007
作戦会議は無事終了したが、内容をよく思い返してみる。
うん、早まったかもしれない。
ふと思ったのだが、明日中に敵陣を落とすのを「作戦」と言うのだろうか。
作戦会議で決まったのだから作戦でいいのか?
いや、敵陣に攻撃を仕掛けるとか、陣から出てきた敵を迎撃するのを作戦と言うならまだ分かる。
これを野球にたとえると、バッターに「積極的に打っていけ」とか「変化球を捨てて、直球に狙いを絞れ」というようなものだ。
逆に俺が提案した「明日敵陣を落とす」というのは、「次の打席でヒットを打て」というのに等しい。
「……サインでヒットが打てたら苦労しないよな」
それができるなら、サインを出し続けるだけで勝ってしまう。
そう考えると、やはり早まったかもしれない。
天幕を出てからも、そんなことをつらつら考えていたら、だれかに腕を掴まれた。
「呼んでいただろ、聞こえないのか」
ゴブゴブ兄弟の片割れだ。弓を持っていないから、グロボの方だ。
「なんだ?」
友好的な雰囲気ではなさそうだが、何の用だろうか。
「おまえの行動は目に余ると言っているんだ。ネヒョル様が許してもオレが許さん!」
熱血だな。ウチの村の連中はこんなのばっかだが、ゴブリン族も同じか。
そう考えるとおかしく思える。
魔界の住人は、初対面の相手に突っかからないと、生きていけないんだろうか。
「何がおかしいんだ!」
そしてすぐ激昂する。
こうなったらオーガ族の場合、話し合いをいくら続けても、結局は喧嘩になる。
最近は減ったが、俺の場合、一日に数回はこんな感じで喧嘩をした。
なにしろ、喧嘩の順番待ちで列ができたほどだ。
「面倒だし、やろうぜ。おまえもそのつもりだろ?」
喧嘩までの面倒事は省いてもいいよな。
「貴様の方が魔素量が少ないくせに、やる気か!」
やっぱり分かるのか。
相手の魔素量がおぼろげにしか分からない俺が鈍感なんだろうな。
そして俺のほうが少ないと。
といってもここで喧嘩を回避するつもりはない。
俺が面倒見なくちゃならない仲間のためにも、喧嘩に勝つ必要がある。
「場所はここでいいよな。さあ始めようぜ」
「……ッ!」
グロボは俺を睨みつけると、部下から槍を受け取った。槍使いらしい。
ネヒョルが作戦を説明しているときに聞いたとおりだ。
実は槍を持った相手ならば怖くない。
槍には突く、払うなど多彩な技があるが、魔族が武器を使っても、それを武術として昇華させていない。
力任せに振るって来るので、対処法がある。
「槍か……俺はこれでいいぜ」
両手を広げて挑発する。
胴を見せればだいたい突いてくるので、それに備えればいい。
案の定グロボは間合いを詰めて、突いてきた。
俺はそれを合気でいなす。
肘から先で円を描くように腕を回すとあら不思議、槍の穂先が身体を避けて突き抜けていく。
予想した衝撃が来ずにたたらを踏むグロボにすり足で近づき、グロボの顎を掌で打ち抜く。
オーガ族の力……それも部隊長になって強化された俺の一撃は、脳を揺らすのではなく、グロボの身体を木の葉のように舞い散らせた。
空中を飛んでいったのである。やり過ぎたか?
「……くっ!」
と思ったら立ち上がってきた。
頑丈だな。さすがは部隊長といったところか。
ここで引いても良いことはないので、すぐに近寄って延髄切りをぶちかます。
地面に埋没するほどの威力だったため、さすがに立ち上がれないようだ。
仰向けになるのが精一杯のようで、目玉がぐるぐる回っている。
普通のゴブリン族相手に同じ事をやったら頭から上がなくなるので、部隊長になると相当強くなれるらしい。
ゴブリン族は数が多いから、支配のオーブを通して流れ込んでくる力の総量が多いのだろう。
「立て」
俺が言うと、グロボは頭だけを動かした。
「首から下が動かない」
「だったら続けるぞ」
ちゃんと決着をつけないと、いつまでたってもつきまとわれるのだ。
「待て! オレはもう戦えない」
「知るか」
俺は近寄って片足を振り上げた。
「降参する! オレの負けだ。だからやめてくれ」
足を振り下ろす直前で止めた。
思ったより早く負けを認めたな。一応確認しておこう。
「ならば再戦だ。さあ立て!」
「無理だ。身体が痺れて動けないんだ」
「だったらこのまま始める。動けないなら、いつ頭が潰れるか数えてろ」
「済まなかった。降参だ。もう二度と突っかからないから許してくれ」
本当に降参するらしい。
いつの間にか集まっていたギャラリーを見る。
といってもいるのは会議のときのメンバーくらいなものだが。
「…………」
全員が押し黙っている。
反応がないし、これで終わりだな。
良かった。これで帰れる。
念のため、ダメ押しをしておこう。
「……で、次はだれだ?」
「おれがやろう」
ゴブゴブ兄弟の弓の方。イリボが進み出た。
あれっ、やるの?