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◎小魔王メルヴィスの城 ファルネーゼ
太鼓が景気よく打ち鳴らされ、城に集まった群衆の歓声が空に向かって轟いている。
出陣の合図である。
小魔王メルヴィスが眠りについてからというもの、このような派手な出陣式はついぞ行われていなかった。
将軍ファルネーゼは、数人の部下とともに城のバルコニーから下を眺めている。
「……城下は異様な熱気に包まれているな」
幾年ぶりかとファルネーゼは呟いた。
部下たちは礼儀正しく、無言で上官の話を聞いている。
これから将軍ゴロゴダーンの軍勢が城を出る。
城下に集まったのは住民ばかりではない。
戦争は物入りである。商人は儲けに敏感である。
ゆえに多くの商人が物資を持って、城下に店を出していた。
その中には小魔王レニノスが放った間者もいるだろうとファルネーゼは考えている。
厳しく精査すれば、商人はここを離れ、二度と戻ってこない。
そして別の国でこの国の情報をタダで放出することだろう。
魔界の住人はやられっぱなしということはない。
やられたらやり返す。それは商人でも変わらない。
「どれだけ潜ませたのか分からないが、せいぜいたくさんの情報を持ち帰ってくれ」
ゴロゴダーンの出陣はすぐにレニノスの知るところとなる。
現在、レニノスの国は中央にある城にレニノスが鎮座し、南は大狒狒族のムジュラが守っている。
北のファーラ領付近にはノスフェラトゥ族のトトワールがいると報告にあった。
ゴロゴダーンが国境を越えれば、ムジュラがやってくることだろう。
ムジュラがどこで待ち構えるか分からないが、国境を越えたらすぐに動き出すはず。
ゴロゴダーンは予定通り派手に進軍し、決して深入りしない。戦場は国境付近となるはずである。
「その間に私たちがレニノスの国を落としてやるさ……準備はできているね」
ファルネーゼは副官のアタラスシアに聞いた。
「問題ありません……かなり危険ですが、準備は完了しています」
「そう。決死隊の人選は?」
「予備を含めて十名、選び終えています」
「ならばいい。ゴロゴダーンがレニノスとの間にある国境を越えたら、目はそこに集中する。その隙に出かけよう」
「はい。いつでも大丈夫です」
今回、ファルネーゼは魔王トラルザードに対するため、南にいることになっている。
事実、多くの兵を南に移動させている最中である。
これもフェイク。
他の小魔王国と同じ準備をしている風に見せかけているだけだ。
ファルネーゼ自身はこのあとすぐに、少数精鋭でレニノスの首を落としに行く。
その際、少しでも生存確率をあげるため、様々な準備をした。
決戦の場に赴くのは五名。予備としてもう五名連れて行く。
小魔王レニノスは、巨人種のヘカトンケイル族である。
とにかく大きく、とにかく強い。頑丈にも程がある。
ファルネーゼの爪や牙は通用しないと見ている。
かすり傷程度は与えられるかもしれないが、それだけだ。
魔素量を考えれば、かすり傷が与えられるだけでもすごいことだろう。
ゆえに、フェリシアとどうすれば勝てるのか、連日会議を行ってきた。
今回使用するのは『毒』。
物理と魔法に強い耐性があるヘカトンケイル族に、通常の戦法は意味をなさない。
ゆえに考えたのが毒攻撃である。
強力な毒液を周囲に散布し、援軍を排除する。
そこから気化する毒ガスで身体の内部を腐食させる作戦だ。
もちろんファルネーゼ自身もそれを吸い込むことになるが、あらかじめ解毒の薬を飲んでおくし、もともと夜魔種は毒に対して特大の耐性がある。
肉体をもたないレイス族ほどではないが、死神族よりかは上である。
ゆえに毒液を撒いたとして、重大なダメージを受けるのはレニノスのみとなる。
「そしてこれか……」
ゴーランに「何かいい案はないか」と尋ねたときに返ってきた答えがこれであった。
――拘束具
ヘカトンケイル種は大きいゆえの反動か、機敏に動くことができない。
通常の一撃が必殺技にも相当するため、速度で敵を撹乱する必要が無いのだ。
もともと動きが遅いなら、動けなくさせちゃえばいいんじゃないか。
そうゴーランは言った。
たしかに素早い相手を捕まえるのは難しいが、動きが遅ければなんとかなる。
ファルネーゼはすぐさまゴーランの案を採用し、相手の行動を阻害する鎖を作ろうとした。
そこで待ったをかけたのがフェリシアである。
「でしたら、簡単に外れないものを作ってはどうでしょうか」
そう提案されて、最終的にできあがったのは、頭からすっぽり被せる拘束具だった。
もちろん頭から被せるなど、容易にできることではない。
そのために用意したのは煙幕。
視界がふさがれても巨大なヘカトンケイル族の身体を隠すことは難しい。
一方、ヴァンパイア族は煙に紛れることができる。
レニノスを倒すために弱点を攻め、動きを封じた。
ファルネーゼが最後に求めたのは武器。それも絶対的な破壊力をもつもの。
「……これね。いい感じだ」
ヴァンパイア族の膂力があって初めて使える金属製の杭。
杭にしてはいささか……いや、かなり太い。
先端は針のように尖っている。これを頭に突き刺せば、さしもの小魔王とて致命傷は免れない。
それでも、ここまでの準備をしてはじめて互角。
何か歯車が狂えば、優位など容易にひっくり返る。
だからファルネーゼは気を引き締める。
「さて私たちはこっそりと行こうじゃないか」
空を飛んで移動できるヴァンパイア族に道は必要ない。
あとは闇夜を待って移動すればいい。
すでに賽は投げられている。
あとはもう、実行するのみ。




