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過去作品(更新停止)   作者: 遊観吟詠
第二章 トートゥゾネ
13/105

2-(プロローグ)

 艦内には、腹の底に響くような突然の音。

 第一種戦闘配備を意味する警戒音サイレンだ。

 参月義成みかづきよしなりは、飛ぶように特命係室を飛びでていた。目指すは、ブリッジの総司令部区画だ。


「なんだって敵襲の警戒音サイレンが。ここは泊地パラス・アテネだぞ!」


 俺は、悪態一つ。敵が優秀なのか味方がザルなのか。とにかく敵襲だ。泊地パラス・アテネは、最前線といっても一大兵站拠点。攻撃をうけることはまずない。各戦線の後方にあるここに敵があらわれたのなら、綿密な計画があったはずだ。俺は、敵の大規模奇襲計画を想像して、総司令部区画にとにかく急いだ。


天儀てんぎ総司令ご無事ですか!」


 総司令部区画に駆け込んだ俺は、まっすぐ天儀総司令のワークスペースへ。総司令官のワークスペースは、戦闘指揮座の下だ。戦闘指揮座、はブリッジ全体を見渡せるように一段高く作られているその根本にある。

 天儀総司令は、自身のデスクの前で六川公平ろくかわこうへい軍官房長と星守おしもりあかり副官房を左右においてなにか話している。軍官房部の二人が揃っているとういことは、やはりなにか大きな問題が起きたらしい。天儀総司令が、俺に気づいた。

 

「おい、星守副官房。あいつは、なんであんなに慌ててんだ」

「泊地パラス・アテネで第一種戦闘の警戒音が鳴ったからじゃないですかね」

 

 俺は、二人の態度に違和感を覚えたが、第一種戦闘の警戒音は間違いでもないようだ。ブリッジ内は騒然として、クルーたちの表情は緊張感に満ちている


「ご無事のようで安心しました」

「義成おまえな。俺がご無事じゃなかったら負けてんだろ。そもそも、お前も慌ててここへ駆け込んでくるなんてことはできない。俺が、ご無事じゃないなら瑞鶴だって沈んでるんだからな」

「それより天儀総司令。瑞鶴ずいかくは、国軍旗艦こくぐんきかんです。早く戦闘指揮を――……」

「あぁ? なんでだよ」

 

 なぜか渋る天儀総司令に、

「そうですよ天儀総司令。早く対応を決めてください」

 と星守副官房が天儀総司令に迫っていた。やはり憂慮すべき状況のようだ。


「めんどくせえ……。いや、そうだ義成これを見てみろ」


 天儀総司令が、ブリッジの中央モニターを指さした。俺は返事をしながら見てみたが、そこには見慣れない艦影が一隻。


「中型の軍用宇宙船のようですが、これがなにか?」

「敵だ」

「はい?」

「だから敵だ。こいつが第一種戦闘配備音の原因だ」

「たった一隻に見えますが……」


 ここは泊地パラス・アテネ。ヌナニア星系軍のフライヤ・ベルクでの一大拠点だ。たった一隻で乗り込んでくるとは思えない。後続に、大規模部隊が控えているのではないか。


「たった一隻でも敵だろ。こいつが大量の爆弾抱えてて、カミカゼかましてきたらどうするんだ」

「……! それは大変です」

「だろ。俺は、いまからこいつの対処をしなきゃならんらしいが、義成お前ならどうする」

「砲撃しましょう。簡単に排除できます」


 どう考えたってそれが一番いい。これは偵察の船で、本隊に情報を贈り続けているかもしれないんだ。もうすぐ訪れずれるであろう敵奇襲部隊の本隊にだ。エリア内の船数、稼働可能な戦力。単純だが、敵戦力の正確な数は、戦闘直前には最も重要な情報だ。

 

 だが、俺の意見は、

「ダメだ義成くん。戦力差が二倍以上ある場合は、まず降伏勧告をする必要がある。無警告で発砲すると国際法違反だ。天儀総司令も義成くんで遊んでいないで、真面目にやってください」

 という六川軍官房長の言葉であっさり却下された。というか天儀総司令は、俺で遊んでいたのか……。俺は真剣だったのに。


「だが、六川軍官房長これはどういうことだ。ヌナニア星系軍の本拠地に敵があらわれたわけだが、ヌナニア軍ってのはそんなに無能揃いなのか?」

「敵の潜入偵察部隊とも考えられます。証拠に映像にある艦は、隠蔽性能いんぺいせいのうの高そうな外見をしています。ご存知でしょうが、宇宙は広く、とても水も漏らさぬ防御網は不可能です。少数の部隊ならすり抜けて奥地まで潜入可能です。我々だって敵の後方に偵察を潜り込ませていますから」

「それにしたって普通ここまでくるか? ここはヌナニア軍の本拠地といていいぞ」

「たしかに、これほど深く侵入してきたのには驚きです。仮に意図した侵入ならば、彼らは帰ることを考えていないですね」


 ――つまり、これは敵の突破ではなく潜入か。

 これは奇襲攻撃や、奇襲攻撃の予兆ではなく。単発の偵察行動。戦線が突破されたわけでもないし、死を覚悟した特別攻撃でもないということだ。


「では、星守副官房。光学的な隠蔽率いんぺいりつを高めて、電子機器に対しても潜行していた敵は、なんで姿をあらわした。潜んだまま遠くに逃げればよかったろ」

「ウーン。細かいことまではわかりません。こちらの巡視部隊があばいたわけではないので、ミスかな……? ま、こんなところまできたら、遅かれ早かれこちらの警戒網にひっかかったでしょうけど。仮になにか計画あっての行動ならすぐさまそれを実行するはずです。だけど敵はなーんにもしてきません。おそらく艦内では、なんで隠蔽いんぺいがとかれたんだ、とか慌てふためいてるんじゃないですかねぇ」

「六川軍官房長、敵の規模は?」

「探索させましたが、見えている偵察型の重巡級じゅうじゅんきゅうが一だけです。艦影から太聖の八咫型重巡やたがたじゅうじゅんだと思われます。いうまえもなく本拠地を攻撃するには小さすぎます。僕も星守副官房の意見を支持します。敵は、事故でここまで流れ着きミスで姿を露見ろけんしてしまったとね」


 俺が遊ばれていたと思ったら、いつのまにか場の空気はピリリとし、本格的な話になっていた。実戦はこんな感じで展開していくのか。俺は、ヌナニア星系軍士官学校でたあとにナカノに送られたので、通常当たり前のようにやる艦上での勤務の経験がないのだ……。


「じゃあ義成。俺は、この敵へどう対処すべきだ」

「え? 自分ですか」

「お前だよ。義成ってのが、ここに他にいるのか!」


「すみません!」

 と俺は身を縮めた。怒鳴られたわけではないが、早く答えろよ、と天儀総司令からの圧はすさまじい。俺は、先程の六川軍官房長の言葉も踏まえ答えた。


「えっとこの場合は、降伏勧告が最適ではないかと進言します。敵の戦力は小規模すぎます。結果はわかりきっていて戦いは無意味です」

「ま、そうだな。じゃあ敵が降伏勧告を拒絶した場合はどうする」

「え、えっと……」

 

 ありえない事態すぎて、俺はすぐに答えがでなかった。この状況で敵は戦いを選択しないはずだ。絶対に勝てない。死ぬ。仮に戦闘したとして、ちょっと戦ってすぐにホワイトフラッグで、降伏勧告を突っぱねる意味がない意味がない。さっさと、おとなしく降伏したほうが待遇はいいだろう。


「敵は、突然アクシデントで慌ててんだぞー。降伏勧告を拒絶するかもしれん。じゃあその場合どうするだー義成ぃー。俺はわかんから教えてくれよー」

 

 くそ、天儀総司令め。面白がってるのか。ちくしょう。だが、

 ――えっと、その……。待ってください。すぐわかるんです。

 と、俺はしどろもどろだ。そんな俺を見て、星守副官房が口元を抑えて失笑。露骨にバカにして。人が困っているのになんて人だ。


 俺は、焦っていた。すでにいったが俺は、通常やる艦上の訓練の経験がないし、ここでミスしたくない。いいところを見せたい。なぜなら戦艦か、戦隊の規模の司令官に任命してもらいたいからだ。ここでしくじるとそれが遠のく。

 鬼美笑姉きみえねえの話では、天儀総司令は結果主義で、しかも戦闘での成果しか評価しないとのことだ。特命係は、総司令官の側近だが、戦闘指揮という立場からは一番ぐらい遠いい。

 

 俺が、迷いと煩悩の迷宮に入り込むなか、

 ――あっ!

 というモニターを見ていた六川軍官房長の小さな叫び。

 

 モニター内では件の敵重巡級一隻が重力砲の直撃をうけ大きくかたむいていた。

 さらにつづけて俺の見るモニターでは、二発、三発と敵艦が撃たれるさまが……。敵も応戦を開始。おい、まってくれ戦闘が開始されてるぞ! どうなってるんだこれは!? 敵はやっぱり破壊力のある戦略級兵器をつんでの決死の特別攻撃。片道切符の自爆攻撃だったのか!? ヤバイじゃないかこれは――!?

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