065
金色竜トラルザードの使者としてやってきたのは、将軍職にある翔竜メラルダ。
あまりに大きすぎて、俺だと魔素量が計りきれない。
そのメラルダが厳かに言った。
「ただいまより、我が王の言葉を伝える」
隣でファルネーゼ将軍が緊張している。
最悪を想定して、どう返答するか考えているのだ。
「そなたらで、小魔王レニノス及び小魔王ファーラの野望を阻止せよ。手段は問わぬ」
「………………」
「………………」
ファルネーゼ将軍は無言だ。俺も無言だ。
彼女はいま何て言った? レニノスとファーラの野望を阻止せよ?
なんで? どういうこと?
「返答はいかに?」
「ちょ、ちょっと待ってくれ」
「ふむ、ゴーラン。何か質問か?」
「理由は……その教えてくれないのでしょうか」
理由などない、ただ従えと言うと思ったら、メラルダは「たしかにそうじゃな」と言って説明してくれた。
「この地に複数ある小魔王国が相争っているのは分かっておる。所詮は小者、だれが魔王になったところで叩き潰せばよい……と思うじゃろ?」
「ち、違うのですか?」
「間違ってはおらん。じゃが、ここはちと場所が悪い」
メラルダのいる魔王国もまた、他の魔王国と争っているのだという。
「我が国は北と南を魔王国に挟まれておってな」
ただいま二国と戦争、両面作戦の真っ最中らしい。
北の魔王ジャニウスと南の魔王リーガードから攻め、攻められている状態。
ここで東に魔王国が出来るのはよろしくないと、魔王トラルザードは考えたそうだ。
「それならば先に小魔王国を攻めればいいんじゃないでしょうか」
「おぬし、自分の国なのに、よくそんなことを言うな」
俺の場合、国に対する帰属意識はあまりない。
戦争に参加したときも俺はあくまで一般兵だった。
いまは部隊長なんてやっているが、つい最近までは村で暮らしていたただの若者。
愛国心を持てと言われても困る。
国のためという意識は薄いが、俺が抱え込んだ一族の安否は別だ。
そちらはできる限り守ってやりたい。
「それでどうなのでしょう。こちらに侵略してくる意志はあるのでしょうか」
「してもよいが、そうすると大魔王国に無用な警戒心を抱かせることになるのでな」
俺は地図を頭に思い浮かべた。
いくつかある小魔王国のとなりには、たしかに大魔王国がある。
トラルザードが力を集めて大魔王になろうとしているのではないか。
そう思われれば、大魔王ダールムや大魔王ビハシニからちょっかいをかけられる可能性がある。
ただでさえ二国の魔王国と戦っている状態で、それ以上の負担はしたくないようだ。
「では、なぜ我が国を選んだのでしょう」
ファルネーゼ将軍が再起動した。先ほどまでずっと固まっていた。
「なに、簡単なことじゃ。主人が寝ておるのだから、野心を持ったところで大したことはできまい」
ぶっちゃけられた。
「……それはそうですね。是非はともかく、我が国はメルヴィス様の意志に反した行動は慎んでおりますので」
ファルネーゼ将軍はホッとしたように言う。
こちら側は、ただでさえ小魔王が睡眠中なのだ。
この会談だって、ヒヤヒヤものだった。
国を明け渡せ、さもなくば攻め滅ぼすと言われたらどうしようもなかった。
「して、返答は?」
「現在我が国は、三人の将軍によって運営されております」
「他のふたりはここにおらんよな」
「はい……もともとこの地に魔王国が誕生するのに反対な立場でして、方針に変更はございません」
「なるほど。座しておれば、ただ飲み込まれるだけであろうしな。……では、この話、受けてくれるな」
周辺国で頭ひとつ分抜きん出ているのがファーラとレニノスだ。
一方、俺たちの国はボスが不在……というか、睡眠中。
方針は変わらなくても、相手の野望を阻止できるのだろうか。
実現可能性について、俺は考えてみた。
ファーラもレニノスも近隣の小魔王国を二つ飲み込んでいる。
併呑する国は今後も増えるだろう。
一方、俺たちの国は弱小のままだ。これでは差が開く一方である。
北はレニノスに押さえられているので、それ以外の四つの国を併呑したらどうだろうか。
もちろんレニノスたちも他国を飲み込むだろうが、現在レニノスとファーラが争っている状態で、大きく領土を広げられるとは思えない。
序盤さえうまく押さえて、早急に一つか二つ国を飲み込めば、互角に持ち込める。
「問題は戦力不足なんだよなぁ」
全軍で他国に攻めれば、別の国がその隙を狙ってくる。
三将軍のうち、一将軍は小魔王レニノスの国との国境付近に張り付いていなければならないし、もう一将軍は小魔王メルヴィスの眠る城を守らなければならない。
つまり、遠征に出られる軍隊は、将軍一人分しかいない。
これではすぐに国を落とすことなど、できやしない。
戦いに負けて逃げ帰ってくることになりそうだ。
「いろいろ考えておるようじゃが、実行してもらうぞ。さもなければ、次善の手段を取るしかなくなるからのう」
「その、次善の手段とは?」
俺はおそるおそる聞いてみた。
「ここら周辺を我が国のものとする」
思った通りの答えだった。