067
俺とファルネーゼ将軍は、すぐに屋敷へ戻った。
魔王の使者に対して、馬鹿みたいな寸劇を仕込んだのはファルネーゼ将軍の方である。
俺はただ、巻き込まれただけだ。ノリノリだったけど。
魔界の住人はそういうウイットに富んだ掛け合いとかに無縁だから、久しぶりにノッてしまった事実は認めよう。少し楽しかったし。
「主立った者を集めてくれ、会議を始める」
部下のひとりが駆け足で出ていった。
こういう姿もいいな。
俺の部下たちは、命令しても「うぇーい」とか「うぃーっす」とか言っていて、いまいちやる気が感じられない。
「フェリシア様に連絡がつきました」
「それはよかった。しかしアタラスシアは城か、痛いな。町の詰所にイマリスがいたら来るように伝えてくれ」
「はいっ!」
将軍はテキパキと指示を出している。
「私の名で町に告知を出す。だれかいないか!」
「はっ、ただいま」
文官だろうか。何人かがすっとんできた。
「町の外に竜殿を下賜された竜種が来ていることを知らせるため、口述筆記をする」
「すぐ用意します」
上も下もよく動く。見ていて気持ちがいいほどだ。
町へ告知するのは、見に行ってみようとか、馬鹿な考えをおこさせないためだ。
好奇心で近づいて、相手を刺激するわけにはいかない。
とくに「オレ強いし、もしかして、勝てるんじゃね?」とばかりに攻撃を仕掛ける阿呆がでてくるかもしれない。
もちろん勝てるわけがない。戦いを挑んでも一瞬で塵にされる。
それだけならばいいが、怒りの矛先が町に向けられては困る。
ここはしっかりと釘を刺しておくようだ。
「城壁を越えたら、問答無用で攻撃って……」
口述筆記しているのをみたら、結構過激な内容だった。
ヴァンパイア族は空を飛べるので、壁が意味をなさない。
空を飛んで壁を越えたら、一発アウト。
やりすぎの感があるが、魔界ではこの手の通達でとくに酷いという意見も出てこない。
「まあ、何体かは……仕方が無いだろう」
そんな通達を出しても、越えようとする者がいるらしい。
つか、何体かいるのかよ。
「あんな物騒な告知しても壁を越えるんですか?」
凄いな、魔界。
「なまじ力を持っていると、自己判断ができなくなるのだよ」
そういえば、町に何をするでもないゴロツキがいたな。
オーガ族の村なら、そういう「遊んでいる」連中は皆無のはずだ。
みななんらかの仕事に就いている……就かされている。
この辺は、強者ゆえの傲りというやつか。
「ファルネーゼ様、イマリスが到着しました」
「よし、彼女も会議に出るように伝えよ。すぐに行く」
どうやら対策会議が始まるらしい。
副官のアタラスシアがいないため、軍事面から意見する者がいないようだが、イマリスというのがその代わりらしい。
彼女はこのエルスタビアの町の防衛担当らしい。
将軍が安心して町を留守にしていられるのも、このイマリスがいるからだとか。
ちなみに先ほど将軍の話に出てきたフェリシアというのは、戦略の立案担当らしく、現代風に言えば参謀、古い言葉だと軍師がそれにあたる。
外見は、半人半鳥だが、ハーピーとはまた違う種類で、顔周辺からもう鳥になっている。
ガルーダ族かと思ったが少し違う。種族はちょっと謎だ。
かなり頭が良いということだけは教えてくれた。
「……それで俺は、どこで待っていればいいんでしょうか」
褒美の太刀を貰ってさっさと帰りたいが、それを言うとまた怒られそうなので、会議の間はどこかで時間を潰すことにする。
「何を言っているんだ、おまえは」
「屋敷の外をうろついても、いいですけど」
「うろつくな。おまえも会議に出るんだ」
「どうしてですか? 俺は部隊長ですよ。オーガ族だし」
「実際にメラルダと会って会話をしたんだから、助言くらいできるだろう。オーガ族に難しいことは求めてないから、聞かれたときにだけ答えればよい」
どうやら、逃がしてくれないらしい。
「……分かりました。俺の意見など、参考にならないと思いますが」
結局会議に出ることになった。
集まったのは、ヴァンパイア族を中心とした強力な種族ばかりである。
と思ったら、俺と同じ鬼種の羅刹族がいる。
羅刹族とオーガ族だと、はっきりいってドーベルマンとポメラニアンくらい違う。
もちろんオーガ族がポメラニアンだ。
起源種として単体で生まれ、各地を破壊してまわったのが羅刹のはじまりと言われている。
討伐しようと軍が差し向けられたが、結局生きのこり、子孫を残して、一族として定着した経緯がある。
鬼種の中でも強くてしょうがない一族だ。
そして神鳥のように神々しい外見のフェリシア。
種族が特定できないが、もしかすると起源種なのかもしれない。
どちらにしろ、戦略立案担当などと言っていることから、頭脳派。
魔界で貴重なタイプだと思う。
他に参加した中で目立つのは、町の防衛を担当しているというイマリスだろうか。
彼女も飛び抜けた魔素量を持っている。
反対に飛び抜けて低い魔素量が俺だ。
将軍に引きずられるようにして会議に顔を出したとき、みなの視線が俺に集まった。
「なんだこいつ?」
という表情が一番近いと思う。
さすがに将軍が連れてきただけあって、絡まれることはなかったが、ぶしつけな視線は止まない。
俺が変態だったら、ゾクゾクするところだが、そんな趣味はない。
そのため、会議はとても居心地の悪いスタートとなった。