涼やかだったが、抜き差しならない雰囲気が、その身から沸き立っているのが、通信越しなのに瞬時に察知できた。戦意が体中からにじみでるとこんな印象をうけるのだろうか。とにかく李飛龍の様態変化に、ゾクリと鳥肌を立てたのは俺だけじゃないだろう。李飛龍将軍の鋭い戦意に、気の強い星守副官房も面食らったようだった。
『転進? え、つまり撤退ですか。信じられない。俺が率いているのは旧グランダ軍の主力。精鋭ですよ。いまどきのハイテクを加えて滅法強い。武威は戦ってこそしめされる。ここで戦わなくてどこで戦うんです』
「ありえません。飛龍将軍は状況を理解しているんですか!」
『ええ、理解している。トートゥゾネを失えばヌナニア軍負けるんでしょ? それが転進とはまったく理解し難い。どいうことなんですかグランジェネラル!』
「どいうこともなにもない。こいつらは李飛龍をしらん」
そう口にする天儀総司令は困り顔だ。李飛龍は、ムッとした表情になった。ただそれでも貴公子然とした涼やかな印象は崩れない。これが貴族というやつなのだろうか。
『なるほど……。自己紹介しろってのはそういう意味だったんですね……』
「飛龍将軍。開戦の予兆はどうだ?」
『そうですね。戦端が開かれるまでには、十時間はありそうです。敵の偵察部隊が頻繁に接触してきていますが、艦影はなし、二足機部隊の襲来もなし、大規模電子戦攻撃もなし。まだ一食提供して一眠りぐらいの余裕はありそうかな』
――嵐の前の静けさか。
と俺は思った。だが、本格的な電子戦が始まったらすぐに大量の二足機の襲来し、巨大な艦艇の群れに李飛龍将軍の艦隊は襲われるのは間違いない。
「私以外のやつらの考えは、李飛龍艦隊の泊地パラス・アテネ方面への後退だ。そして、いまからこちで準備する増援と合流。できるか?」
『いやー、無理ですね。すでに俺の艦隊は、敵主力には補足されてます。さっきいったとおり攻撃こそないものの敵の偵察部隊は泣けるくらい滅法強気。かなりの数が俺たちのうしろに回り込んでます。後退したら進路はバレバレ。少しでも下がる気配を見せたら、逃すまいとすぐに本格的な攻撃を仕掛けてくるでしょうね。こんな状況で撤退作業やったら、数時間で敗走になるだけです』
「だそうだ?」
と天儀総司令が大会議室内の面々にいった。どうやら李飛龍艦隊を囲む敵の大軍勢の横っ腹に突っ込むプランしかなさそうだ……、と誰もが思った。だが、艦隊決戦も無茶だ。常在戦場といっても心の準備は必要だ。いや、心だけじゃない。いまは、あらゆる準備が不足しているように感じてならない。
ここでまた星守副官房が動いた。
「飛龍将軍。軍官房部の提案と、総司令部の意向は後退です。こちらから送る増援と合流後どう戦うかは、いまは意見が別れているにしても、後退は大会議での一致した見解です」
星守副官房の発言は、大会議室内の空気を代弁した形だ。もちろん天儀総司令以外のな。命じ付けられた李飛龍将軍は、ムッと黙り込んだ。
『……違うそうじゃあない』
「そうじゃない?」
『ええ、俺達が望んでいるのはトートゥゾネ死守の厳命です』
「はぁ。士気旺盛なのはいいことね。けれど、それについては将軍の艦隊が敗退したときのことを考えればリスクが大きすぎます。艦艇の損失も人的損失もとても無視できない。とても承認できないわ」
『損失のない戦闘などありはしません。ここは果断になるべきです』
「……はぁ。やっぱり飛龍将軍は若いわね。若すぎるかも」
『ええ、若いですが、それがなにか?』
李飛龍将軍が不快な色を目に滲ませて、星守副官房を見た。貴女だって副官房という重責につくには、ずいぶん若いじゃないですか、そんな不満をたたえた目つきだ。
星守副官房の挑発に、反抗的な李飛龍将軍。勝ち気な星守副官房だ。俺は、星守副官房の口から強烈な攻撃があると予想したが、むしろ違って星守副官房は、
――落ち着いて聞いてね。
と切り出し、諭すように語りだした。
「私がいいたいのは、艦艇の喪失は数字の問題だけれど、人の命は違うってことなの。一人の人間の死は、その両親、フィアンセ、そして子供の人生を大きく変えてしまうわ。あなたには、それをわかって欲しいの」
「…………ええ、それについては、よく存じあげているつもりです。祖父の死で、父と兄の運命は大きく変わたっと俺は思っています」
しかし逆効果。むしろ李飛龍将軍は殺気立ち、それを見た天儀総司令が、めずらしく慌てた様子で星守副官房の袖を引っ張った。
「よせ星守副官房。その話題は飛龍の微妙なところに触れる。祖父の死で、彼の父と兄は運命を翻弄され続けた。兄の死で、飛龍の人生は変わった」
「……む。兄の死で? ……ちょっと、まさかグランダ李家って本家のことだったの!? 私てっきり分家の人かと」
軍事の名門の李家は大族だ。旧グランダ軍では、李姓高官は目につくほど多く、彼らの素性を調べてみると大抵は軍事の名門李家の出身だ。
星守副官房が、天儀総司令の言葉に驚くなか李飛龍将軍が、大会議室内の全員へ向け、
『いまは、すべてを踏みつけにしてでも死守を命じるべきだ。それができないようなら、あなた方のプランが、今回ばかりは幸運にめぐまれて成功してもヌナニア軍は早晩にして廃滅する』
と気を吐いていた。
トートゥゾネを喪失すれば敗北必至。トートゥゾネを起点に敵は、他の戦線に自由自在に戦力を繰り出せる。まさに神出鬼没。ヌナニア軍は、防衛プランは後手後手となり、遠からず戦場は破綻するだろう。
『ここは殺所です。死んでも守れといえるご気概がないのなら皆さんその職を辞すべきでは?』
若き戦線総監の言葉に大会議室内の誰もが気圧された。なんで死んでも戦えと命じてくれないんですか! どうして増援が到着するまで死守しろと命じてくれないんですか! 熱く燃あがる李飛龍将軍の瞳が、そういっている。




