088
途中死神族の村に立ち寄ってからはどこにも寄り道せず、俺は村に帰ってきた。
「うん、ここは平和だ」
村に入った早々、オーガ族どうしの殴り合いを見てしまったが、それはいつもの日常だ。
この村では、殴り合う光景を見ない方が異常だったりする。
そのため、ときおり聞こえてくる怒声なども蝉の鳴き声程度でしかない。風物詩と同じだ。
「おかえりー!」
道を歩いていると、ベッカが俺を見つけて近寄ってきた。
何か背負っている。
「おうただいま」
ほぼ毎日俺に転がされているにもかかわらず、よく寄ってこられるな。
同世代の連中は怖がって、俺と目すら合わせないというのに。
「あれ? ゴーランはどっか行ってたの?」
ひどい言い様である。連日家に押しかけてきて戦いを挑むくせに、俺がいなくなったのを忘れているとか。
「町までな……それよりおまえの背中、なんだそれ?」
ベッカは、キメラみたいな生き物を背負っている。
「これ? 猪と大蛇と狼だよ。今日の獲物」
「そうか……別々に持ってきたらどうだ?」
猪の口の中に大蛇が頭から詰め込まれている。
もちろん口に入るのは頭から少しいったところまでだ。残りは口からにょ~んと出ている。
その先を狼の首に巻き付け……蛇でしばってあるのか。
ようは、ひとつの生き物のようにして持ち帰ってきたと。シュール過ぎる。
なんというか、一般的なオーガ族でもベッカほど適当じゃないぞ。
「それ、全部殴り殺したのか?」
「どうだっけ? バキッとやったかな」
ベッカの場合、純粋な腕力だけなら、兄のサイファをしのぐ。
俺なんか握手したら手を握りつぶされる。
ただベッカの場合、身体の使い方が適当なので、掴まれたことは一度も無いが。
ベッカと分かれて我が家に入る。
「お帰りなさい」
「おかえりなさいませ」
ペイニーとリグが俺の家にいた。なぜだろう。
「今日あたり帰ってくると思っていましたので、こちらで待たしていただきました。食事の用意ができていますので、どうぞ」
さすが俺の副官。よく分かっている。
「ありがとうな、リグ」
「いいえ。お帰りがもう少し早いかと思って、先に準備しておりましたもので、若干冷めていますが」
「ああ、死神族の村に寄ってみたんだ。遅れたのはそのせいだな」
帰りの時間まで把握されているのか。これはさすがと言うべきか、恐ろしいと言うべきか。
「私の村にですか?」
「ルマに会ってきた。特に用はなかったのだが、一度村を見ておこうと思ってな」
「そうでしたか。あそこはいいところです」
オーガ族にとっては湿っぽい場所だが、それは言わないでおいとく。
「そういえば、他国の死神族がこの国に来たいと聞いたが」
「前回私が村に戻ったときに、その話を聞きました。ですが、交流のあった一族ではないようで、互いに知っている相手がいないようなのです。ですので、来るかどうかまだ分からないだろうと聞きました」
「国をまたいで移動するだけでも大変だしな。落ちつく気になったらくればいいさ。……それより、また戦争が始まりそうだ」
「相手はどこですか?」
リグの顔が険しくなる。
「同じだ。今度はこっちから攻め上がる」
「…………」
リグもペイニーも驚いた顔をした。
「小魔王レニノスは強大です。戦力的にはかなり厳しいのではないでしょうか」
「そうだな。死なないために、そして負けないために準備は必要だな」
戦争と言っても、実際に攻め込むのは密約をしたトラルザードが動き出した後になる。完全な他力本願だ。
トラルザードが他の小魔王国を引きつけてくれないと、怖くて攻め込めやしないのだ。
そして俺の案が採用されるならば、俺たちがファーラの軍をレニノスの国まで連れてこなくてはならない。
「いろいろ準備が必要だな」
少しでも生存確率を上げるためなら、なんでもしたい。
「次もがんばります」
ペイニーが意気込んでいる。
ようやく死神族の居場所ができたのだ。これを失いたくないのだろう。
失いたくないのは俺も一緒だ。
「おそらくかなり厳しい戦いになる。ただし、時間は十分ある。いまから気を張っていると疲れてしまうぞ」
どうせ戦いからは逃げられないのだ。
覚悟を決めて特訓だな。またかと言われそうだが。
俺はリグに頼んで、レノニスとファーラの国の地図を取り寄せてもらった。
城にあるということなので、リグには写しに行ってもらったのだ。
その間俺は、オーガ族と死神族を分け隔てなく特訓した。
簡単に言うと、特殊技能なしの組み手だ。
なぜか魔界の住人は種族固有の能力や、特殊技能に頼るクセがある。
他種族と違う自分たちだけのものなので、頼りたくなる気持ちは分かるのだが。
俺はそれを矯正したかったのだ。
それと困ったことに、それだけ依存度の高い特殊技能であるにもかかわらず、その有効具合を検証していない場合が多い。
俺からしたら「何やっているんだ!」と怒鳴りたくなる体たらくである。
出撃までの二ヶ月間、俺は連中を徹底的にシゴキ、甘えを捨て去らせた上で、心を折るまで相手をした。
おかげで俺の方が強くなったかもしれない。
ちなみに、死神族の基礎能力は凄かったとだけ、言っておこう。俺も相当鍛えられた。
こうして準備が調ったところで、出陣の命令が届いた。いいタイミングだ。
俺の作戦が了承されたとの報告も届いた。
レニノス討伐がこれから始まるのである。




