066
状況を整理しよう。
メラルダが求めているのは、レニノスとファーラが覇権を取らないようにすること。
その手段は問わない。
もしできないのならば、魔王トラルザードが周辺国すべてを併呑する。
それははったりではないと思う。
ではこの国で、いま言ったことが可能なのか?
この国は魔界の中でめずらしく、攻めも攻められもせず、平穏の中にあった。
優秀な人材が戦争によって喪われることはなかった。
だがそれでも圧倒的に……
「戦力が足らないですね」
防衛するならばまだしも、他国へ攻め入るほど余力があるとは思えない。
ファルネーゼ将軍はどう考えているのだろうか。
「特攻という手段もあるな」
案外、外道だ。この将軍。
特攻というのは、起死回生の一撃。
もしくは追い詰められた者の最後のあがきに近い。
種族どうしの戦いにおいて、魔素量の差が勝敗を分ける。
上位種族は敵地で無双できたりする。つまり、「行ってこい」だ。
単身、もしくは少数で他国へ攻め入り、敵の強者を次々と殺していく。
言うのは簡単だが、実行はかなり難しい。
なにしろ、数で押されれば、疲労だって馬鹿に出来ない。
また、やっかいな特殊技能を持っている種族もいる。
レイス族など単体では弱いくせに、次々と『死人の手』を使われれば身体が麻痺してしまう。
それで格下のオーク族に同胞が多数やられたのも記憶に新しい。
過去、死神族の『一撃死』で斃された魔王もいる。
特殊技能による搦め手には警戒が必要だったりする。
「さすがに特攻は……賛成しかねますが」
成功しても失敗しても、だいたい行ったっきりになる。使い捨てだ。
仲間を大切にしない上官は信用できない。それが俺のスタンスだ。
そのようなことをするならば、ゴーレム族を使い潰したギガントケンタウロス族のように、俺が直々に制裁を加えてやる。
「少数の犠牲で最大の効果をあげる……理想的ではないか」
「そうですか。でしたら将軍が行ったらどうでしょうか。俺がバンザイ三唱で送り出してあげますよ」
「ほう……部隊長のわりに随分と生意気なことを言うな。どうやらネヒョルはあまり躾が得意ではないらしいな」
「躾ですか……上官に似て下手だったんじゃないですかねえ。どう思います?」
「おぬしら、いつもそんなに仲が悪いのか? やるなら、他でやってくれんかの」
メラルダが呆れた声を出した。
「なあにすぐですよ。この躾のできていない脳筋をシメるだけですから」
「今度は爪じゃなくて首を斬り飛ばされてぇか、コラァ!」
俺と将軍がともに立ち上がった。
「待て待て……おぬしら、どうするつもりじゃ」
「決まっています」
「決まってるぜ」
「「こいつをぶっ殺すんだ(ぜ)!」」
爪を伸ばし、牙で威嚇してきた将軍に対し、俺は背中の金棒を構えた。
「やるなら勝手にやっておれ。我は帰るからの。また明日、この場でさきの返事を聞かせるのじゃ。いいな!」
メラルダは帰っていった。来たときと同じように転移で。
「……行ったな」
「……行ったようですね」
俺と将軍は揃って息を吐き出した。
もちろんさっきのは仕込みだ。事前に打ち合わせしてある。
向こうが会談を望んでいたので、何らかの要求があることは明白だった。
ゆえに必ず一旦持ち帰ることにした。この場では決断しない。
だが、相手は魔王国の使者。すぐに返事をしろと言われることも想定していた。
ゆえにうやむやにする策を練ったのだ。
ちなみにあそこで止められなければ、チャンチャンバラバラとやる予定であった。
そこまでいかなくて良かったと言えよう。
俺の演技もなかなかのものだったと思う。
なにしろ、これで貴重な一日が稼げたのだから。