064
竜殿に乗ることができる竜種は強い。
俺が今日知った豆知識だ。
「じゃ、そういうことで」
ファルネーゼ将軍が、敵を見に行くというので、退散しようとしたら首根っこを掴まれた。
背は俺の方が高いし、横幅は将軍の倍くらいあるが、腕力では負ける。
そのままズルズルと外に引き出され、気がついたら空の上だった。
ファルネーゼ将軍、なんと俺の首を掴んだまま飛翔しやがった。
「あの……この体勢、なんとかなりませんかね」
洗濯物のように運ばれているのだが……。
「もうすぐ着く」
微妙に回答になっていないことを言われ、俺は大人しくした。
暴れて手を離されては困る。
無事城壁までたどり着けて、大きく息を吐き出した。
「竜殿の状況はどうだ?」
「ゆっくりと近づいています」
城壁の上に立って分かった。
「森だ……そして道がねえ」
「それはそうだ。別に魔王国と交流したいわけではないからな」
街道をやってくるのかと思ったら、違うらしい。目の前には森が広がっていた。
「ん? それでどうやってやってくるんだ?」
「見ていれば分かる」
しばらくして森の木を避けながら、巨大な亀が歩いてきた。亀としか表現できないが、頭の部分は結構凶悪な顔をしている。
背中の甲羅が城みたいになっている。
「あれが竜殿か」
あの巨大な亀を与えられるのは魔王トラルザードだけらしい。
しかもかなり貴重。
あんなものを与えられたのは、果たしてどんな相手なのか。
ヴァンパイア族の一体が竜殿に向かって飛んでいった。
何をするんだろうかと、将軍を方を見ると。
「目的を聞きにいった」
「なるほど」
まだ戦争になると決まったわけではないのか。
どうなるかなと見ていると、さっきのヴァンパイア族が戻ってきた。
「代表は翔竜族メラルダと名乗っています。会談を求めているようですが、いかがしましょう」
翔竜族というのは聞いた事がない。
あまり上位過ぎる種族の場合、情報が入ってこないのだ。
「竜殿はその場に留まり、ひとりだけお願いしたいと伝えろ。会談は町の外で行い、こちらは私とゴーランで行く」
「ええっ!?」
俺ぇ?
「どうせヒマだろ」
そういう問題だろうか。
「俺ではなくて、信頼のおける部下を派遣した方がいいのでは?」
「戦いになっても惜しくない人材などいない」
言い切った。言い切りやがったよ、この将軍。
つまり、俺なら別に死んでも問題ないってか。
「……問題ないのか」
オーガ族が一体死んだところで、たしかに何の影響もないだろう。
「分かったか。では打ち合わせといこう」
「……へっ?」
打ち合わせまでやるの?
会談で俺がなにかやらかすと思っている?
まさかそんな……って俺、心当たり有りすぎるわ。
ヴァンパイア族がもう一度交渉に出かけている間に、こちらは会談の準備を始める。
城壁の外に急遽天幕を張り、そこに会談の場所をつくる。
小魔王メルヴィスの国はいま、三人の将軍が合議によって運営している。
ファルネーゼ将軍が国を代表して応対するのは別段おかしなことではない。
「となりに俺がいなければだが」
たとえオマケ扱いでも、そんな面倒そうな場になぜ俺を連れて行くのか。
そのことを聞いたら、公然と将軍相手に剣を振るった俺なら、竜種相手であっても萎縮しないだろうとのこと。
萎縮しないというより、俺の場合、魔素量を読み取る力が弱くて、あまり相手の凄さとか感じないからだろうか。ようは鈍いのである。
「お前たちは戻ってよい」
手伝いに来たヴァンパイア族を全員引き上げさせる。
天幕に残ったのは俺と将軍のみ。
「もし攻撃されたらどうします?」
「そのときは、死ぬだろうな」
ですよねー。
「普通に戦っても勝てないだろうしな」
相手は竜殿を賜ったほどの強者なので、支配の石版にも名前が載っている可能性が高いらしい。
たしかにそんな相手じゃ勝てるわけがない。
将軍がピクンと反応した。
直後、ブゥンッと空気が震える音がして、ソレは突然、目の前に現れた。
「魔王トラルザードが僕、翔竜族のメラルダじゃ」
楚々とした美人が現れた。
直前までいなかったので、空間転移か?
驚く俺の足を蹴り、ファルネーゼ将軍はゆっくりと礼をした。
「小魔王メルヴィスが僕、ヴァンパイア族のファルネーゼでございます」
「お、同じくオーガ族のゴーランだ」
これでいいかな? 挨拶。
「うむ。そなたが三将軍のひとり、ファルネーゼであったか。よろしゅう。我も同じ将軍じゃ」
メラルダが笑ったときに気がついた。
縦長の瞳は爬虫類と同じだ。
これが魔王国の将軍。
魔素量など大きすぎて、俺には測ることができない。
それとさっきからずっと気になっていることがある。
メラルダ将軍が着ているもの。それは……。
「和服じゃねーか!」
それも昔の貴族が着るような、十二単に似ている。
「和服? これは、イツツギヌというものじゃよ」
イツツギヌ……五衣か。やっぱり……だれか行ったことあるんだろ、人界、いや、平安時代の日本にっ!
「五衣でも唐衣でもいいけど、ずいぶん似合ってるな」
よくみれば、和風美人だ。
瞳が縦長だったり、頭に鹿の角のようなのがあったりするが、美人には違いない。
神前で結婚式を挙げたら、本当に角隠しが必要になるな……などと埒もないことを考えていたら、メラルダが俺の顔を覗き込んできた。
「おぬし……カラギヌも知っておるのか?」
吸い込まれそうな、不思議な瞳だ。
「へっ? ああ……小耳に挟んだことがある」
「ふうむ?」
「……それで、メラルダ様。我が国にいらしたご用向きはいかがでしょう?」
「うむ、そうであったな」
まだ納得行かなそうな顔だったが、自分の方から会談を求めてきたのを思い出したようだ。
メラルダが真面目な顔をしただけで、急に周囲の温度が下がった気がした。
場を支配する。まさにそんな感じだ。
「我らが王の言葉を伝えよう」




