4-(30) 天括球10
「あきれた義成。いたのかよお前」
というアキノック将軍の出迎えの言葉ににいくら俺は若干の安心。どうも怒られるという空気ではなさそうだ。
「義成いつからお気づきで? って顔だな。最初からだ。俺をたばかるのは百年早い」
「そ、そうですか……。天儀総司令は防諜能力に自分は感服しました」
「おべっかはいい。すぐ気づいたぞ。俺は、無いノートの雑に取ってこいって指示したんだ。当然お前は、しばらくしたら、どんなノートですか? とかノートなんてないと部屋に戻ってくるはずだ。それがてんでこないで、部屋に残っているのがバレバレだ」
「……うぅッ」
俺は特殊工作員としてきわめてバツが悪い。簡単に潜んでいることを見破られていただなんて恥ずかしすぎる。
「そうそうアキノック。義成はセシリー教え子だぞ」
「義成お前ナカノなのかよ。へー、セシリア嬢の教え子か。大変だったな」
どうやらさすがはアキノック将軍。彼はヌナニア軍でもほんの一握りしかしらない秘密学校ナカノの存在をしっているようだ。やはりこの人は偉大な軍人なのだ。
「あそこはヤバいレベルで厳しかったろ。義成お前、天儀にやられたな」
「天儀総司令にやられたですか? えっと、なぜ天儀総司令が関係あるのでしょうか」
「なんだしらんのか義成。ナカノは、戦後に天儀が、スパイの専門教育をやる秘匿された学校を作りたいっていってできたんだぞ。いわばあれは天儀の軍への置き土産だ。少しこじつけかもしれんが、義成お前がナカノで苦しむハメになったのは天儀が発端だ」
「天儀総司令――!」
「おい義成。人を鬼か悪魔かと言うような目で見てどうした。失礼じゃないか」
「酷いです。俺が、いや、スクール生全員が、あそこで総大官にどんな仕打ちをうけたか……」
「ん、そうなのか? だが、そこの教育を誰がやるとかが決まったのは俺が軍を引退後で、俺が印を押したのは、学校創設の許可だけだぞ」
「いい加減で軽薄な発言だ。過酷すぎる訓練で、スクール生には死人だってでてるんですよ!」
途端に天儀総司令の顔が、驚きと気まずさで引きつった。この表情一つで、天儀総司令がナカノの酷い実態を把握していなかったのは明らかだ。ナカノは厳しいと聞いても、この人はちょっと逸脱したシゴキ程度の想像しかなかったのだろう。証拠に天儀総司令は、とても気まずそうにして、
「聞かなかったことにする」
と口にして、とっとこの話を終わらせた。そんな天儀総司令に、俺は、いい加減で横暴な対応だと感じたが、きわめて不満を顕にする表情で黙ることにした。
問題は山積している。悔しいが、ナカノがどうだとかは後回しにするしかない……。いまナカノの問題を騒いでも、対応は無理なので無視されるのは目に見えている。戦場には状況がある。いまあるのは、ヌナニア軍が劣勢というとても芳しくない状況だ。
「で、とにかくだ。話を戻すが、義成に命じて視察団がくるまでに、きみの違法基地から、視察団から見て問題となるようなエッチな要素を全部取り除く」
「うーむ。問題なエッチな部分を取り除くのか……」
「嫌なのか? 自分の夢を、男一生の夢が他人にいじくり回されるのが」
「いや、そんなわけない。この期に及んで、俺だってそんなバカじゃない。俺が心配なのは、問題でないエッチな部分を探すほうが大変だってことだ。エッチなラーメ店に、エッチな便所に、道路にだって看板にだってポルノ描かせたしな。俺が懸念するのは間に合うかだ」
「そんなに全部エッチなのか?」
「ああ。全部エッチだぞ」
「まずいな。そこまでエッチだとは考えていなかった……」
「うむ。だが、そこまでエッチなんだ。すまんと思うが、俺の宇宙基地は、エッチの山だ」
……俺の目の前で、大の男二人が、しかも総司令官と戦線総監が、しかも戦争の英雄二人が、真剣な顔でエッチを連呼している……。俺は、いま確信をもったが、この二人はかなりバカな男達だ。
だが、そんなバカな男の片割れである天儀総司令は、俺のほうを向い向くとこう命じてきた。
「ということだ。とにかく義成お前は、視察団がくるまでに、違法基地を視察団共に見させられるように直ちに改善しろ」
厳格に命令してくる天儀総司令は、有無を言わせない感じでいってきたが、俺は、
「無理です」
と拒否した。
だってそうだろ。こんな国家犯罪スレスレの国営性風俗店の開設事業の片棒をかつぐなんて俺にはまっぴらだ。それに俺は一度視察したときに、二人のいうエッチの山を目撃している。あれを二日で、視察団が見ても問題ないものに改善しろというのは無理難題だ。
そもそも何重にも下請けになるといっているが、結局性風俗店を作る資金の出処は国庫。性風俗店で遊ぶ兵士達の給料の出処も国庫。つまり作ったやつも利用者も国! 絶対にやりたくない。もちろん天儀総司令は、俺の拒否にとても不快を感じたようで、憮然としてまた命じてきた。
「可能だ。やれ。優秀なお前がやれば間に合う」
「間に合う間に合わないではありません。これは純然たる国営性風俗店。つまり国家犯罪です。無理という表現が婉曲でしたね。では、はっきり申し上げます。嫌です。感情的に受け付けません」
「……うるせえ。感情的にってことは、気に入らないからやりたくないってことだろ。ガキかお前は。やれ」
「無理です」
「やれって!」
「嫌ですって!」
「やれよ!」
「嫌なんで、無理です!!」
だが、結局俺はやらされるハメに……。アキノック将軍は、
――わりいな義成。なんとかしてくれ。
と笑っていた。なんて軽薄な人だ……。
そして俺は、大急ぎで準備を開始。視察団がくるまでにあと二日だ。大規模宇宙基地。全部を改修するには短すぎる。とにかく大慌てで、アキノック将軍の宇宙基地に乗り込んだ俺は、その日から文字通り不眠不休。
なんとか視察団到着の二時間前に改修を終了。俺は、寝不足顔を笑顔に変えながら、官僚達を出迎えるハメとなった。
「この基地の施設は、例としてとても誇張して作られています。わかりやすくするためです。いいですか。わかりやすくするために、とても誇張して作られています。これから泊地パラス・アテネで作るものの見本ですので、誇張さております。このとおり作る必要はありませんし、これをいくぶんかマイルドにしたものが適正というのが、我々の認識だということをご留意ください。いくつか過激なものがありますが、発注した業者やクリエイターが張り切りすぎてしまっただけです」
視察団を前にした最初の挨拶。俺は、人は気まずさと見に覚えがあると、長々と言い訳をするものだなということを実感した。
それから俺は、宇宙基地内を説明しながら案内。どう考えても言い訳の立たないエロいだけの銅像も、使用目的の男性器のディテールの山も、石膏で女性器を象ったものがひたすら並んでいる大通りも、すべてを、前衛芸術です、誇張です、現代アートです、いわゆるポルノアートです、と説明。
だが、すべてが嘘だ。ここにあるものは、すべてがアキノック将軍の煩悩の産物でしかない。なかには芸術的な意味合いが含まれているものもあるのかもしれないが、とにかくアキノック将軍は、芸術的な高尚さなど微塵も持ち合わせずに卑俗なエロ目的でしか設置を命じていない。断言できる。
というか、よくこれだけエロいものを、宇宙基地いっぱいに設置できたことを逆に感心できる。すごい。本当にすごい。最低過ぎてすごい。
そして俺の言葉を熱心にメモする視察団の面々。
――これは通用しているのか?
じつはこの人達は、俺の嘘なんて見抜いていて、そのうえで俺の説明を聞いているんじゃないのか。視察団を構成する人員は、政府と防衛省の職員。純然たるエリート集団といっていい。この人たちがいま熱心にメモっているのは、俺が何回嘘を吐いたかのカウントだったりしたらシャレにならないのだが……。
「ここに設置されている作品は、チーヨット・アル氏の手によるものです。エロ(小声)の前衛芸術(大声)です!」
俺のなかで前衛芸術の定義が崩壊した瞬間だったが、そもそも俺は芸術に対して深い造詣があるわけじゃない。前衛芸術がなにかといわれるとよくわからないので、いいだろう。とにかく視察団の反応は良好だ。
「ああ、有名ですね。なるほど。あのポルノ作家とも批判をうける男に発注したんですね。挑戦的だ」
「その手の前衛芸術家のなかでもチーヨット先生の作品は過激ですからね。ですが、性風俗店という一歩間違えれば卑俗なものになりやすい空間に、先進的な芸術家の作品を設置したのは評価できる」
「まー、チーヨット先生の芸術的センスは、エロいの一言ですからね」
これが肯定の言葉なのか、批判なのか俺にはまったくわからない。そして視察団の面々の心中わからずでは、まったく生きた心地がしない。俺は、とりあえず無難に真顔でうなづいておいた。
「あのー……。二つ前の店舗でしたが、あそこに児童ポルノに抵触しかねないものがいくつかありましたがー……?」
どうしよう。これは……。まずいぞ。あれはヤバいと思っていたんだ撤去しようとしたが、忙しすぎて間に合わなかったんだ。俺が、うーんんッ! そうですね! と無駄にめいっぱいためて必死に適当な言い訳を探していると、
「いや、あの作品の製作者の星野風太郎は、現代のドガといわれているほどの人物です。まあ彼の作品は、少女の裸体を題材としている彫刻なので、フェミや人権団体から批判のまとですが、大丈夫です。芸術です。ヌナニアの芸術祭でも賞を取っていますから」
と視察団の一人の官僚から思わぬ発言。これで質問者だけでなく、みな納得した様子だ。
やばかった……。やはり皆さん。
――これはちょっとどうなんだ?
と思う作品が多々あったんですね。そうですよね。なんたって説明している俺は、全部問題に感じますからね!!! セーフがどれかわからない。全部アウトにしか見えない!
なお、俺はドガについてまったくしらなかったので後で調べたが、こんな人だった。
――エドガー・ドガ
地球時代の19世紀の著名な芸術家で、踊り子をモチーフにした作品が多く。その中でも『十四歳の小さな踊り子』という彫刻は傑作。だが、その十四歳の小さな踊り子の像を発表した当時は、あまりのリアルさと艶めかしさに、一時展示を禁止され、服を着せての再展示となったとか書いてあった。なるほど、いまでも伝わる芸術家の最高傑作も、世間的には児童ポルノ。しかもエロすぎでダメだったのか……。ならここにある作品の数々もセーフ……。んなわけない!
なお、天儀総司令は、到着した視察団とアキノック将軍を引き合わせてから泊地パラス・アテネへ急いで帰ったようだ。そりゃあそうだ。いま、総司令部では天儀総司令の肝いりの大規模連続作戦の大詰めの段階。
「攻撃はタイミングがすべで、そして計画は素早いことがすべてだ」
この天儀総司令の言葉で、作戦計画は突貫工事。軍官房部の六川軍官房長や、星守副官房。そして兵站という名の膨大な事務雑務を担当する鹿島主計部長は、睡眠時間を削っても作業していた。そんな作戦計画の実行を延期して、ここにきたのだからアキノック将軍の責任は重大だ。
そう。軍官房部以下、総司令部内の面々からアキノック将軍は、かなり恨まれているだろう。延期となれば時間的余裕が発生してみんな楽に、なんてことにはならない。この場合は逆だ。なにせ天儀総司令が留守にすることで、天儀総司令担当ぶんの膨大な仕事が、すでに手一杯という状態の総司令部の面々に振り分けられたのだから……。
俺は、視察団の案内と説明を問題なく終わらせると、すぐさま戦線旗艦リットリオに舞い戻った。理由は、これからおこなわれる戦闘に参加するためだ。
俺の乗艦を待っていたかのように、戦線旗艦リットリオを始め第七戦線天括の多くの艦艇が音もなく出発した。
艦隊隊列が形成されるなか俺は、急いでブリッジまで駆けあがり、司令部区画でアキノック将軍の横に立ったのだった。なお、俺の登場に気づいたエレナ戦線副総監は、ニコリと笑って、
「参月特命。お疲れさまでした!」
といって手を振ってくれた。規律正しい軍人であり淑女であるエレナ戦線副総監が見せた思わぬ行動。大人な女性の少女のような溌剌さ。俺は思わずドキリとした。
そしてドキリとするだけじゃない。俺は、本当にエレナ戦線副総監は偉いなと感じた。彼女は、いま、移動隊形の形成にとても忙しい。こんなに気づかい普通はできない。この人が、アキノック将軍の戦線総監としての立場を守っている、と俺は感じた。
なお、今回の俺は、観戦武官というていだ。とくに作戦中の役割を与えられていないが、
――宇宙最速の戦闘指揮はいかなるものか?
今回、アキノック将軍の指揮を見ることは今後の俺にとって重要だし、俺はまだこの人が大失敗を犯さないか心配だった。第七戦線天括総監のこの人には、色々と懸念が多い……。
部下から軽んじられていて、お飾り的な戦線総監。素行不良で指揮能力は、とても疑わしく、クイック・アキノックの異名は、女に手を出す早さというのがもっぱらだ。
だが――。そんなアキノック将軍の背が、いまは自信に満ちとても頼りがいのあるものに感じられた。
――本当に勝てるかもしれない?
いや、勝たなければ困るのだが、正直ってアキノック将軍は、フライヤ・フリューゲ攻略に秒で失敗し、即行で一番の僻地の戦線に左遷。左遷された第七戦線では、やってられるかと腐ってハーレム作って遊んでいた。これだけで、いや、これだけのことをやらかせば、まったく信用できない。
むしろ失敗を巻き返そうと無理をして、大失敗を繰り返すのではないかという懸念を俺は抱いているが……。そんな俺へ、腕組みするアキノック将軍が声をかけてきた。
「義成。素早く勝つって言葉をどういうか知っているか?」
「速攻で勝つといった意味ですか……。色々あるとは思いますが、ぱっとは思いつきませんね」
「俺は、知っている。克捷だ」
「なるほど。はやいという意味の漢字で捷つですか。この漢字自体に、素早く勝つという意味があったと記憶しています。克つには、力を尽くすという意味がありますから。克捷、つまり力を尽くし素早く勝つですか」
つまるところ分進合撃だ。素早く移動し、素早く戦力を集結させる。そうすれば、敵の準備が整う前に決戦できる。これで、短期間で、しかも一度きりの戦闘で決着がつく。いまでも理想的な戦いかたとされている。
俺の言葉に、アキノック将軍は、お前は勉強家だな、というような感心した笑みを見せてから言葉を継いだ。
「あるとき天儀が、帝へ上奏した。エルンスト・アキノックは克捷する臣なりと。それ以来、帝は俺の顔を見ると〝アキノック。克捷しておるか〟と声をかけてくださるようになった」
なるほど昔話しか――。と俺は思った。クイック・アキノックの異名の源泉となるようなエピソード。いまのアキノック将軍は、絶体絶命といっていい。勝てば万事が解決されるといっても、その勝つことが難しいのはいうまでもない。
――昔の威勢の良かったころを思いだして、折れそうな心を鼓舞しているのかもしれない。
という感想を俺は持った。なにせ勝てなければ、解任銃殺コース確定だからな……。そして繰り返すが、勝つのはそんなに簡単なことじゃない。
アキノック将軍は、いうまでもなく旧グランダ軍の出身だ。グランダには皇帝いるので、その軍は皇軍といわれていた。とにかく俺にはよくわからない感覚なのだが、旧グランダ系の軍人にとって皇帝とは特別の存在らしい。それは見るからに軽薄で、伊達なアキノック将軍にとっても例外ではないらしい。
「嬉しかったが、同時にそんなに何度も克捷できるかよとも思った。不敬にも俺は、帝は戦いをご存じないなとも感じた。だって、帝の仰っしゃりようは、まるで俺が戦うときは必ず克捷だというようだったからな」
俺は、うなづくことで相槌とした。アキノック将軍は、語りたいのだ。最後の戦闘になるかもしれないこのときに、自分語りの一つぐらい許されていいはずだ。俺は、そう考え根気よくアキノック将軍の話を聞くことにした。
「だが、よくよく考えてみれば違う。俺が自分の言動を真摯に見つめ直してみれば、普段の俺は、自分が思っている以上にカスだった。女のケツばかり追って、ほかは適応だ。そんな俺の価値といえば、克捷しかない。おそらく……いや、間違いなく帝は、俺を理解してくださった。何万、いや何億人もの相手をする帝が俺を……ッ」
旧グランダ軍で、実力と皇帝の抜擢だけで出世したアキノックは、軽んじられがちだったが皇帝がつど声をかけるようになってから、周囲のアキノックを見る目は変わった。誰もが軽く扱わなくなった。人々の態度は、アキノックの軍事的能力に釣り合うものとなった。そうなったのは、皇帝が声をかけてくださるから、皇帝が声をかけてくださるきっかけを作ってくれたのは天儀。
――アキノック。克捷しておるか。
は、グランダ皇帝にとって元気にしているか程度の気楽さだったが、同時に重い意味も内包していた。
「天儀は、俺を唯一理解するものだ。義成お前だけに正直に言うが、俺は人生で最も価値あるものの一つをじつは手にしているんじゃないのか? いま、奮起しなければそれを失う――」
思ってみれば、世の中で自分を理解してくれる人間の少ないことか。両親、祖父母、親友、妻、兄弟、このなかの誰か一人だって本当の自分を理解してくれない人間だっている。だが、アキノックは天儀という幸運に恵まれた。
義成は、目をこすった。なぜなら昨日のまでのあのアキノック将軍が、今日は別物だ。女性を前にニヤけるこの人は偽物で、いまのこの人が本物かもしれない……。そう思うと、
――物の本質とはなんなのか?
と義成は考えざるを得なかった。一瞬だけ垣間見せる煌めきが、この人なのか。それは違って、常態で見せる女たらしの男が、アキノック将軍という人のなのか。このあとの戦いだけが、それを証明しうる。




