092
◎ワイルドハント ネヒョル
力自慢のミノタウロス族は魔法が使えない。
斧を好んで使用し、肉弾戦を得意としている。
ただし、魔法に対する耐性は高い。
高位の種族だからか、物理と魔法、明らかな弱点は存在していない。
「さすがギガント種だね。ちょっと手こずっちゃったかな」
大幅に増加した魔素がなかったら、かなり苦戦しただろう。
ネヒョルはそう感じた。
それでも今のネヒョルならば、少々やりにくい程度の相手だ。
ギガントミノタウロス族の身体がどうと倒れた。
直後、周囲にいたミノタウロス族たちが恐慌状態に陥り、算を乱すように逃げていく。
それをやってきた黒衣の集団が狩っていく。
ここからは一方的な展開だ。
ネヒョルはその様に目を向けず、城の一番高い場所を目指す。
「これで小魔王チリルの国は落ちたっと。次はどっちに行こうかなぁ」
ネヒョルは好奇心いっぱいの表情で、城の高みから遠くを展望する。
その先には、どこの国があるのか……。
城内の敵を粗方殲滅し終えたワイルドハントの一団は、部下を引き連れて城を出発した。
このあと城にやってきた将軍たちは、城の惨状に驚き、小魔王チリルがすでに倒された後であることに深い憤りを感じた。
自分たちがそこにいれば。
そう思うものの、これだけ見事な襲撃ならば、自分たちがいたところで結果は同じだったのかもしれない。
いや、これは敵の奇襲だ。迎撃側がしっかりしていれば、結果はまた違ったものになっただろう。
そんなことを考えつつ、全ての将軍が集まったとき、誰かが言いだした。
――それで次の王は誰になるんだと
小魔王チリルが倒されたことで、麾下の将軍たちは反目し合い、内戦状態に突入する。
将軍が軍を率いて他の将軍を襲い、漁夫の利をねらって別の将軍が後ろから参戦する。
国内の混乱が最高潮に達したとき、隣国が襲撃を開始してきた。
これにより、内戦が一転して防衛戦へと早変わりしていく。
小魔王チリルの国は、王が倒れたことによって混迷を深めていく。
◎魔王トラルザードの国 メラルダ
トラルザードとリーガードの攻防は一進一退。
いまだ決着を付けるに至っていないが、魔王国どうしの戦いはこんなものである。
総力戦を行えば、勝った方とて大ダメージを受ける。
そこを狙われたらひとたまりもない。
局地戦をしつつ、敵戦力を減らしていくのが常套となっている。
そんな中、前線を離れた将軍メラルダの軍は、自領に帰ることをせず、軍を東に向けた。
東には小魔王国群が存在している。
攻め込めば簡単に手に入るだろうが、その先には大魔王国が控えている。
そんな危険な国と国境を同じにしたくない。
小魔王国を併呑して大魔王国の隣まで国土を広げるならば、その前に周辺の魔王国を平らげた方がいい。
ゆえに魔王トラルザードは、軍を東に展開したことはなかった。
そのため、小国家群の慌てようは凄まじいもので、逆にこちらへ攻め込んでくるのではと思わせるほど、反応は劇的であった。
「……なに? 小魔王チリルが落ちたじゃと?」
城からメラルダ宛に使者がやってきた。
伝えられた内容は、驚愕に値するものであった。
「それでチリルの国はどうなったのじゃ?」
「王が不在ゆえ、混乱が起こっているとのことです。このままですと将軍どうしが争い、その余波は他国にまで広がるのではと予想されております」
「ふむ。御苦労であった。休むがよい」
全ての報告を聞いたあと、メラルダはその端正な顔をゆがめた。
魔王リーガードとの戦いは、過去よりずっと続いている。
この先も変わらないだろう。
魔王ジャニウスは魔王ギドマンとの戦いに忙しく、こちらに気を配る余裕はない。
ゆえに小魔王国群へ牽制のための軍を派遣する余裕があった。
チリルが倒され、国の西側が混乱すれば、魔王トラルザードはそちらにも気を配らねばならなくなる。
兵も有限、将軍も有限である状態で、多くの戦線を維持する余裕はトラルザードにもない。
人材は豊富だが、守るべき国土も広く、敵も多いのだ。
「西か。何事もなければよいが……いや、混乱は必至か」
同格の将軍どうしが争うならば、戦いは長期化するだろう。
お互いに手の内を知っていれば、尚更だ。
それを黙って指をくわえている他国ではない。
他の小魔王国は、これ幸いと介入してくるはずだ。
「西は混乱するな」
それがいつなのか。
メラルダにはそう遠くない未来のことに思えた。
「……それと、一体だれが小魔王チリルを倒した?」
その情報はまだ掴めていないらしく、報告にはなかった。
ただ、何者かによって倒されたとしか。
仮にもチリルは小魔王である。
そんな存在を簡単に倒せるような存在など、そうそういない。
メラルダは、とある会談で上がった名を思い出したが、首を振って追い払った。
予断を許す内容ではない。
「西にも目を放っておく必要がありそうじゃな」
メラルダはそう独りごちた。