2-(1) アヘッドセブン
「あーあ、天儀総司令が遅いから。かわいそ……」
「天儀総司令これは……。仕方ないので交戦として処理します」
「あー、わりいことしたなぁ。早く降伏勧告してやるんだった。てかさ義成お前が早く答えないからだぞ」
俺の目の前で、正確には見ているモニター内で、姿をあらわした敵重巡に友軍の重力砲が次々と突き刺さり船体が崩れていた。
星守副官房が敵をあわれみ。六川官房長が法的にまずいことになったという顔をし、天儀総司令が俺を責め。一体全体どうなってるんだ。敵が攻撃してきて、撃ち合いになったんじゃないのか? 常用が飲み込めず俺は、完全に困惑のるつぼのなかだ。
「だから義成。お前がノロノロしているから、喧嘩っ早い友軍がぶっ放して排除を開始しちまったんだよ。総司令官から命令がないからって、指示待ち待機ってわけないだろ。敵がいたら交戦開始だ。あーあ。義成これどうすんだよ。絶対に敵に死人でてんぞ……」
天儀総司令が、半壊した敵重巡が映るモニターを見ていった。
「いーえ、この場合は天儀総司令が、指揮官ぶって無駄に時間を消費したのがいけないんですよ。義成特命くんは被害者だと思います」
星守副官房がフォローしてくれたが、これは俺をあわれんではなく、天儀総司令が嫌いなだけなのかな。ただ、彼女の俺の呼び方が名字から名前に変わっていた。親しみ度があがったと考えていいのだろうか。一応、俺を総司令部のメンバーとして認めてくれたらしい。そして、ようやく状況が理解できたぞ……。
「つまり、降伏勧告で平穏に終わるはずのことが、俺が答えれなかったから戦闘になった?」
「そうだ。義成わかってんじゃねーか。お前の判断の遅滞が、戦場に死を招いた。戦いで指揮官が、即断即決を迫られるのはこれが理由だ。お前は、私に戦力を与えてくれとかいってきたが、司令官になりたいならこういうことわかれよ」
「はい! すっ、すみません!」
俺は涙目で返事だ。なんてことだ。俺のせいで死なないでいい人が死んだ。それが敵でも最悪だ。捕虜にすれば情報がとれたろうし、敵艦を無傷で手に入れられれば、得られるものは大きい。全部、俺が迷ったせいで。くそ、俺はバカだ!
「だから。義成特命くんが悪いんじゃないですって、余裕かまして司令官ごっこしてた天儀総司令がいけないんじゃないですか」
星守副官房が頬を膨らませていうなか、六川官房長が天儀総司令へ指示を仰いだ。
「敵からのホワイトフラッグです。受理しますよ?」
「そうしてやれ。あと救援部隊送り込め。死体は回収して手厚くしろよ。太聖側へ丁重におくりかえすからな。あー、こりゃあ鹵獲できたもんを廃艦だな。あーあ、もったいね」
俺は、天儀総司令の横で小さくなって、
「すみません……」
としかいえない。
「というか撃った犯人は誰だ」
「友軍の軽巡洋艦三隻から周囲に射撃警告がでています」
「犯人はそいつらか」
「はい。今日、到着した増援の戦力ですね。たまたまこの付近をとおりかかったみたいです」
「チッ……。ヌナニア軍ってのは意識は高いが、やることは素人だ」
天儀総司令の悪態を、あなたの軍隊ですけどね、と星守副官房がたしなめた。いまは天儀総司令もヌナニア軍籍。そして問題の重巡三隻も行動も、突き詰めれば天儀総司令の監督責任だ。
とにかく国軍旗艦瑞鶴の主導で、不幸な敵の後始末が開始された。そんななか友軍からの通信が入った。
「これは……。先程話題になっていた件の軽巡洋艦三隻のうち二隻からの通信ですね。いかがいたしますか?」
「ほう。犯人自ら出頭か」
「どうでしょう。挨拶をかねた戦果報告だと思いますが、本人達は思わぬところで戦果を拾ったと考えているはずです」
「いい。繋げ。ド叱ってやる」
六川軍官房長がうなづいて通信をつなぐように指示すると、まずブリッジ中央の大モニターには、敬礼姿の若い女性士官の上半身が映しだされた。化粧っ気はないが、整った顔立ちで、気の強そうなパーツの配置。肩までとどくか、とどかないかの短いヘアースタイルが似合っている。
そして、その映像は、すぐに画面の左半部へと追いやられ、右半分には新たな通信者の姿がやはり敬礼姿で映しだされた。こちらも容姿の優れた女子だが、ツインテールが印象的。いかにも育ちのよさそうな空気を身にまとったやはり若い士官だ。
『ヌナニア統合参謀本部所属のアヘッドセブンの一人花ノ美・タイガーベル大尉です。統合参謀本部の代表として、ただいま挨拶へまかりこしました!』
『同じくヌナニア統合参謀本部所属。アヘッドセブンの一人。アバノア・ストライダー・ジャサク大尉ですの。このたびの戦闘で、花ノ美お姉さまと連携させていただきました。以後お見知りおきを』
ヌナニア統合参謀本部は、ヌナニア星系軍の意思決定を担う軍三部の一角だ。制服武官で構成される防衛省直下の組織で、平時では首相への軍事アドバイザー組織。戦争では、戦闘・戦術・作戦のストラテジスト(参謀)を各艦、諸部隊に送る役割を担っている。有事では軍官房部の力が増すが、平時で最も軍で力を持つ組織といっていい。
そう。ヌナニア星系軍士官学校卒業生のなかでも、ここに配属される軍人が真のエリートだ。
「ご苦労――」
と天儀総司令が、全軍の長らく重みのある態度で応じるなか、六川軍官房部が天儀総司令の目をチラリと見た。ちゃんと注意してくださいね。という目語だ。天儀総司令は、うなづきつつ言葉を継ごうとしたが、画面のなかの女子は待ってはくれなかった。
『あの、あなたって総司令官ですよね?』
「そうだ総司令官だが」
『つまり、あの天儀? 前の戦争で艦隊決戦したっていう、とんでも戦闘バーサーカーの!?』
「ああ、そうだ。その天儀だ」
『すごい。アバノア、本物の天儀よ! 本当にいたんだ!』
『コホン。お姉さまはしゃぎすぎです……。これ総司令部への公式な通信ということをお忘れなく……。そして相手は総司令官。呼び捨てはいけませんの』
『あ、そうね。しまった私ったらつい。えへへ』
暗殺しようとしたオレがいうのもなんだが、総司令官への態度じゃない。まるで近所の知り合いのお兄さんに声をかけるような気軽さだ。学校の先輩相手だってもう少し謹厳な態度になるだろう。いまの時代軍でも上下をうるさくわいないが、この二人の態度はやはり特異だ。
アヘッドセブン。軍は黄金の二期生のなかでも特に成績優秀な七名にこの称号を与えて序列付した。特別のなかの特別。軍内の一部から俺達二期生が、やっかまれている理由はだいたいアヘッドセブンが原因だと俺は思っている。
そして天儀総司令といえば、ニコニコ顔だが二人の態度に面食らっていることは明らかだ。そこに花ノ美が、
『挨拶の手土産は重巡一隻! どうでしょうか!』
といったので、俺は心のなかで合掌した。最初の挨拶に戦果をたずさえて――。普通なら最高のギフトとなったろうが、これは完全に裏目だ。花ノ美は、士官学校時代からこうだったな。そそっかしいんだ。
「なるほど。敵の重巡を撃ったのは君達か」
天儀総司令は、にこやかにいったが俺にはわかるぞ。
――お、こいつが犯人かー……。
これは、そういう感情が込められた言葉だ。
ここでモニターに映しだされている花ノ美とアバノアが、さらに左へ押しやられた。つまり新たな通信者だ。画面の右端に加わったのは、痩身でアッシュブロンドの髪の毛はザンバラな険悪な目の男子。
『おいッ。クソアマ! オレが排除したんだよ。花ノ美てめえ、こいてんじゃねえぞ!』
アッシュブロンドの痩身の男子は、通信がつながるやいなや、見た目どおりの険悪さが音となったような怒鳴り声をあげていた。瑞鶴のブリッジでは、全員が驚き顔だ。なお通信オペレーターが一番驚いていた。そりゃあそうだ。普通、国軍旗艦の通信に勝手に割り込んでくることは不可能だ。それを新たな登場者は、やってのけているのだ。
そしてモニター内で、いきり立つ白髪痩身の男子の激しい主張が、今度は天儀総司令へと向けられた。
『おい。てめえ!』
「え、俺?」
『そうだよ。他の二人だとクソアマだろ。てめえと呼ばれるのは、お前しかいない』
「なるほど」
いま、俺の眼の前で、てめえ、お前と総司令官をよぶには絶対ありえないワードがとびでたきがするのだが、天儀総司令は平然としている。いや、涼しげで人としての器の大きさをしめしていた。
『いいかよく聞けよ。オレが重巡のサイバー防御を破壊して沈黙させた。そのメス二匹の重力砲がヒットしたのはオレのおかげだ!』
普通じゃない。この暴言ではなく天儀総司令がだ。これだけの態度を取られて、天儀総司令の威厳がまったく損なわれていないのだ。普通考えて、こんな横柄な態度をとられて放置すれば、上司としての資格なしと周囲から幻滅され、部下から舐められる負のループに陥り、完全に収集がつかなくなるはずなのに。
アーサス・ゲオルグ・ファーンバレンです。と俺は天儀総司令に耳打ちした。さらに、二期生で、あだ名はアクセル・スレッドバーンとワードを連ね。最後に〝狂犬〟ですと付け加えた。
俺の言葉にうなづいた天儀総司令が、なにか言葉を口にしようとしたが、それが音になることはなかった。なぜなら、
『はぁあああ!? アクセルなにいってんのよ。最初の命中弾は私の艦からじゃない!』
という花ノ美の反論からモニター内では大喧嘩が開始されたからだ。もちろん瑞鶴のブリッジ内は口をあんぐりという驚きようだが、三人はお構いなし。
『クソアマ。仮にそうだとしてもだ。てめえらの砲弾は装甲で弾かれてた。対してオレが最後に撃った弾は貫通弾だ。オレの艦の射撃が有効射だ。一番先にあてりゃいいってもんじゃねーんだよクソアマ!』
『絶対ウソ。また私の邪魔しようとしてるでしょ。私が天儀総司令に見初められて、花ノ美きみの戦果は素晴らしかった今夜食事しないかいって誘われるのを邪魔しようとしてる!』
『ハァ? 自意識過剰も大概にしておけよ。テメエと一緒に食事するぐらいなら、メスゴリラを横に置いたほうがマシだッ!』
『総司令官さま。わたくしは射撃より、回り込んで敵の退路遮断を優先しましたので、そこのところお間違いなくですの。あと花ノ美お姉さまのいったことは、真に受けないでくださいまし。お姉さまにはわたくしというものがありますので』
『あ、アバノアったら、ちゃっかり天儀総司令に自分を売り込んでる。ずるい!』
『え、これはお姉さまを引き立てたというわたくしなりの気づかいで……。それをどうして、お姉さまわかってくださらないのでしょうか。ショックすぎますの……』
『というかあんたなは、私のただの知り合いよ。なに気持ち悪いこと天儀総司令に吹き込んでるわけ』
『え、知り合い!? 友達ですらない? しょんなぁお姉さま……!』
『クソアマども黙れ! お前ら二人はなにもしてネエ。全部オレ一人の仕事だ。手柄を盗むな。コロスゾ!』
瑞鶴のブリッジはあきれと驚きがないまぜとなって空気。だが、天儀総司令ときたら、
「なんだこれ。スゲーおもしれえな」
と笑っている。
星守副官房が、いまにも顔を真赤にして怒鳴りそうだ。モニター内で喧嘩する三人へじゃなく、天儀総司令にな……。笑って眺めていないで早く注意しろということだろう。六川軍官房長がそれを手で制して、
「天儀総司令。これはまずい。ご注意を」
とうながすと、天儀総司令は俺を見て三人が喧嘩するモニターを顎でしゃくった。
――お前が注意して止めろ。
という意味だ。当然、もう天儀総司令は、三人が俺の同期生というのをわかっている。花ノ美とアバノアは二期生にしか与えられていないアヘッドセブンの称号を名乗ったし、俺はアクセルについての情報を天儀総司令に耳打ちした。俺達四人が、同期生という感じがでていたろう。
俺は、スッと息を吸い込み、
「おい! お前らいいかげんにしろ!」
と一喝したが、三人からの反応は……。
『ア? 誰だテメエー……』
『あら、アクセル覚えてないのね。私は覚えてるわよ。正義感の強いやたら面倒なやつで、えっと名前はヘタレの……。悪いあんた名前なんだっけ』
『ヘタレのよしなーりですわお姉さま。ジュースゲッターともいいますわね』
『そう。ヘタレのヨシカーズよね! ゴメンねすぐに出てこなくて』
花ノ美が最後にテヘッとばかりに可愛くいったが、……間違っているうえにとても不名誉な称号が付与されている。
「違う! ヘタレの義成だッ! ……あ」
思わず叫んでしまった俺に対して、モニター内では三人がどっ吹き出していた。
「すごい啖呵を切ったが、義成いいのかそれで」
と天儀総司令が、俺に声をかけてくれた。これは俺への気づかいだろう。放置されたもっといたたまれない。だが、俺はあまりの恥ずかしさから顔を真っ赤にして、
「い、いいんですよ。彼ら俺をどう呼んでいたか正確に再現して思い出させただけです! これはむしろ俺の度量の大きさです。サーカスは、野獣相手に鞭打つだけじゃない。俺は野獣の知恵のレベルに合わせてやったんです!」
と叫んでいた。みっともないと自覚はあった。だが、いわずにはいられなかった。天儀総司令は、三人のありえない態度に泰然としていたのに俺ときたら……。くそ。
『あら、いってくれるじゃない義成。私に命令だなんて、偉くなったわねぇ。というか、なんであんたはそこにいるわけ?』
この花ノ美の言い分に俺はビシッと胸の〝特命〟マークを指して、
「俺はこれだからな」
といってやった。
『とく、めい?』
「そう。特命係だ」
『は? なに係なのよそれは。まさかジュース買ってくる係じゃないわよね』
「ふ、聞いて驚け」
『え、またなにか笑わしてくれるわけ。期待してるわよ。あんたギャグのセンスだけは腕を上げたみたいだしね』
くっ……。いいたい放題だな。というか、いままでの流れで、天儀総司令に俺のヌナニア星系軍士官学校での同期生からの扱いと、スクールカーストが完全にバレてしまった気がする。
「俺は、いま、天儀総司令の側近だッ」
『え、ちょっと嘘でしょ! 士官学校じゃさえなかったあんたが総司令官の側近!?』
「ふ、事実だ。お前らはさんざん俺をコケにしてくれたが、俺が一番出世しているというわけだ」
自分でも情けないぐらいのコンプレックス丸出しで、マウント取りな台詞を吐いてしまった気がするが、俺だって出世に興味がないわけがないし、こいつらにバカにされるのはどうしても我慢ならないところがあるんだ。出世が、軍で俺の正しさを証明する最も簡単な手法だ。もちろん出世がすべてだとはいわないが、良いポジションにつければ、それだけ俺の正しいと思うことが実現できるのは事実だ。
そして多少の情けなさはあったものの効果てきめん。花ノ美は、
『本当なんですか天儀総司令?』
と羨ましそうに質問し、天儀総司令が肯定の言葉を発すると、叫び声とともにこの世の終わりみたいな顔を見せてくれた。肉を切らせて骨を断つ。恥をしのんでやってよかった。
『ウゲ、あのへタレのよしなーりが側近。信じがたいですの』
『おい、いまの総司令官が誰だかしらねーが、すげえ見るがねえな』
アバノアとアクセルは不満を口にしたが、こんなものは俺が自分達を出し抜いて出世したという事実を認める発言でしかない。
『ねえそれより天儀総司令。私を側近にしてください。私は彼より優秀ですよ。ネッ!』
花ノ美が、ウインクしつつ髪をかきあげていった。まるで側近なら男より女のほうがいいでしょというように。爽やかでスポーティーな雰囲気にかもしだしつつ、まったくこいつは、抜け目ないし手段を選ばない。ま、色気を見せて、よってきたら触れられる前に奈落に落としてハメるタイプだがな。もういわなくてもわかるだろうが、花ノ美は、天儀総司令に純粋に憧れている変わり者。恋愛感情に発展してもいとわない、むしろラッキーというほどの熱烈な天儀ファンだ。
「タイガーベル少尉」
といった天儀総司令の雰囲気は落ちつて威があったが、重すぎるというわけでもない。とにかくこの場の軽い雰囲気にまったく流されない総司令官らしい態度だ。
『花ノ美で。呼び捨てでお願いします!』
「では、花ノ美。君はアヘッドセブンといったな」
『はい! 個が全たる七名。七名がひとしく軍の棟梁たるという意味らしいです。自分で言っちゃあなんですが優秀ですよー』
「資料で見た。士官学校での成績は抜群に優秀だな。アカデミーでの戦術論文も攻撃的で私好みだ」
『エッ! それじゃあ私を側近に!?』
「物事には適材適所というものがある。義成には、義成にしかできない重要な任務を与えている。故に私の側近だ」
俺にしかできない任務……。天儀総司令が、間違っていると感じたら遠慮なくいう。ときには有形力を発揮してでも諫言する。はたして、これは俺にしかできないものなだろうか。
『義成にできて、私にできないこと……? そんなのあるかしら』
「それに義成は、すでに私に能力を示した。信賞必罰。私にとって賞も罰もすべては結果次第だ」
『……なるほど。では、能力で認めて頂きます。私にしかできないことで結果をだしてね』
花ノ美が不敵に微笑んで敬礼し通信を切ると、アバノアも、
『あ、お姉さま! もうっ。いつも一人で始めて、一人でいってしまいますの。ああ、待ってくださいましー』
そういって、慌てて通信を切った。とたんにブリッジ内は静かとなった。どんだけ騒がしいやつらだったんだ。なお、アクセルは、とっくに画面からない。花ノ美が自身を側近にしてくれと自薦したあたりでブツリと通信を切っていた。なお、六川軍官房長も、
――教育総監に軍令文書で厳重注意だな。
と口にして花ノ美達が喧嘩を始めた辺りで、この場から去っていた。
「一人称が〝私〟って、相変わらず相手によって人相を変えますね」
星守副官房が、刺のある口調で天儀総司令へ向けていった。やっぱりこの人は、天儀総司令には手厳しいようだ。
「そりゃあ花ノ美大尉は、君と違って私を尊敬しているようだったからな。彼女が、望むような立派な総司令官様である必要があるだろ」
「うへ。私には、可愛い若い娘にデレてただけに見えましたけどね。手を出したりしないでくださいよ」
星守副官房は、そういうとくるりと俺の方を向いて、じっと見てから――。
「それにしても義成特命くんパシリだったのね。かわいそう。哀愁だわー」
「ナッ!? パシリではありません!」
「そうだぞ星守副官房。義成は、個性豊かなメンバーの調整のため自ら走り回っていたんだろう。そんないいかたはいかん」
天儀総司令は、言葉でこそフォローこそしてくれたが、顔は完全に笑っている。この人は、なんなんだ。俺の心を荒立てるのが、まったく上手い人だ。
「ところで天儀総司令。義成特命くんにしかできない仕事ってなんですか?」
だが、天儀総司令は、星守副官房の問に、フッと笑っただけで立ち去ろうとした。
「ちょっと教えてくださいよ!」
「……悪辣に落ちるならドブに嵌って死んだほうがましってことさ。義成は、よく心得ているだろう」
だが、やはり天儀総司令は、謎の言葉を残しただけで去ってしまった。俺は、言葉に重大な意味を感じて心が重くなった。星守副官房は、俺に教えろと迫ってきたが、俺は、
「俺にもわかりかねます。あの人が、わかりにくいのは星守副官房だけにだけではありません」
といって辛くも追求を切り抜けた。天儀総司令が、最後に口にしたことの意味は、とても星守副官房には正直にはいえない。
――六川軍官房長が席を外していてよかった。
俺は、それだけを思って、ブリッジから足早に立ち去ったのだった――。




