076
結局ファルネーゼ将軍は、フェリシア軍団長のことを説明してくれる気がないらしい。
もちろん無理に聞き出すつもりもないが、さっきのやりとりからも隠し事があるのは明白。
つい最近、ネヒョルにいいように使われた俺としては、あまりおもしろくない。
不満が顔や態度に出ていたのか、将軍は少し考えてから、こんなことを聞いてきた。
「ゴーランはなぜ死神族を受け入れた?」
「なぜと言われても、俺を頼ってきたからです。そのとき身内に入れようと思ったんで、別に許可されようがされまいが、あのときもう俺の身内でしたよ」
急に話が変わって、いきなりのことだったので、素で答えてしまった。
命を賭してでも仲間を守る。
俺が母さんと交わした約束。
俺はこの世界でも破るつもりはない。
「…………」
将軍は本当に長い時間、黙って考えていた。
そしておもむろに「私の直属になったことだし」と呟いた。
折り合いを付けて、自分を納得させたようだ。
「フェリシアのことだが、彼女はガルーダ族の派生だ。親が起源種と言えば分かるだろう?」
「上位進化種ではなく、ユニークな種として生まれたのですね」
種族の派生とはそういうことだ。
進化でいえば、枝分かれ。
「このままフェリシアの子孫にも同じ形質が受け継がれるならば、種族として確立していくだろう」
思ったより大きな話だった。
「それ、言っちゃっていいんですか?」
聞いた俺が言うのもなんだが、これはひとつの種族が、魔界に誕生するかどうかの話だ。
「これはここだけの話にしておけ。フェリシアはガルーダ族との間に子ができる。だから敵対種族のナーガ族が黙っていなかった」
ガルーダ族とナーガ族は、種族的に仲が悪い。
魔界では個人の好悪とは別に、その種族独特の好悪が存在している。
同種族を嫌悪する場合もあれば、今回のように蛇と鳥という捕食関係が原因である場合もある。
ナーガ族は日本でなじみのあるサーペント型や、人蛇型ではなくコブラに近いタイプだ。
別に四つの頭を襟のところに持つ、なかなか変わった種族だったりする。
「ナーガ族ですか。凶暴で攻撃性が強い種族ですね」
猪突猛進タイプ。オーガ族並みに脳筋というのが一般的なナーガ族の評価だ。
「ガルーダ族に新しい一族が派生するのを嫌ったのだろう。ナーガ族が仕掛けてきた。なにしろガルーダ族は数が少ない。そこでフェリシアは策を用いて一気に殲滅した」
「ほう……」
さすが戦略立案担当。
「それで余計恨みを買ってね。個別に狙われるからって、国を脱出。放浪の果てに私が部下にしたのさ」
他に種族がいないタイプだったので、どうしてなのかと思ったが、そういう理由だったのか。
「今でも狙われています?」
「狙われているね。名が売れれば噂が届く。それを避けるために、表には出さなかった。メラルダとの会談もね。ああいう他国との折衝も本来ならばフェリシアに任せたいのだけど、敵対種族に見つかることを考えると、踏ん切りが付かないわけさ」
俺が会談に連れて行かれた理由がいま分かった。
この前言われた「失っても痛くない人材」というのも正しかったのだろう。
それと同じくらい大事な理由で、フェリシアを出したくなかったのだ。
「俺がフェリシア軍団長の下から外れた理由って……」
「あれでフェリシアはかなりの魔素量持ちだからね。万一小魔王になったら支配の石版に名前が載って、目を付けられてしまう。それはよくないと思ってゴーランには外れてもらったのさ」
ネヒョルが部下にしていたのは、弱小種族ばかりで助かったと将軍は笑った。
つまり、フェリシアはわざと小魔王にならないようにしていたことになる。
頭脳派といいつつ、素の魔素量はファルネーゼ将軍を凌ぐ?
中々に怖い人が隠されていたな。
「他言してもらいたくないが、いま言ったことは覚えてもらえると助かる。なにかの折りに、名前が外に出ないよう、ゴーランにも頼むことがあるかもしれない」
「俺はしがないオーガ族ですが、必要とあらば使ってください」
ファルネーゼ将軍も、仲間を大事にする人なのだと分かった。
「助かる」
将軍は笑った。
「結果的に良かったんですね。ネヒョルの部下が弱くて」
ゴブゴブ兄弟とかビーヤンとか、およそ戦闘に相応しくない者たちばかりが集まっているのだ。
フェリシア軍団長が小魔王になりたくないのならば、うってつけの人選だ。
ネヒョルもよくそんなのばかり集めた……集めた?
「集めたのか!?」
「どうした、ゴーラン?」
ふと考えてしまった。
俺たち部隊長はネヒョルが集めたものだ。
なぜこんな戦闘職でないような者ばかりを集めて部下にした?
それはまるで小魔王になりたくないからとか……ならないようにとか……そういうことなのか。
「ネヒョルは小魔王にならないように、わざと魔素量が上がるのを防いでいたんじゃ?」
本来ならばとっくに支配の石版に名前が載ってもおかしくないくらいに強かったら?
「そんなことは……いや、ありえるのか? だが、どうして?」
そう、どうして?
問題はそこだ。ネヒョルはなぜ支配の石版に名前が載るのを嫌がった?
考えてみれば、戦争時にゴブリン族で二部隊を作るなんておかしいのだ。
荷物運びくらいしか使い道のない飛鷲族にも一部隊を与えている。
まるで遊んでいるかのような部隊構成。
「支配の石版に名前が載ると、三百年まえのことを思い出す人がいるからか?」
ふたつの魔王国を荒らし回ったというワイルドハント。
他にも被害にあった小魔王国もあるだろう。
ネヒョルの名前が石版に載れば、「どこにいる?」と探すに違いない。
見つけたら抗議くらいはするだろう。
それがもし、大魔王国からや魔王国からだったら?
「だから避けていたのか!」
将軍も俺と同じ結論に思い至ったようだ。
「将軍、これはもしかすると、もっと根の深い問題かもしれません」
ネヒョルがそこまでして隠れていた理由は?
そしてなぜ、今になって動き出した?
これは俺たちが知らなきゃいけない問題じゃなかろうか。
「……ったく、魔王トラルザードとの密約がこれからだってのにっ!」
将軍の言いたいことも分かる。
小魔王レニノスの国からの侵攻、魔王トラルザードの国から密使、ネヒョルの離反と裏の顔……色んなことが一度に起こりすぎた。