1-(エピローグ) ニッチ
俺は、総司令官室に入ると思い切って、指揮官クラスの仕事を与えて欲しいと天儀総司令に提案した。いや、おねだりした。実戦での経験がないと威厳に欠けて、仕事のパフォーマンスが低下するとか色々もっともらしい理由をつけて……。情けないが、だが、黙ってなにもしないよりは自分がどうしたいかつたえるほうがマシだ。
天儀総司令は、俺の提案を黙ってきていたが、俺の言葉が終わると、
「義成お前の耳の悪さはこの際目をつぶってやる。だが、耳の悪いお前は、特命係の仕事の内容が聞こえてなかったようなのでもう一度いってやる」
といって特命係の仕事の内容を口にしだした。
「俺の身辺警護」
「それは聞きました」
「あと敵艦隊中に、スパイを作れ」
「それも聞きました。できます」
「……できるのか。すごいな」
「できます。だから、ほかです。ヌナニア星系軍士官学校での教育をいかせる仕事です。あると思います」
「……ほかにあるか」
「はい。ほかにあります」
俺は、最後のお願いだとばかりに、強い気持ちを込めて平身低頭の気持ちで言葉を吐いたが……。
「ああ、そうだ。俺が無茶しそうになったら止めろ。いい忘れていたが、これが一番重要な任務だ」
ショックだった。俺が望んだ言葉は、天儀総司令からでなかった。
――悪いが幻滅の気分だ。
恥を忍んで指揮官クラスにしてくれと自薦したのに、天儀総司令の心にはまったく響かなかったのが辛い。本来、ヌナニア星系軍士官学校を卒業したものは、こんなお願いしなくても勝手に司令官になれる。だが、俺はナカノ送りにされて脱落した。だから俺はこうして恥をかいて、お願いしないと指揮官クラスになれない。そんな俺の気持ちは、この人にはわからない。旧軍のトップで敵の大艦隊を撃破してしまうような男の人生は常にエリート街道だったろう。トップの道を歩み続けてきた男には、俺のような挫折者の気持ちに迫ることができない……。
俺が沈んだ気持ちになり黙り込むなか、
「なあ義成。俺が、戻ってきた軍は変わっていたんだ」
と天儀総司令が少し声のトーンを変えていった。まるで語りかけてくるような温かさがあった。とりあえず俺は、くさくさした気持ちを捨て気持ちを切り替えることにした。なにか踏み込んだ話をしてくれると感じたからだ。
取り聞き入る態度とった俺に、天儀総司令が言葉を継いだ。
「……また戦ってみろといわれた。いろいろ考えはしたが、慣れ親しんだ軍隊生活。楽勝だぜと思って戻ってきた。ああ懐かしき宇宙の戦場。地上には栄光なかったが、宇宙には栄光があった。フライヤ・ベルクなんて田舎はしらんが、とにかくその栄光ある戦場だ。だが、戻ってききてみればそこにあったのは、グランダ軍じゃなくヌナニア軍。あたり前のことなのにな。少し驚いたよ。義成。俺の感覚は、いまだに旧軍のそれを引きずってる」
「旧軍の感覚を引きずっているとは、つまり人食い鬼の異名が発揮されると?」
「旧軍は、荒かったからな。規律正しい旧グランダ帝国軍。栄えある皇軍といえば聞こえがいいが、陛下の名を騙れば大き無茶だってとおった。規律違反者を張り倒すなんて、じつは当たり前だったし、しくじった部下にキレて怒鳴りつけたことも一度や二度じゃない。蹴飛ばしてやったことだってある」
「……。ヌナニア軍でそれをやると、解任される可能性が高いのでお勧めできませんね。方法を変えることを重ねてお勧めします」
「だが、困った。長年染み付いた行動は中々変えられん。頭で考えられても心までは納得しない。心に落ちるまでには、時間がかかる。戦闘中に興奮すればなおさらだ」
「……我を忘れて、怒鳴りつけたり手がでたりすると?」
「そうだ。俺がヌナニア軍しかしらんニュービーどもに苛ついて張り倒しそうだったらとめろ。お前のいうとおり、ヌナニア軍はパワハラもうるさいからな。下手に手をだすと解任される。俺は勝ったら死んでもいいぐらいだが、勝てるまでは解任もされないし死にたくもない」
「暴力を振るわないように努力してください。いまの若ものを暴力で従わせるのは不可能だと考えてください」
「努力はする。だが、着任して数日。俺は、ケツを蹴り上げてやりたいと百万回は思った。それだけじゃない。いま、軍で俺にものをいえるやつは少ない。星守副官房は、俺になにかと文句をつけてくるだろうが、それは俺を嫌っているからで真摯な心からくる助言ではない。俺が落とし穴の覆いを踏み抜きそうなら、彼女は黙って見ているだけだろう。」
「……穿ち過ぎです。ツンツンしていますが、任務に真面目な女性に見えます」
「その点、義成お前は信用できる。間違っていると感じたら行動せずにはいられない質だろ。お前は、俺の行動に疑問を感じたら遠慮なく、それこそはっ倒してもでも俺を止めろ。このためなら俺に、有形力を発揮すること許可する」
「まあ、不正義を見て、黙っていられないのは肯定します」
「それに勝てば増長する。偉くなれば誰も注意してくれなくなる。お前の任務は、俺の増長を叩き、間違いを注意することだ」
助言者が持てないとは総司令官として、すごく情けないお願いだ。だが、すごく、
――俺の心に響いた。
これは俺にしかお願いしてくれない任務だと感じた。俺が、口惜しく感じながら指揮官クラスにしてくれとたのむのと同じ思いで、天儀総司令は俺にお願いしている。まず俺が彼のお願いを聞くべきだ、と強く感じたときには、俺は静かに敬礼して拝命した。
「戦場を離れたがまだ戻ってきた」
「栄光があると仰っていましたね。戦場には、不思議な魅力があるということでしょうか? 聞いたことがあります。軍隊生活が長いと部隊員を家族と錯覚して離れがたくなると」
突然の死という理不尽と隣り合わせ。命と比べれば、従軍したということで退役後に得られるであろう年金もかすむものだ。毎月振り込まれる1万NUドル。年12万。低所得者なら年に一ヶ月余分の給料になるが、これが死の危険と隣り合わせの対価だったと思えば割りに合わない。
誰もが満期除隊を迎えるとき、
――もうここには戻ってこない
と決意するが、結局は四割が舞い戻ってくるというのを軍内機関誌で見たことがあった。
「……違うな」
「違う?」
「やがてこの戦争は、真実に至る」
「真実ですか?」
俺は、思わず失礼を承知で怪訝な表情をしてしまった。天儀総司令のいうことはあまりに抽象的だ。自身の内にある結論だけを口走ったにしても、その思考プロセスは飛躍しているように思うし、やはり戦争が真実に至るというのはよくわからない。戦争の理由がはっきりするということだろうか? それとも勝つということが真理ということも考えられる。軍人は勝つこがすべてだからな……。
「ああ、真実だ。戦争のはてに俺はそこへ辿り着くだろう。だから戻ってきた」
「辿り着くのですか?」
「ああ、だから勝ったら好きにしろ」
いま、この人の言葉は、死を超越している。あっさりいうこの人は、勝ったなら死んでいいと本気で心の底から思っているのだろう。なんの迷いもなく。この戦争に仮に勝てたとして、俺がその瞬間にこの人をザクッと刺したとして、
――おそらくこの人は満ち足りた表情するだろうな。
と強く予感した。
「人はいずれ死ぬべきもの。行く先に辿り着いたのなら悔いはない」
朝に悟りを知らば、夕べに死すとも可なり。俺がこの人を調べたときの人柄といったらおよそまともなものは少なかった。真面目だが……のあとにくるのは、鬼軍人、戦争屋、そして皇族殺し。天儀総司令は、汚名多き旧軍の人食い鬼。だが、そんな天儀総司令から感じた空気は、不思議にも論語の一節だった。
「では、自分は、天儀総司令が死んだら毎日墓参にいきますよ。昔話をしましょうよ。この戦争の話をね」
「毎日かよ。無理だ。嘘になるぞ」
「自分ならやれます。決めたことでやり抜けなかったことはありませんから」
「いや、いいよ。大体そんなにこられたんじゃ成仏きるもんもできん。騒がしすぎる。俺の身にもなれ」
「じゃあ月イチで」
「まあ、それならいいか」
「昔話ついでに、音楽でも流します」
「なるほど音楽か。そいつはいい。なら第九を頼むぜ」
「ベートーベンですね。やはり第四楽章でしょうか?」
「ああ、第四楽章だ。あれが好きだ。死んで流してもらうならあれだな」
天儀総司令が、不意に、
――心はほがらか♪ 喜び満ちて♪ 見交わす我らの明るき笑顔♪
と 口ずさんだ。
お世辞にも上手いとはいえなかったが、音律がわかないほどではないなかった。温かい第四楽章だ。
「意外です。もっと独裁的、いえ勇ましい曲がお好みかと思いました」
「人食い鬼の俺は、軍艦マーチでも好んでいそうか」
「すみません失礼しました」
「いや、いいんだ。軍歌は、音痴でも歌えるからな俺向きかもしれん」
「作詞もその訳がお好みなんですね。もっと勇ましい作詞で歌われているものが好みだと思いました」
そうすると天儀総司令が、
「たとえば?」
と問いかけてきたので、俺も覚えている歌詞を口ずさんだ。
――汝の威光のもとふたたび一つとなる。
――兄弟よ、自らの道を進め。
――英雄が勝利を目指すように喜ばしく。
「……こんなところでしょうかね」
「おお、博識だ。クラシックが好きなのか?」
「いいえ、クラシックは嫌いではありませんが、好みもしません。この曲をしったのは、十九世紀の戦史を漁っているときにアーカイブで見つけたのを聞きました」
「となると歴史好きなのか?」
「ええ、まあ、お恥ずかしい。ヌナニア星系軍士官学校ではよく資料室や図書室にいきましたし、ゼミは戦史の研究をしている教授の研究室に入りました」
「俺も歴史は好きだ。周囲からは古好癖なんて揶揄されるぐらいだ。旧軍では、また天儀が古典を引っ張りだしてへんてこな持論を展開してるなんてよくいわれた。だからヌナニア軍では黙ることにしてるぜ」
「……そうなんですか」
「で、なにを中心に勉強してたんだ?」
「最初は、戦史研究を目的で色々読みましたが、そのうち哲学に興味を持ちました」
「ほう哲学?」
「心学に人の生き方の深奥を見ました」
「王陽明か! とんでもなくマニアックだなお前は……」
「ご存知とは、天儀総司令のほうがよほどできますね。大抵いっても誰もしりませんよ」
「そりゃあ心学といったら論語の一派だろ? 古代の思想研究家でもなきゃしらんだろ。俺もほぼ名前しかしらんからな。だが、心学とはな。お前が俺を殺そうとした理由と、殺さなかった理由を理解した」
俺は少し驚いた。天儀総司令は、名前しかしらないといったわりに、心学の骨格となる理論は読んだことがあるのだろう。心学には有名な三つの言葉があるが、ざっくりいってしまえば、心欲するところに従えだ。そして知ることと行動は合一する。
兄を殺した相手が許せないだから殺す。だが、殺すことに違和感を覚えたからやめた。心の正義に従えば、考えをあらためるしかなく、考えあらためたのなら行動もあらためなければならない。だから俺のなかで、暗殺を中止したことへの矛盾はない。
「自分は、心学に子供のころから追い求めいていたものを見つけました」
「なんだそれは?」
「純粋さ。――正義です」
天儀総司令は、恥ずかしげもなくいった俺をまじまじと見つめていたが、
「……そうか。お前もこの戦争が終わるころには真実に辿り着くだろう。正義とはなにかをしるはずだ。それまでに、精々強さを身につけおくことだな」
といった。まるでそれは、正義となにかをしっているようないいぶりだったが、俺はこのとき、この人はそんな深い結論を持っていないとたかをくくっていた。人食い鬼。力を行使し、思うように物事を曲げるのが軍人の正義だ。……不純だ。
この作品は、現在大規模な改稿中です。
2020/8/16に、二章とする部分の半分まで改稿投稿しました。
一章を読み終えブクマしたいと思っていただけたのなら長い目で見てくださることをお願い申し上げなければならないことを心苦しく思います。
来月中になんとか二章を終わらせ最新話を書きたいと考えています。




