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過去作品(更新停止)   作者: 遊観吟詠
第二章 トートゥゾネ
15/105

2-(2) アクセル・スレッドバーン

「ふぁああ。眠い。昨日はちっと夜ふかししすぎたかァ」


 国軍旗艦瑞鶴の通路を、あくびを噛み殺しながら進むのは、アッシュブロンドのざんばら髪が目を引く痩身のアーサス・ゲオルグ・ファーンバレン。アヘッドセブンの一人で、ヌナニア統合参謀本部のこの男子は、アクセル・スレッドバーンというあだ名のほうが有名だ。

 

「なーなにが勉強会だァ。オンラインでやれよ。毎週毎週どっかに集まっちゃあ。なんちゃらセミナー、アホ勉強会、クソ読書会。移動時間のほうが多いときたもんだ。で、今回は国軍旗艦の瑞鶴で戦術研究会っときたもんだ。あー……。低血圧。ダリィ……」


 そこにピロピローピロンという比較的大きなメッセージ着信の通知音。アクセルが気だるそうに携帯端末を取りだして見てみれば、アクティブになった画面にはメッセージが表示されていた。


 不奈津姫ふなつき:オハヨウオハヨウ。今日もいい朝!

 不奈津姫:お寝坊のあなたはちゃーんと起きれたかな?

 不奈津姫:お寝坊のあなたを今日も今日とて不奈津姫が起こしてあげるのです

 不奈津姫:おーい、おーい、早く起きてー。朝だぞガオー

 

 オイ――。なんだこれ。全部起床時間の一時間前のメッセージかよ。どう考えても寝てる時間じゃねーか。起きねーよ。寝るよ。つか、寝させといてくれよ。


「はぁー。あのガキは、時差を考えろよなァ。……つか翌朝からよくもこんな頭の悪い文字羅列を送ってこられるもんだぜ」


 俺が悪態つきつつ画面をソートすると、最後のメッセージだけはつい先程のもの。これが通知音の犯人ってわけか。


 不奈津姫:既読無視したら泣く!


「…………チッ」


 アクセル:qうぇr


「オッシ。これで既読無視じゃネーな。……アァー。ダル。早いところ飯食って血糖値あげねーとバイタル安定しねーわこれ」

 

 というわけで食事だ。だが、場所がわからねえ。国軍旗艦は初めてだ。俺は、携帯端末をしまうと壁にもたれかかり目をつぶった……。手で端末操作するよりこっちのほうが早い。


 ――えっと国軍旗艦内のネットワークにつなぐパスはと……。

 ――あったこれか。

 ――艦内の経路図はっと。って、クソ広いじゃねーか! 

 ――いくつカフェテリアあんだよレジャー施設かよここは。

 ――んで、俺が利用できて一番近いお食事どころは……ここか。

 

 ……眩しい。ゆっくりと目を開けた俺は、若干の立ちくらみを覚えつつ慎重に最寄りの食堂への一歩を踏みだした。


 インターネット・オブ・バイオニクス。脳とネットを繋げるこの能力は便利だが、血糖値が低いとき、ざっくりいえば腹減ってるときに使うには気をつかう。一気に血糖値が下がって、そのまま意識がぶっ飛びブラックアウト。腹減って行き倒れなんて、いまどきシャレにならねー話だ。

 

 だが、オレがしばらく進むと……。

 

「おい待て顔色の悪い兄ちゃん。ここは通行料が必要だ」


 という声がかけられた。声だけじゃねえ。オレの前には、トリコロールカラーの豪華な軍服の大男が……四人か。しってる国家親衛隊うちゅうごりらだ。とにかくそいつらがオレの行く手を阻んでいやがる。


「アァ?」

 とオレが睨みつけると、宇宙ゴリラの一人がアクティブにした携帯端末の画面を見せてきた。


「募金中だ。チャリティーのな」


 たしかに、画面には何かしらのそれっぽい募金サイトが表示されていた。オレの携帯端末から仮想通貨を一定額振り込めってことか……。宇宙ゴリラどもの顔を見てれば全員が強面。どう見ても脅して募金させてやがる。募金した金の使い道だってわかったもんじゃねェ。


「間に合ってるぜ」

 とオレは手をふってとおり過ぎようとしたが、宇宙ゴリラはオレの肩を掴んで、

「おい。入れてけ。300ヌーナ(通単位)だ」

 そういって凄んできた。残る三人も拳を鳴らしたり肩を回したり臨戦態勢というていで威圧的だ。なるほどなァ……。やっぱりここをとおるやつらから脅し取ってるわけかァ。


「オイコラ。この薄汚ねえ手を放せやゴリラ。いつから国軍旗艦ってのは、できの悪い動物園に成りさがったんだァ」

「……おい、やせっぽっちのガキ。口の聞き方ってのを体に教え込まれたいらしいな」

「オイオイ、カンベシてくれ。場末の繁華街だっていまどきこんな安いカツアゲはねーぞ」


 男が俺を乱暴に引き寄せ、さらに両手で胸ぐらを掴んで持ち上げてから壁に押し付けてきた。オレの体はふわりと浮いて背中には硬い壁の感触。オオ、スゲーパワーだ。さすがは再突入部隊リエントリーズだぜェ。


「古参兵の俺達は、年配者として新兵への気づかいを心得てる。だが、二度はいわねえぞ。300ヌーナか病院船送りのどっちがいい」


 どっちもなにもテメエは俺の胸ぐら掴んで壁に押し付けてんだぞ。息ができねえ。ってことは声もでねェ。答えたくても答えられるかよ。宇宙ゴリラの知能は、三歳児以下かよ。

 

「おい、そいつの胸のワッペン見てみろ」

「ワッペン? おーすげえ。兄ちゃんは、その若さでヌナニア統合参謀本部かよ」


 そいつはありがとさん。まあ、声でねーからお礼もいえないけどなァ。……クソ。つか苦しい。そろそろ限界だぞコラ。


「値上げだ。1000ヌーナ。払えよ。いいな?」

 

 宇宙ゴリラが、そう口にした瞬間、オレを乱暴に床に叩きつけてからやっと手を放した。


「ゴッホ……。ウェッ」

「おい、統合参謀本部のガキ。咳き込んでねえで、とっとと払え」


 宇宙ゴリラの一人が、オレの腕をまたも乱暴に掴んで、無理やり立たそうとしてきた。冗談じゃね。オレは男に触られて喜ぶ趣味じゃない。


 オレは、宇宙ゴリラの手を強引に振り払ってゆらりと立ち上がり、

「ペッ――!」

 と顔面に唾をくれてやった。途端に宇宙ゴリラどもは大噴火。四人が一斉に、いや、四匹が一斉にオレに飛びかかってきた。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「なんだと義成。国家親衛隊イペリアルが床で伸びていただと?」


 早朝時間の総司令官室。天儀総司令が、俺の報告に怪訝な顔で問い返してきた。

 

 特命係に任命されてから三日。早くも俺の仕事は、ルーチン化してきていた。この朝の報告もルーチンの一つだ。

 

 あと当初こそ総司令官室以外の天儀総司令の警護の受け持ちは、国家親衛隊イペリアルとされていたが、天儀総司令が、

「お前らが居ると周囲の温度があがるんだよ」

 と苦い顔でいってから、天儀総司令が終日ブリッジ勤務のときは俺が警護も担当することとなっていた。護衛で張り付くだけの国家親衛隊イペリアルより、高学歴でなにかと難しい雑務ができる俺のほうが天儀総司令にとって便利だったのだろう。

 

 もっぱら俺の仕事は、身辺警護と秘書官のやらされるような総司令官周りの雑務で、残った時間を諜報活動に当てている。


「はい。昨日の朝です。四名が士官用カフェテリアとつながる通路で倒れているのが発見されました」

「倒れていた原因は?」

「酸欠だそうです」

「……意味がわからん。生命維持管理装置に問題があるとは、機関長からも安全管理総監からも聞かされていないぞ」


 国軍旗艦瑞鶴といっても宇宙船だ。その船内で、酸欠で倒れていたとなると重大問題。なぜなら天儀総司令がいったように生命維持管理装置とそれに関連する機器の不具合や故障が考えられるからだ。宇宙船で一番にして、絶対にあってはいけない事態といっていいのはいうまでもない。

 

「はい。生命維持管理装置になんの異常もないとのことです」

「倒れていた国家親衛隊インペリアルはなんといってるんだ。生きているんだろ?」

「はい。五体満足です。ですが、なにを聞いても黙ったままで、彼らの強情さに調査しにきた警務部門のスタッフもお手上げだそうです」

「……どういうことだ。わからんな」

「あと、医療スタッフの話では、倒れていた国家親衛隊インペリアルの身体には無数の打撲によるアザがあったそうです……」

「あ……。もういいわかった。聞きたくない」


 なにかを察したという表情で天儀総司令が、言葉を継ごうとした俺を手で遮った。いや、話題そのものを強引に終了させてしまった。


「ですが、放置するのは問題です」

「いい。無駄な時間だ。大方喧嘩でもしたんだろう。放っておけ。掘りさげても面白い事態にはならん。俺は信賞必罰。ペナルティを与えるというつまらん仕事が増えるだけだ」

「自分に、この犯人に心当たりがあるといってもですか?」

「……ああ、ない。国家親衛隊インペリアルにはいい薬だ。あいつらのことだ。どうせなにか悪さして返り討ちになったんだろう。これで少しは大人しくなってくれれば俺は助かる」

「どんな手口で返り討ちになったか。犯人は誰かをしっておくべきだと思いますが」

「必要ない。それよりだ――」

 

 そういって天儀総司令は、マホガニー材の執務机から立ちあがると、放来客用に置かれているソファーまで歩きどかりと座った。


「義成お前は、俺の秘書官のような仕事をこの三日やったわけだがどうだった」

「どうだったとは?」

「俺は総司令官としてどうだ」


 問い返した俺に対する答えは、やはり漠然としていた。天儀総司令は思いのほか事務仕事も得意とか、やはり威厳があるとか、三日ではその程度しかわからない。


「……問題ないと思いますが」

「違う。俺は着任したてなんだぞ?」

「ええ、存じていますが」

「それで、じゃあわかるだろ。お前は、俺の秘書官のような仕事をしている。つまり俺のスケジュール管理もやってる。身辺警護がやりやすいだろうと思って、主計部に断ってお前をわざわざそういう仕事につかせてる。なら気づくことがあるだろ」 

「……すみません。ますますわかりません」


「はぁーー」

 と天儀総司令が頭を抱えつつ特大のため息。俺の察しの悪さに業を煮やした感じだ。

 天儀総司令が、ビシッとある方向を指さした。

 

 ――あれを取ってこいということか?

 

 俺が視線をむけたさきには、ノートがあった。俺はそれをとりあえず天儀総司令へ渡した。


「義成。ここになんて書いてある?」

 と天儀総司令が、俺から受け取ったノートの表紙の文字を指していった。


「らい、きゃく、ちょう。来客帳ですね」

「……開いてみろ」


 開いてみても真っ白なページが広がっているだけ。いや、名前や役職、入退出時間の記入しやすいように線と文字がプリントはされているな。だが、基本的に染み一つないノートで、とくに問題があるようには思えない。プリントミスなどもない使用に十分耐える綺麗なものだ。


「……なにも書いてありませんね。新品です。これがなにか?」

「……」

「あ、いや、失礼しました。最初のページに六川軍官房長と星守副官房の名前がありますね」

「……なあ義成」

「はい」

「俺は着任したての総司令官なんだぞ。それなのに誰も挨拶にこないってのはどういうことだッ!」

「あ……ッ」

 

 俺から乱暴に奪った来客帳をローテーブルに叩きつけていった天儀総司令。だが、俺にいわれても……。それは天儀総司令の徳の低さであって、俺の働きいかんは関係ないのでは? いや、どう考えてもまったく関係ない。

 

 来客が少ない理由は、色々考えられる。まずもって俺達スペースノイドは、縦社会を重視しない。そして、なにより経歴抹殺刑ダムナティオ・メモリアだ。これで天儀総司令の経歴がよくわからないのがいけない。グランダの人食い鬼も、知る人ぞ知るという感じで、一般兵には忘れ去られた存在。もちろん総司令官室に挨拶にくるような人間は幹部クラスだけだが、これは天儀総司令の軍での知名度の悪さを意味している。……色々言い訳を考えてみたが、ヌナニア星系軍総司令官になった人間に、誰も挨拶にこないという事態は……。

 

「か、かわいそうです」

「同情ありがとう義成くん」

「いえ、そのなんといっていいか……」

 

 どう考えても天儀総司令が、嫌われているまではいわないが、軽く扱われている証拠だ。いくらいまは時代若者ほど縦社会を重視しないといっても、やっぱり心得ているものは挨拶にいくし、縦社会を重視しないからこそ尊敬する相手を気兼ねなく訪ねたりするわけで。天儀総司令あなたはかなり人望がない……。


「挨拶にきたのが六川と星守だけかよ。あ、そういえば義成お前もきたじゃん」

 

 おい、この人とんでもないことをいいだしたぞ。俺が最初に暗殺しようとしたことを来客にカウントしようとしているぞ。

 

「いやー。そうだったな。よしよし来客帳に書いとこう。来客時間は、バッチリ覚えてるからな。なにせ殺されかけたんだ。えっと来客理由は……、暗殺っと」

「ちょっとなに書いてるんですかやめてください! これは軍の公文書ですよ。あとで係の人員がデータベースに保存する。しかも国家中央図書館機密文章保存室アレクサンドリア・アーカイブスに、永久保存されるやつですよ!」

「うるせえ。ふふ、これで、二組で合計五人だぜ。ヨシヨシ」

「ちょっと冗談じゃない!」


 俺は、天儀総司令からノートをとりあげ部屋の入り口まで退散した。

 

「おい返せよ義成!」

「冗談じゃありません。だいたい暗殺者を来客にカウントするのがおかしい」

「うるせえ! このままじゃ俺の面子が立たん。あとで係のやつがデータベース化のために来客帳を取りにきて中身見てどう思う。あら、天儀総司令って人望がないね、と察するだろ!」

「でも俺達下っ端の名前が、増えたぐらいで変わりませんよ」

「いーや、義成お前は、黄金の二期生(ゴールデンズ)だ。ヌナニア星系軍の背負って立つ超エリート。お前の訪問は、十分俺の泊になる」

「落ち着いてください。一組が二組に増えたところでやっぱり変わりません」

「バカいうな。二倍だぞ」

「情けない倍増です。意義がない!」

 

 それから俺の必死な説得で、天儀総司令は、

「わかった誰でもいい。いや、誰でもよくない。義成お前のあの訪問を記入されたくなかったら、さすがは総司令官こんな人も挨拶にくるのね、というやつを挨拶にこさせろ」

 という条件で来客帳に俺達のあの訪問を記入することを断念してくれたが、どうするんだこれ。……とりあえずブリッジへいってお願いして回ってみるか。

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