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作戦としては単純なものだ。
他の部隊を誘い出して、大将の守りを薄くする。
気づかれたら対処されてしまうが、俺たちとファーラが連携する可能性はないので、隠密で行動する部隊が見破られない限り、作戦としては有効だ。
ファーラにしても、レニノスの国からやってきた一団ならば、どうしても対処せざるを得ない。
ファーラが疑ったとしよう。それでも現実的な被害があるならば無視できない。
国境付近まで軍を出したらこちらのもの。
レニノスだって、それを放置できないだろう。
「たしかにうまく行きそうな気もするが、フェリシアはどう思う」
いつもはこうやって策を立てる役目をフェリシアがやっていたんだろうな。
いまは軍団長で大忙しだが。
「そうですね。成功するかどうかは別として、いい案だと思います」
「成功するかどうかというのは?」
「いくつか偶然に頼る要素がありますね。見つからずにファーラ領まで行けるのかとか、ファーラとレニノスの軍に追いかけられて、捕まらずに済むのかとかですね。そしてなにより、一軍だけで小魔王レニノスが倒せるのか……が最大でしょうか」
「レニノスはやはり大変か」
「二将軍の部隊が襲いかかってようやく四割の勝率でしょうか。一将軍のみだと二割程度に落ちると思います」
「なるほど、ゴーラン。その点についてはどうだ?」
「運の要素はあるでしょうね。完璧な勝利を得たいのならば、敵より強い者を敵より多く集めればいいんです」
「国力が違いすぎる。現時点では不可能だな」
「でしたら、運に頼るのも仕方ないかと」
「そう言いつつ、他に何かありそうですけれども」
フェリシアは俺の言い方になにか引っかかりを感じたようだ。
「いえ、戦略としてはこれ以上思いつきませんでした」
「では、戦略ではなく戦術としてはどうですか?」
フェリシアはもう一歩踏み込んできた。
「限りなく運の要素に左右されないための手段はあります」
「そうですか。聞いても?」
「構いません」
なんか掌で転がされている気がしているのだが、どうせ失敗すれば俺の命もない。
俺は他の将軍についてあまり知らない。ゆえに若干自信がないのだけど。
「巨人種を多く引き連れているゴロゴダーン将軍は、防衛戦には向きません。部下の多くは破壊に特化したタイプだったと思います」
そこで二人を見たら、頷いている。大丈夫なようだ。
「守りより攻め。敵陣に向かって好き勝手させた方が、本人も部下も力を発揮できます。ゆえに囮としてレニノスの国へ侵攻するには、ゴロゴダーン将軍がピッタリでしょう」
「なるほど。それはいいかもしれないね。それで?」
「配下に夜魔種が多くいるファルネーゼ将軍がレニノスを討つべきだと考えます。敵の城までは夜間移動が主になりますし」
ヴァンパイア族だけでなく、ロボスのような魔獣族、そして狼男に代表されるような夜に力を発揮する者たちが多くいる。
彼らを連れて、夜陰に紛れて行動してもらう方が成功率が上がりやすい。
できれば城へ襲いかかるのも、夜間の方がいいと俺は考えている。
ちなみにダルダロス将軍は城の守りだ。
ダルダロス将軍は飛天族。
配下の者も昼間に活動する者たちが多いらしいので、隠密行動には合わない。
「私がレニノスね」
「俺は適任と考えます」
この国でファルネーゼ将軍にできなければ、だれにも不可能だろう。
レニノスはヘカトンケイル族なので、同種のゴロゴダーンだと分が悪い。
ここはファルネーゼ将軍に、魔術でドカンとやってもらいたい。
「なるほど。よく分かったよ。……とするともうひとつ気になるのは、小魔王ファーラの領地へ行く一団だな。最後はレニノスの追っ手も来るだろうし、前後を挟まれることになると思うが」
「そこは言い出しっぺの俺が担当します。部隊の進軍度合いと撤退のタイミングは、全体を理解していないとできないですから」
結局、フェリシアはこれを言わせたかったのではなかろうか。
俺も言われれば、行くのはやぶさかではないし、自分で提案したからには責任を取るつもりでいた。
「とまあ、このような戦術ではどうでしょう。少しは運の要素が減りましたか?」
半分嫌みで言ってみた。
「結構だと思います。不確定要素が考慮されておりませんが、それさえ無視すれば、なかなかの作戦だと思います」
「さすがに不確定要素全ては網羅できませんね」
「そうですね。分かります」
それこそ、いつのまにか敵に小魔王が二人増えていたとか。
そういった、ありとあらゆる事を考慮に入れて作戦を立てられるほど、こちらに余裕はない。
「分かった。今の話を詰めてみる。その上で、他の将軍に掛け合ってみよう」
「よろしくお願いします」
もう用はないだろう。そう思って俺は部屋を出ていった。
もう帰っていいよな?
◎ファルネーゼとフェリシア
「……どう思う? いまの」
「ええ、はじめ言われたときは信じられませんでしたが」
そうしてふたりの密談は続く。