夜
10
日が暮れていく──下校時刻が迫るなかで、部長さんが言った言葉が印象に残っている。
「化石というのは──そして過去というものは、それ自体には意味のないものなんだ」
骨格標本の前でいまだに激論を交わしている部員たちのほうを向きながら、どこか遠くを見るような顔で。
「ある生物の化石が発掘されること。そのことにはなんの意味もない。ただその生物が生きて死んで化石になった、それだけのことだからね。──そこに意味を見いだすのは、キミたち人間のほうだ」
まるで、自分が人間ではないかのような口ぶりで。
「その生物が生きていたのが、どんな時代だったのか。そこはどんな環境で、他の生物とどう関係していたのか。化石の形から、機能から、人間は想像する。意味を探す。けれどその意味とは、化石そのものにあるわけではない」
今日の霧野くんの推理も同じだ、と彼女は言う。
「トリケラトプスの骨格標本が赤く塗られていた。そこにキミは意味を探して、けれど見つけられなかった。キミが真実に到達したのは、骨格標本が赤く塗られたことではなく、赤く塗った人間の意図を考えたからだ。赤く塗られた骨格標本が存在すること自体に意味はない。それは何も語らない」
議論を続けている彼らも同じだ、と彼女は言う。
「意味を見いだそうとする人間がいるからこそ、そこに意味が生まれる。動機はなんでもいい。過去を知るためでも、今を生きるためでも、結果としてそれは未来に繋がっている。過去を知った喜びを得る未来に。今を生きた先へ続く未来に。過去の存在である化石は何も語らない。けれど、その化石が語りそうなことを想像して誰かが語ることは、少しずつ未来を変えていく」
だからボクは化石と、地学部と──人間が好きなのさ、と。
ひどく眩しいものを見つめるように、彼女は言う。
日が暮れていく。下校時刻が迫り、議論の終刻が近づいていく。
それを知りながら、よりいっそう議論を白熱させていく地学部の部員たちを──トリケラトプスは、決して語ることなく見つめていた。