087
将軍が軍団長を呼んで会議するのは分かる。部下の意見は貴重だ。
だが、なんで俺がそこにいるのだろうか。
俺の意見など、必要ないだろうに。
会議を終えて村に帰る道すがら、ずっとそんなことを思っていた。
「でも、俺の知らないところで作戦が決まるってのもな」
仲間たちのだれひとりだって死んで欲しくない。どんなに名誉の戦死でも死は死。変わるものではない。
死ぬなんて愚かなことだ。戦いなんか忘れて、面白おかしく暮らせばいい。俺はそう思っている。
「現実には、そんなことできないけどな」
たとえば死神族。
もしこの国が戦わずにレニノスの傘下に入ったとする。
ペイニー以下、死神族はまた流浪の旅に出るか、レニノスの軍に殺されることだろう。
こんな世紀末な世の中じゃ、「命を大切にね」と言ったところで鼻で笑われてお終いだ。
危険視され、嫌われている死神族が生き残れる可能性は低い。
自由が欲しかったら、自分で勝ち取るしかない。
俺だって戦いを拒否することはできる。
「戦争に出てくれ」「嫌です」なんて言ったら、粛清されるか国を追い出される覚悟が必要だが、一度くらいならば拒否できると思う。
「ただ、それをして何になるかだよな」
魔界で戦いを拒否するような奴に生きる資格はない。
だれがそんな軟弱者を仲間と認めるだろうか。
結局、参戦は拒否できない。自分の中で折り合いをつけるしかないのだ。
だから俺は、俺が守れる範囲のものだけを必死に守る。それが俺の限界だ。
「それ以上は抱え込めねえよな」
こんな世の中じゃ、勇者のように世界すべてを救うなんてこと、できやしない。
いや、小覇王ヤマトがこの世界に戻ってくれば可能か?
ヤマトと当時の部下が健在だったら、それもありだったのかもしれない。よく分からないけど。
「……こっちは死神族の村か」
そういえば村を作ったとはいえ、まだ一度も行ってなかった。
連絡はペイニーがやってくれたから必要なかったのだ。
「行ってみるか」
とくに理由があるわけじゃないが、邪険にはされないだろ。
俺は、死神族の村がある方へ足を向けた。
「これはゴーラン様、ようこそいらっしゃいました」
出迎えてくれたのは老年にさしかかった死神族のルマ。
ルマは村内のとりまとめをしている。
俺が行くと、数人の死神族が出迎えてくれたが、村に入る前にも気配を感じたので、どこかで見張りがいたのだろう。
死神族は他種族から忌避されているので、襲撃を警戒しているのかもしれない。
少なくともオーガ族の村では、入り口に見張りを置いたりしないし。
「やあ、ルマ。まだ一度も村に足を運んでなかったからな。ちょっと寄ってみた」
「そうでございましたか。ここは陽に当たる時間も短く、過ごしやすい場所でございます。ただ、ゴーラン様にはややジメジメしていると感じるかもしれません」
ここは山間というよりも、谷と言った方が相応しい場所だ。
たしかに雨上がりの山の麓みたいにジメジメしている。ここが、死神族には適所らしいというのだから不思議だ。
陽が差し込むのは昼の前後一時間くらいなので、村内はほぼ一日中薄暗い。
やはり、種族的な好悪は俺には分からん。
「この地を気に入ってもらえてなによりだ。ちなみに今日は特に用があったわけじゃないんで……」
用もないし、話もない。
何しにきたと言われれば、ただ気が向いただけとしか答えようがない。
「でしたら、村を案内いたしましょうか」
「そうだな。視察するのもいいかもしれない」
なるほど視察か。いい名目だ。
俺はルマに連れられて村を歩く。
死神族は日中あまり家の外に出ることはない。
夕方くらいからノソノソと家から這い出してくるらしい。
家と言っても、大きな木の枝葉を幾重にも重ね合わせた簡易的なものだ。
「しっかりした家が必要ならば、人を寄越すが」
コボルド族やレプラコーン族ならば、ファルネーゼ将軍の麾下にたくさんいる。
手先が器用な者が多いので、何かを作るときはかなり重宝している。
丸太ならばオーガ族がいくらでも用意できるし、力があるから家を建てるのもそれほど手間ではない。
「お気遣いありがとうございます。ですが、私どもは昔からこのような暮らしでしたので、別段不自由しておりません」
魔界の住人はとにかく身体が丈夫なので、人ならば容易に体調を崩すような環境でも平気だったりする。
かくいう俺も、ベッドは板を敷いただけの簡単なものだ。
ふかふかのベッドが存在しないというのもあるが、板だけでも別段寝苦しいということもない。
転生してから生活が雑になったが、「そういうものか」と思っている。
「そういえば、ゴーラン様。ひとつお願いがございまして」
「……ん? なんだ?」
「先日の戦いで我ら死神族も参戦しました」
「ああ、あれはかなり助かった」
やはり上位種族だけのことはある。
とにかく攻撃を受けても死ににくい。それだけでもかなり違う。
また要所要所でいい働きをしてくれたのも大きい。
個としても強く、集団戦もできる。死神族は得がたい人材だと思っている。
「私どもが参戦したことが知れたようで、現在他国に隠れ住んでいる同胞がこちらに移住したいと言い出すかもしれません」
「ふむ? いつの間に?」
「死神族が国を超えて移動するのは難しいですので、代理の者が来ました。まだ向こうでも意志の統一ができていないようですので、確定ではないのですが」
小魔王レニノスの動向は周辺国でかなり警戒されているらしい。
現在この国に侵攻して敗れた噂が流れているようで、そのとき死神族が活躍したとの話も同時に噂されているとか。
「ルールが守れるなら俺は別に構わない。条件は同じだ。それでいいならば受け入れると伝えてくれ」
「ありがとうございます。次に来たときに、そう話をさせていただきます」
前回の戦いで、死神族の中でも数名の死者が出た。
全員を守り切るのはやはり不可能だ。
かといって逃げるわけにもいかない。
いまのこの平和な生活を守るため、俺は彼らを戦地へ連れて行くしかない。
矛盾しているようだが、それが正解だ。
そのかわり、少しでも生き残れるよう、作戦を考えるつもりだ。
「……だから今回の会議に出たのは、間違ってないはずだよな」
オーガ族を使い捨てにされないよう、俺が目を光らせる。
それが俺の魔界の処世術だろう。
その後もあちこちを見て回って、俺は死神族の村をあとにした。