095
真夜中の森の中。
「ペイニー、頼むぞ」
「はい、ゴーラン様。任せてください」
死神族が十体、そっと森を抜け出した。
目的地はファーラ領にある砦。
それは山の上に建ち、三方を厳しい崖に囲まれている。
侵入路は近くの森から――その一カ所しかない。
比較的小規模なそれを今から襲う。
月明かりの下、ペイニーたちはそっと砦に忍び寄る。
さすがは幽鬼種。監視がいるはずだが、見つかることはなかった。
「いいか、門が開いたら一気になだれ込むぞ。砦には数倍の兵がいる。ほとんどは寝ているはずだ。見つけ次第蹴散らしてやれ」
作戦は至極単純。
死神族が数体、砦の中に入り、そっと門を開ける。
もちろんその時点で気づかれるが、先に向かったペイニーたちが門を死守する。
援軍が到着する前に俺たちがなだれ込むという寸法だ。
ペイニーには無理をするなと伝えてある。
もし見張りが多ければ、撤退するように命令した。
「……まだか」
じりじりと時間だけが過ぎていく。
森の中から砦を窺うが、門が開かれた気配はない。
振り返ると、布をかぶったサイファたちオーガ族がじれったそうに身体を揺すっている。
今回の襲撃、まず失敗しないと俺は思っている。
砦の規模はそれほど大きくない。
だがもし、中に強力な個体がいたらと考えると、嫌な汗が止まらない。
ここでの敗走は、作戦全体に影響を及ぼしてしまう。
俺は飛び出したくなる衝動を抑え込み、門が開かれるのをじっと待った。
額から流れ出た汗が地面にシミをつくり始めた頃、ゆっくりと内側から門が開かれるのが見えた。作戦成功だ。
……よし!
機は熟した。あとは突っ込むだけだ。
「お前ら、いくぞ!」
「「うぇーっす!」」
俺は駆けだした。
背後からオーガ族と死神族が雄叫びを上げながら追従してくる。
「……ちょっ、声! 出てる!」
黙って突撃すれば、侵入までの時間が稼げたのだが……もう遅い。
突撃の鬨の声は、砦にも聞こえたことだろう。
「ええい、ままよ!」
俺は金棒を振り上げた。もう行くしかない。
「ヒャッハー!」
門内に駆け込むと、オーガ族たちは邪魔な布を取り払った。
「ちょっ、おまっ!!」
もう駄目だ、こいつら。完全に我を忘れている。
結局、くどいほどに念を押した偽装工作は突入した瞬間に潰えた。
「いっけぇえええええ!」
ここまで来たならしょうがない。
やつらのやる気を削がないように好きにやらせた方がいい。
建物内になだれ込んでいくオーガ族。
死神族は中庭に陣取り、出てきた敵を確実に仕留めていく。
「金目オーク族か」
ゴブリン族が騒いでいるが、戦闘に加わる様子はない。
建物の中からやってきたのは、豚顔に長い牙。
そして目には、金を流し込んだかのような一色のみ。
彼らは金目オーク族と言い、亜人種の中では下位と中位の間くらい。
オーク族の中では上位に入るが、俺たちオーガ族よりも劣る。
「……ここは安心して任せられるな」
連れてきたのはオーガ族の中でも精鋭。
死神族はもともと種族的にかなり上位にいる。
奇襲ということで、戦闘面で後れを取ることはないだろう。そう思っていたら……。
――ババン、バババン。
「しまった! 雷砲か」
魔界には銃も大砲もない。おそらく発明されていないのだろう。
ただし、火薬は存在している。
戦争での使いどころは、今のような音を出すだけ。爆竹だ。
玉を飛ばすなんて発想はない。
――ババン、バババン……ババン、バババン……
山の上にあったために、遠くまで雷砲の音が響き渡った。
音が近くの砦へ伝わってしまった。
火薬は高価なしろものだ。
こんな辺鄙な砦に置いてあるとは思わなかった。
だが、レニノスとの国境を見張るには必要だったのだろう。
「ゴーラン様、どうしましょう?」
ペイニーがやってきた。
「すぐに物見が来るだろうな。撤退する姿を見られたくない。もう少ししたら撤収するぞ」
「分かりました」
隣の砦から、足の速い者を向かわせるはずだ。
モタモタしていると姿を見られてしまう。
「問題はどこへ逃げるかだ」
もときた森へ向かった後、そのまま直進するとレニノス領に行くことになる。
ファーラの軍隊をおびき寄せたいので、もういちど国境を越えるのは得策ではない。
「奥へ行くか」
危険度は跳ね上がるが、ファーラ領の奥深くへ入り込むことに決めた。
「脱出するぞ。全員俺に続け!」
「うぇーっす!」
ファーラ軍もまさか自領奥深くへ逃げるとは思わないだろう。思わないでほしい。
俺たちは闇に紛れて撤収を開始した。
最初はもとの森へ向かい、森の中で弧を描きながら進む。
途中、森から出たときに見ると、いくつかの砦が明るく瞬いていた。
たいまつを燃やしているのだろう。
「俺たちはこのまま進むぞ」
警戒しているのはレニノス領との国境側。
俺たちはファーラ領を悠々と進み、昼前に人目につかない安全地帯を見つけた。
森の中で、ここのように突然木がまったくないスポットがある。
休憩するのにちょうどよい場所だ。
「もうひとつくらい襲撃をかけるぞ。それまではよく休んでおけ」
俺はごろりと横になった。
その日の夜、俺たちは街道から外れた小さな砦をひとつ落とした。ファーラ領へかなり入ってしまっている。
この砦まで襲撃の知らせは届いただろうが、とくに警戒した様子はなかった。
前回と同じように死神族が先行して、中から門を開けてもらう。
ふたつの砦を監視していたのはゴブリン族だった。
彼らは戦闘に向かない種族だが、数が多く、魔界中に生息している。
こういった仕事を任せるのにちょうどよいのだろう。
門からなだれ込んだ俺たちが砦内を蹂躙していたとき、大きな羽音が複数聞こえた。
空を飛べる種族が援軍を呼びに飛び立ったのだと思う。
やはりこの辺の連絡手段は簡単に潰せないようだ。
ぐずぐずしていると、空から奇襲を受けてしまう。
「ようし、撤収だ!」
ほどほどが一番。
俺は部下をまとめて、脱出を図った。