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まるで少女のような外見のミョーネだが、見習いかと思ったら、正規の軍人だそうな。 ヴァンパイア族の外見と年齢が分からん。
「上司からお伝えするようにと言われた内容があります。それ以外は質問していただければ、お答え致します」
「分かりました」
「それでは」とミョーネは前置きしてから、事の次第を語った。
かいつまんでいうと、以下のような事らしい。
まず城の地下書庫だが、ここにはメルヴィスが集めた書が大量に保管されているという。
基本メルヴィスの私物なので、将軍以下、通常は誰も読むことはない。
ただし、書物は長年置いておくと虫に食われたりするので、陰干しや空気の入れ換えなどが行われるという。
その際、中の確認はしているらしい。
つまり地下書庫にある本について知っている者はそれなりにいて、将軍以外にも書の題名や中身を見たことがある者は、ごく少数ながら存在しているという。
「ネヒョルがどこで知ったのか分かりませんが、そこに小魔王メルヴィス様の日記帳があることを掴んだようです」
「日記帳ですか」
なんだろう。小魔王と日記……あまりピンとこない。
俺にとってメルヴィスというのは、厳めしい老ヴァンパイアだ。
それがチマチマと日記を付けているのが想像できない。
食べた物の記録でもしているのだろうか。
それとお出かけしたときの様子とか……うん、想像できない。
「当初は書籍に興味があると思っていましたが、書庫からなくなったものが日記だけなのです」
ちゃんと蔵書のリストも作ってあるらしい。
どの棚の何列目に何があるのか、しっかりと書き込んであるとか。
たしかに掃除をするときにバラバラになったら困るからな。
「それで無くなったのが日記帳が一冊だけ?」
「そうです」
なにがやりたいんだ、ネヒョルは。
「そういえば、一緒に書庫に入った人がいましたよね。名前はたしか……イーギス」
「はい。イーギス殿には連日、ネヒョルが何の本を手に取ったのか、報告させています。それによると、片っ端から日記を閲覧していたようです」
「ということは、最初から日記狙いか。そこにネヒョルが求めるものがあったのですね? それはなんです?」
「確かなことは分かりません。そのイーギス殿ですが、書庫内でネヒョルに殺されました。腕の立つ者でしたが、地上にいた誰もが気づかないうちに殺されたようです」
「…………」
メルヴィスの日記を読みあさり、そのうちの一冊を持ち逃げした。
その際、監視役のヴァンパイア族を殺している。
なかなか非道なことをするじゃないか。
「一応、日記の前後から、おそらくですけど、ネヒョルが求めていたものが分かりました」
分かったのか。
「それは何です?」
「失われた日記帳の前と後では、メルヴィス様にある変化が起こっています」
「変化……それは?」
「メルヴィス様がエルダーヴァンパイア族になったか、なっていないかの違いです」
「!?」
上位種族に進化するには、それぞれ固有の条件がある。
樹妖精族ならば、長い間生きていればよいし、デュラハン族ならば、どこかにあるという自分の身体か頭を見つければいい。
オーガ族の場合、喰って寝て、敵を倒していればそのうち到達できる。
種族として下位の者ほど上位種に進化するのは容易だったりする。
逆に上位種族の場合は、アイテムが必要だったり、特定の経験を積まなければならなかったりと、なかなか難しい。
「たしかエルダーヴァンパイア族って……」
「現存しているエルダーヴァンパイア族は、メルヴィス様以外におりません」
「と、ということは、ネヒョルは、上位種に進化する方法を探していたと?」
「そう考えるのが妥当かと思います」
「…………」
ネヒョルはあの飄々(ひょうひょう)とした顔や言動の裏で、そんなことを考えていたのか。
そして俺を使ってファルネーゼ将軍を城から遠ざけたのも、監視役のイーギスを殺したのも、自ら支配の楔を外したのも、すべて自分がエルダー種に進化したいためだったというのか。
「城を抜け出したネヒョルは、黒衣の部下たちと合流し、東へ逃走。捜索したところ、大魔王領へと入って行ったことが確認されています」
国外に逃げられたか。
「これにより、ネヒョルを名指しで手配することにしました。効果がないだろうと上司は言っておりますが」
犯罪者を国外へ逃げられた間抜けな国と言われるだろうな。
けどメルヴィスは寝ているし、影響はないだろう。
「また、かつてネヒョルの部下であった者たちはみなフェリシア様の支配下に入り、いまネヒョルについての情報提供を呼びかけている最中です」
報告は以上ですとミョーネは言った。
魔界にひとりしかいないエルダーヴァンパイア族。
ネヒョルはそれになりたくて、ずっと機会を狙っていたのか。
忍耐強いんだか、短絡的なんだかよく分からん。
けど奴は許さん。