009
初対面のときから軽いノリだったネヒョル軍団長だったが、今回だけは真面目な顔で聞いてきた。
ならば俺も真面目に答えようと思う。
「どうして……と聞かれたのでしたら、舐められないためと答えておきます。それと仲間を守るためですかね」
グロボは俺が気にくわなかったから突っかかってきた。
もしここが日本で、グロボが会社員だったら、不満を顔に出すことすらしなかっただろう。
個人の感情など胸の内に仕舞って、何食わぬ顔で会議に参加して、そのまま解散していっただろう。
だが魔界は違う。むかつけば突っかかるし、そうでなくてもすぐに上下関係をつけたがる。
自分の方が強いか弱いかは生きていく上で重要なことであり、みな何よりそれを優先している。
なぜならそれが、魔界の住人の存在意義だからだ。
考えるたび、気が滅入ってくる。
ここはなんて世紀末な世界なのだろう。
「ねえ、ゴーラン。舐められたくなかったから喧嘩を買ったの?」
「そうですね。グーデンは舐められてましたよね。いまの布陣を見れば分かります」
「あは。分かっちゃった?」
「中央のロボスとゴブゴブ兄弟の所に戦力が集中しすぎていますよ。丘の上を占拠している状況で、もっとも数の少ない俺の部隊が攻勢をかける意味はないでしょう」
グーデンをけしかけたのか、自分から言い出したのか分からない。
ただオーガ族の突撃をネヒョルが認めた。そこが大事だ。
会議で見たあの布陣ならば、左右の陣は瓦解しないように守っているだけで良かったはずだ。
今のオーガ族の戦力で敵の陣地を落とすのは難しい。
それを敢えてやらせていることから、俺たちは消耗品扱いされていると考えた。
だからすぐに人員が足りなくなって、追加の徴兵が求められるのだ。
それは軍団長が俺たちの部隊を軽く見ている証拠。ようは舐められているわけだ。
「でもゴーランは落とすんだよね、明日」
そう。それが分かっていてなお俺は、敵陣を落とすと言った。
「だからそれは仲間を守るためです。あそこさえ落とせば、当分の間は楽できますからね」
運良く敵陣を落とせたとしても、そのまま中央を挟撃しに向かうことはできない。
それでも敵が構築した陣を破壊し、もうあとは敵本陣へいつでも出撃できる状態になっていれば、明後日からの戦闘に参加しなくてよくなる。
右翼から睨みを利かせるだけで、俺たちの部隊は戦闘に貢献していることになるのだ。
「なるほどね。ゴーランは仲間を守りたいと」
「当たり前です。部隊長の俺が軽く扱われると、部下たちも軽く扱われますからね。そこは譲れません」
俺が強ければ、ゴブゴブ兄弟とビーヤンは、俺や俺の部下たちをないがしろにできなくなる。
さきのタイマンは、オーガ族の地位向上に役立ったと思う。
「そっか。じゃ、それについてボクは何も言わない」
「ありがとうございます」
お墨付きを得た……でいいのかな?
「けど、できれば彼らも仲間だと認めてほしいかな。ボクたちは同じ軍団でしょ」
困った。そう来るか。
「善処します」
「うん、今のところはそれでいいや」
それだけ言うと、ネヒョルはかき消えた。
やっぱり現れたり消えたりするのは、ヴァンパイア族の特殊技能か。今度知っていそうな者に聞いてみよう。
「……ふう、やれやれ」
ネヒョルの気配がなくなったので帰ろうとすると、副官のリグが固まっていた。
なぜ部隊長になった当日に、他の部隊長に喧嘩を売るのかと呆れられてしまった。
「オーガ族では普通のことなんだよ」と言ったら、長い息を吐き出していた。
もの凄く言いたいことが一杯あって、それをすべて飲み込んだんだと思う。
帰り道、リグがずっと黙ったままなのが気まずい。
「なあ、リグ。もし生まれ変わったら、何になりたい?」
沈黙に耐えかねて、俺は変な質問をしてしまった。
「考えたこともないですが……上位種でしょうか」
「コボルド族の上位種っていうと……ラージコボルド族だっけ?」
「そうです」
「もっとこう、強いのとか、カッコイイのとかにはなりたくないのか? たとえばヴァンパイア族とか」
ネヒョルは強いぞ。
「いえ、私はコボルド族ですから、生まれ変わってもコボルド族がいいです」
「ふうん」
リグはコボルド族である今の自分が気に入っているらしい。
強さに関係なく、コボルドという種族に誇りを持っているのだろう。
俺はどうだろうか。人間からオーガ族に転生した。次に生まれ変われるとしたら、何になりたいだろうか。
魔界では上位種というのは多数いる。絶対数が少ないだけで、種類は豊富だ。
でも俺はヴァンパイア族や竜族になりたいだろうか。どうだろう。あまりそうなった自分が想像できない。
「ゴーラン様は、オーガ族がお嫌いですか?」
沈黙した俺を見かねて、リグが問いかけてきた。
「そんなことはないぞ」
もとは人間だったが、オーガ族に転生しても嫌悪感も抱いてない。
だが、次に生まれ変わるとしたら……ああ、そうか。
「俺は守れるようになりたいんだ」
「はっ?」
「そうか……種族は何でもいいんだ。俺は、俺が守ると決めた連中を最後まで守れるならば、何になってもいいみたいだ」
ストンと気持ちが落ちた。
母が言っていた台詞、守ると決めたならば、命を賭してでも守り抜きなさい。
それが実現できるなら、どんな種族だっていいし、何に生まれ変わっても、やることは変わらない。
「あの……ゴーラン様?」
「ありがとう、リグ。俺のアイデンティティが確認できた気がするよ」
上機嫌になった俺に、リグは「良かったですね」とやや引き気味だった。
翌朝俺は、自分の部下に作戦を伝えた。
「いいか、今日は敵陣に突っ込んであそこを占領する」
言っていることはグーデンのときと変わらない。
そのため、部下たちはなにを今更という顔をしている。
「ただし今回はバラバラに突っ込むぞ。それとレイス族を無視する。目指すは陣の破壊だ」
細かい説明はいい。したってこいつらには分からない。
めいめいが突っ込んで、石と木でできた陣を破壊する。それが最初の目標だ。
それが達成されたら、次の命令を出せばいい。
「この中で〈腕力強化〉を持っている者はそれに変えておけ。ないやつは〈岩投げ〉だ」
グーデンは防御が高くなる〈赤い肌〉を好んで使っていたが、もともと魔法耐性がほとんどないオーガ族では、たかが知れている。
飛来する魔法が当たれば一撃で死ぬんだから、少しくらい防御をあげたところで、この戦場では意味はない。
「よしおまえら、一気にいくぞ! 俺に続けぇ!」
「――ォオオ!」
俺の部隊は六十体のオーガだけ。涙が出るほど少ない。
だがやるしかない。
昨日までは隊列を組んで突撃していたのでいい的になっていたが、今日は違う。
一人一人がかなりの距離を開けて走っている。
これならば魔法を撃つ方だって、狙いが絞れない。
しかも前が詰まっていないので、俺たちは全速力で走ることができる。
昨日の半分の時間で敵陣近くまでたどり着けた。
「レイス族は無視だ。陣地を壊せ! 中に入れ! 邪魔する奴は蹴散らせ!」
「うおぉおおおお!」
咆哮とともに、敵陣のあちこちで破砕音が聞こえてくる。
俺も棍棒の一撃で石垣を破壊し、それを乗り越えて敵陣の中に入っていった。