072
俺はファルネーゼ将軍に連れられて、昨日の天幕に来ている。
メラルダがまた瞬間移動でやってくるだろうから、気を抜かずに待っている状況だ。
ただ緊張して待っていると疲れるだけなので、普段思っていることをいろいろ考えてみた。
たとえばファルネーゼ将軍のこと。
将軍は、魔素量からこの国で一番小魔王に近い存在と言われている。
小魔王に近い……つまりまだ支配の石版に名前がない。
「ここから一番近いところにある支配の石版って、どこなんですか?」
「どうしたんだ、急に?」
「ヒマだったので、どこにあるかなと考えてまして」
「あれは魔界中に点在しているが、残念ながらこの国にはないぞ」
「どこにありますか?」
「魔王国や大魔王国にはあるな。あとは知らん。興味もない」
「そうですか。全部でいくつあるんでしょうね」
「さあ、魔界全土にあるんだぞ。四十以上あるんじゃないか? 全部を数えた者はいないだろうから分からんが」
魔界の住人はコンプリートしようとか考えないため、調査したこともないようだ。
「将軍は見たことあるんですか?」
「何度かあるな。あまりに大きくて、黒光りする壁のように見えたな」
支配の石版は、移動や破壊は不可能だと言われている。
そう言われると力自慢が試したくなるだろうが、移動したとか、破壊されたという噂も聞かないため、やはりできない仕様なのだろう。
魔界の住人が体内に持つ魔素量をリアルタイムで把握しているようなので、その石版が受信装置の役目を果たしているのではないかと思っている。
その場合、支配のオーブが送信装置になるだろうか。
天界の住人が魔石を欲しがるのも、溜め込んだ魔素量だけでなく、そういう仕組みも必要なのかもしれない。
俺の勝手な想像だが。
「将軍は支配の石版に名前が載るくらい魔素量が多いと聞いていますけど」
「そうみたいだな」
「自分では分からないので?」
「石版に名前が載っている者と私を比べてほぼ変わらないと言う者が多いから、そうなんだろうと思うだけさ」
なるほど。それで判断しているわけか。
「ではもう少しで小魔王を名乗れそうなんですね」
「どうだろうな。この国は国土が狭いので住民が少ない。これから増える予定もないから、期待薄だろうね」
「支配のオーブによる魔素の一部譲渡ですか」
「そう。他国とは違って、その分の底上げがないから、大幅に増えるのは難しそうだ」
俺たち魔界の住人には、魔素を溜め込む石が体内にある。
それをなぜ支配のオーブと呼ぶのか。
配下になった者はそれを通して魔素の一部を献上するからである。「支配の」という言葉は、そこから来ている。
そしてひとりひとりは少量でも、それが百人、千人、万人と集まれば膨大な量となる。
悲しいかな、小魔王メルヴィスの国ではそのブーストはあまり期待できない。
「またせたの」
メラルダが段ボールを脱いで現れた……わけではなく、瞬間転移での登場だ。
竜種が持つ特殊技能だろう。俺も欲しい。
「それでは昨日の続きをはじめるとしようか」
メラルダは自分のペースを崩したくないようだ。
「……駄目じゃ」
意思確認も終わり、メラルダの要望を呑む代わりに、少しだけこちらの条件を聞いてほしいと提案したところ、そんなことを言われた。
「軍を動かすのは大変でしょうか、何も国境を越えろと言っているわけではありません。あくまで牽制です」
「だから駄目なのじゃ。軍を西へ動かせば、北も南も活気づくじゃろう。そうなれば、さらなる激戦がはじまる」
うーむ。アテが外れた。
そのくらい聞いてくれてもいいと思うのだが。
「魔王国どうしの戦いで激戦になると、被害はどのくらいになるのでしょう」
こちらで補填できるなら、検討してもいい。
「そうじゃな。激戦ともなれば、小魔王クラスが双方で十ばかし消えるな」
「………………」
それは激戦だ。
この国には小魔王はメルヴィスひとりしかいないってのに、魔王国では、戦争でそんなに小魔王が死ぬのか。
それはもう、補填どころの騒ぎではない。
だが困った。
ここまで取り付く島がないと、話がここで終わってしまう。
かといって、いい代替案など浮かばないし……。
――ガタッ!
急にファルネーゼ将軍が立ち上がった。
「!? どうしました?」
顔色が悪い。尋常じゃないことが起こったらしいが、どうしたんだ?
「ネヒョルが……」
「軍団長?」
どうしてここにネヒョル軍団長が出てくるのだろう。
「ネヒョルが支配から抜けた」
「えええっ!?」
抜けた? 逃げたってこと?
まさか謀反?
ほんとだ、俺のところも……
「集まった魔素を持って行く場所が……なくなっている」
俺は……というか、俺の部下を含めた全員が……ネヒョルが消えたせいでメルヴィスの支配から外れてしまった。
……村のみんな、慌てているだろうな。
大変な事態だが、漠然と俺はそんなことを考えていた。