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魔界本紀 下剋上のゴーラン  作者: もぎ すず
第2章 ワイルドハント編
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◎ワイルドハント ネヒョル


 魔王リーガードの国の東に小魔王レグラスの国がある。


 この国は、過去数百年のうちに三つの小魔王国を滅ぼしている。

 周辺諸国でレグルスの名は、野心的な小魔王として広まっている。


 現在レグルスの国は、国内に四人の小魔王を抱えていることと、比較的大きな領土を持つことで、周辺諸国から警戒感をもたれている。


 野心が高く、こちらから手を出せば噛みついてくる国。そんな風に思われている。




 とある日の夜。

 この国に、大魔王ビハシニの国から国境を越えてやってきた集団があった。


 その集団は一種異様であった。

 全員が黒衣に身を包み、少数ながらも規律のとれた一団であることがうかがえた。


 それだけならば、身分を隠したどこかの軍隊かと思うかもしれない。

 だが他と決定的に違うのは、それが周囲に死をまき散らす集団だからであろう。


「……ふう。やっと国境越えか。大変だったね」

 久し振りだよ、こんなに移動したのと言って笑ったのは、ネヒョル。


 それに付き従うのは、亡霊騎士や髑髏どくろ魔道士、それにデュラハンの群れだった。


 彼らはここに来るまでの間に村々を襲っている。

 あろうことか、彼らは奪った命を抱えて移動してきたのである。


 ある者は剣に刺し、またあるものは身体の一部だけを馬の脇に結わいて。


 ネヒョルを筆頭に、黒衣の集団はレグルスの住む城へ向かって直進する。




 不気味な集団はレグルスの城に入ると、そのまま玉座の間まで進んだ。

 先頭はもちろんネヒョル。


 ネヒョルの行動を止める者はだれもいない。

 周囲の者たちは驚きに目を見開き、固まったまま。


 玉座に座るレグルスが、ここではじめてネヒョルに視線を向けた。


「やあ、久し振り」


 それはあまりに軽い挨拶。

 小魔王に対してそれは如何いかがなものだろうか。


 そしてネヒョルはレグルスに近づく。

 控えていたレグルスの側近は、あまりのことに剣に手を掛けた。


 一方レグルスは玉座から悠然と立ち上がると、ネヒョルの方へ歩を進め……直前で膝をついて臣下の礼をとった。


「おかえりなさいませ、ネヒョル様」


「うん。レグルスも御苦労さま」

「もったいないお言葉です」


 ネヒョルとレグルス。ふたりの間に何があったのか。

 それを知る者は、もはや多くない。


 すでに三百年経っている。

 高位種族はいまだ寿命がきていないが、それでも引退する者は多い。


 ネヒョルとレグルスの間には、余人が入れない「親しさ」があった。


「それではお返し致します」

 レグルスの胸から現れた光の帯は、ネヒョルの周囲を回ると身体の中に入った。


 それは支配のオーブによるつながりの証し。


「大丈夫みたいだね」

「このレグルス。ネヒョル様のお帰りを一日千秋の思いで待ち焦がれていました。念願は果たせたのですね」


 周囲の者がいぶかしむ。

 念願とは何なのか。


「そうだね。それは大丈夫。……でもさ、ずっと起きないんだもの。時間が掛かっちゃったよ」


「そのようですね。ではどのようにしてお聞きしたのでしょう?」

「最初は起きるのを待つつもりだったんだけどさ、何か記録がないか探したの。そしたら、昔の手記があるって聞いてね。もしかしてと思ったわけ」


「なるほど。それが当たりだったわけですね」

「そういうこと。ハズレだったら、知らんぷりして戻ったんだけどねー」


「ようございました。これで私の肩の荷が下ろせます」


「うん。今までありがと。けど、必要なものが二つあるから、レグルスにも働いてもらうからね」


「そうでしたか。では、悲願成就にはまだ今少し?」

「うん。魔界を混乱させたら早まると思う。だから、これから忙しくなるよ」

「望むところです。もちろん私はネヒョル様についていきます」


「レグルスならばそう言うと思ったよ」

 ネヒョルは笑いながら玉座に座った。



 恭しく頭を垂れているレグルスを一顧だにせず、ネヒョルはここまでの道中に読んだ日記の中身に思いを馳せた。


 小魔王メルヴィスの日記には、エルダーヴァンパイア族に至った経緯が書かれていた。

 だが、直接的な表現ではない。


 ネヒョルはそれこそ日記を何度も読み返し、前後の状況をじっくりと解析した上でひとつの仮説を立てた。


 それは、考えるにあまりに無謀なこと。


 魔王クラスの魔石と天界の住人が持つ生命石。

 このふたつを同時に体内に取り込むことによって、ヴァンパイア族は一段高みへと進化できる。


(片方だけ取り込むと身体を蝕まれるのね。しかも同じくらいの大きさじゃないと駄目って、結構条件が厳しいよね)


 魔界の住人が止めを刺すと、魔石の中に含まれる力はその人の一部となってしまう。

 魔界の住人が敵を倒すことで支配のオーブの器を広げられるのには、そういった理由があった。

 それでは駄目なのだ。力なき魔石では意味が無い。


 つまり、ネヒョルが魔石を手に入れるには、魔王が死ぬ直前に、魔石を体内から取り出さねばならない。

 魔王クラス相手にそれを行うのがどれだけ大変か。


「でもまあ、何とかなるかな。問題は天界だよね。大規模な侵攻が来てくれないと生命石が手に入らないものね」


 しかも魔王クラスの生命石を持った天界の住人が、果たして都合よく魔界にやってくるものなのか。


「このままじゃだめだよね。魔界がもっと乱れなきゃ。戦乱が魔界全土に広がって、魔王がボコボコ沸いてくるようじゃないと、魔王を倒すなんて無理だよね」


 ただ待っているつもりはネヒョルにはなかった。

 魔界が混乱すればするほど、なりたて(・・・・)の魔王が増えてくる。

 魔王に成り上がったばかりの者など、討つことが容易い。


 同時に、天穴がどこに開こうが、魔界が混乱していれば国境を越えて駆けつけやすくなる。


 つまり今のネヒョルは、どうやって魔界を混乱の渦中に叩き込むか、それだけを考えていた。


「どうやればいいかな……楽しみだなぁ」


 血で血を洗う世界を想像して、ネヒョルの笑みは止まらなかった。




 その日、支配の石版に小魔王ネヒョルの名がひっそりと記された。




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