074
魔王トラルザードが派遣してきたのは、将軍職にある翔竜メラルダ。
派手な着物に負けないくらいの美人さんだ。
俺は見た目以上に年をとっているのではと思っているが、空気を読むオーガ族なので、そんなことは確認しない。
メラルダは、俺の元日本人的の感性からすると、ストライクな外見をしている。
こんな状況じゃなかったら、口説きたいくらいだ。
そんなメラルダは、ゆっくりと昔を語り出した。
「魔王リーガードの国の東に小魔王レグラスの国がある。六塩柱のひとつがある国と言えば分かるだろうか」
六塩柱……天界からの侵攻があった場所だな。
ものすごい激戦で、数多くの魔界の住人が死んだ場所ともいえる。
「かつては小魔王ソラが治めていたのじゃが、下克上で代替わりし、いまの小魔王レグラスがその座についておる」
俺は地図を見た。
小魔王レグラスの国は、大魔王ビハシニと魔王リーガードの国と領土を接している。
ここは小魔王国にとって、なかなか緊張のおける位置ではなかろうか。
「その代替わりに一役買った者がおったというのは、だいぶ後になって入ってきた情報じゃ。その後、その者は国内に留まらず、自分の部下を連れて各地を荒らし回った。一番被害を受けたのがリーガードの国じゃな」
魔王国に喧嘩を売ったのか。すごい度胸だ。
「そんなことをして、レグラスの国と戦争にならなかったのでしょうか」
ファルネーゼ将軍の意見はもっともだ。
自国を荒らし回られたら絶対に報復する。それが魔界の住人だ。
「その荒らし回っている連中は、レグラスの支配を受けていないのじゃよ」
つまりいまの俺と同じフリーだ。
どこの支配にも属さない連中はいる。
が、たいていはどこでも爪弾きされる。
「それがとうとう我が国にもやってきた。町や村がいくつか壊滅したな。一団は滅殺狩人、黒色騎士、デュラハンなどじゃ。それぞれがみな強力な者たちでな、我が国も手を焼いた。何人かは斃したし、捕らえた者もおる。そこで知ったのじゃ。彼らを統率している者の名を」
「もしかして……」
「ネヒョルと呼んでおった。小さきヴァンパイア族だという。そのネヒョルに率いられた一団の名が『ワイルドハント』。どうじゃ、聞き覚えがあるか?」
問われても俺は知らない。ファルネーゼ将軍はというと……。
「闇より現れて暴虐の限りを尽くし、闇の中に消えていく亡霊集団『ワイルドハント』……」
「知っておるようじゃな。それがある時期を境にプッツリと噂と被害が消えおった。討伐されたのかと思っておったが……」
「それが消えたのはいつ頃でしょうか」
「三百年ほど前じゃな」
ネヒョルがこの国にきたのと一致する。
ということは、昔魔王国を相手にブイブイ言わせていたのが、俺たちの軍団長だったわけ? 善良な小市民である俺は、そんなヤンキーの下にいたわけか。
しかし、それではネヒョルの目的が分からないな。
またワイルドハントをやりたくなったとか?
だが、それなら筋を通して支配を離れることだってできたはずだ。
こうやって用意周到に策を巡らせて逃げる必要はない。
やはりネヒョルの考えは謎だ。
目的どころか、普段何を考えているか分からない。
――あれは信用しちゃいけないやつだ。
俺は心のどこかでそう思っていた。
ネヒョルが逃げたと聞いても、怒りはするものの、「やっぱりな」と納得している自分がいる。会ったら許さないけど。
「事情は分かった。さきのおぬしらの提案を受けよう」
メラルダの言葉に俺は口を開けたまま固まってしまった。
突然意見を変えた? いまのが原因で?
「よろしいのでしょうか?」
ファルネーゼ将軍も半信半疑だ。
「ネヒョルがワイルドハントの頭領であった場合、わが国にも何らかの厄災がふりかかるやもしれん。この三百年、やつが何を考え、何を待っていたのか知らぬが、おぬしたちとの縁がここで切れるのはよくなさそうじゃ。これは貸しにしておく」
「ありがとうございます」
「ありがとうございます」
俺と将軍は揃って頭を下げた。
借りをつくることになったが、それは問題ない。
もともとこちらは強く出られない立場だ。
いつか借りを返すときが来るかもしれないが、それは命令されるのとなんら変わりない。
それよりも今回をしのぐ方が大事だ。
「では詳細を詰めよう……と言いたいところじゃが、おぬしらは大事なことがあるのじゃろう?」
そう、ネヒョルが消えたことで、いまの俺など宙ぶらりん状態だ。
「我はまだおるゆえ、そっちを先に済ませるがよい」
「はっ、ありがとうございます」
「ではまた明日、この時間でどうじゃな?」
「それで構いません。半日もあれば目処は立つでしょう……いえ、立たせてみせます」
「うむ。良い心がけじゃ。期待しておる」
メラルダは満足そうに頷くと、消えていった。
今度は目を凝らして見ていたが、特殊技能の発動を察知することはできなかった。
万一メラルダと戦うことになったら、それであれを使われたら、俺は為す術もなく斃されてしまう。
「メラルダ、恐ろしい子……ぐぇっ!」
「ゴーラン、すぐに戻るぞ!」
俺は首根っこを掴まれたまま、空に舞い上がった。
「ぐえええっ……」
く、くるちい。