063
物見の塔は町の五カ所に設置されていて、いま鳴っているのは、魔王トラルザードの国がある方角だという。
太刀は後回しにして、俺たちは一階に戻った。
ファルネーゼ将軍が指示を出さなくても、部下たちがテキパキと動いている。
鐘の音はいまだ鳴り響いている。
「すぐに報告が来るはずだ……来たようだな」
空を飛んできた一体のヴァンパイア族が中庭に降り立った。
軍服を着ていることから、兵士と分かる。
「報告します。茨の森方面より敵を発見」
「数とここまでの到達時間は?」
「数は不明です。竜殿が見えましたので、到達まで時間がかかるものと思われます」
「竜殿……そうか、御苦労だった。下がってよい」
「はっ!」
「えっと……竜殿ってなんです?」
「金色竜トラルザードについては?」
「一般的なことでしたら、知っていると思います」
ヴァンパイア族を上位種族と言ったが、より上位の種族も多数存在している。
そのひとつが竜種である。
竜種の中には、火竜族や水竜族をはじめ、強力な種族も多い。
だが、竜種が恐ろしい真の理由は、起源種が出現しやすいという所にある。
起源種――ただひとつ、ユニークな個体が突然変異で誕生するのだ。
それが子孫を残し、種として定着した場合、強力な一族が生まれるわけだが、そうでなくても、単体で十分強い。
隣国の魔王トラルザードの場合、金色竜という起源種であり、配下に多数の竜種を抱えている。
「竜殿とは、力を持った竜に魔王トラルザードが与える移動式の宮殿だな。つまり、今からやってくるのは竜殿を与えられるほど強く、魔王の信頼の厚い者ということになる」
俺の背中に冷たい汗が流れた。
そんなの……この町を落とすのに十分過ぎる。
「あー、そろそろ俺、帰ってもいいですかね」
「もう少しゆっくりしていったらどうだ? 褒美の太刀もまだ渡していないし」
要らないから、帰らせてくれ。というか、そこは空気を読んでくれよ。
まいったな、完全にヤバいときに来てしまった。
ファルネーゼ将軍だって多数の部下を抱えている。半数はまだ城だが。
そして軍団長は誰もここにいない。みな自分の町を持っているのだから当たり前だし、今から呼んでも間に合わない。
「どうするんですか?」
「さて、敵が戦うつもりなら、やることはひとつじゃないか」
やることはひとつ、結果もひとつ。こちらの負けだ。
そもそも小魔王メルヴィスの国と魔王トラルザードの国を比べるのが間違っている。
つい最近まで戦っていた小魔王レニノスの国。
あれは同じ小魔王どうしとはいえ、部隊長、軍団長の質において、かなりの差があった。
魔王トラルザードの国はどうだろうか。
たとえば国土。この国が数十個も入るほど広い。
将軍や軍団長は土地を貰っているだろうが、それらですら、この国より広いと思う。
そのくらい国土の差があるのだ。
戦力はどうだろうか。おそらく向こうの部隊長クラスでも、こちらの将軍クラスがゴロゴロいる。
ファルネーゼ将軍が手も足も出ないような部隊長や軍団長は両手で数えきれないほどいるだろう。
はっきり言って、俺なんかただの一般兵レベルだ。それくらい向こうの層が厚い。
「竜殿持ちがやってきたんですから……降伏したらどうですか?」
小魔王国が魔王国と戦争? そんなのやってられない。
「かつて小覇王ヤマト様の将軍であられたメルヴィス様が残したこの土地を戦わずして渡すわけにはいかないよ」
意気込みは立派だが、こんな小国に成り下がったいまでは、だれも気にしないのではなかろうか。
唯一気にするであろう、本人――小魔王メルヴィスは、いまだ深い眠りの中だし。
「では、和解とかどうですか?」
魔界で話し合いが通用するわけがないのだけど。
「メルヴィス様がまだ起きてらっしゃった頃、怒りでいくつかの村や町を滅ぼしているからね。どうだろうか」
小魔王メルヴィスは、天界の敵から呪い(向こうにしてみれば聖属性の攻撃)を受けて、弱体化してしまった。
いまはその影響で永い眠りについているが、眠りについたのはここ数百年のことらしい。
以前は弱体化しつつも、魔王として国を治めていた。
それで、ムカついた他国の村や町を単身で乗り込んで滅ぼして回ったとか。
元気なじーさんである。
その矛先は、魔王トラルザードの国にも向けられていたらしく、滅ぼされた村や町は十では利かないだろうと。
「そんなことしていたら、方々から恨みを買ったんじゃないですか? よく攻め滅ぼされませんでしたよね」
「逆に周辺国はビクビクだったしね。メルヴィス様は領土的野心がなかったから、国土こそ広がらなかったけど、この国はそれはもう恐れられていたよ。それに永い眠りについたといっても、いつ起き出してくるか分からないだろう? 眠りの事実を伏せていたこともあって、この国はずっと外敵の侵入がなかったのさ」
メルヴィスが眠りについたことを隠していたらしい。
百年かそこいらは成功していたという。
「あれ? 最近、大人しいな」
周辺国が不審に思った頃になってようやく、その事実が伝わったらしい。
それでも最初は、「また起き出して暴れるかも」と戦々恐々だったとか。
「でも今はもう起きてこない、もしくは力が弱まったから怖くない……そう思われているわけですね」
「そういうことだ」
メルヴィスは、かつて大魔王の位に上り詰めていた。
天界との戦争が終わって、呪いを受けたことで魔王になり、長い睡眠の果てにいまは小魔王となっている。
かつての栄華も今は昔。
与しやすしと思われているのだろうと、ファルネーゼ将軍は語った。
「まあ、そういうことだから、部下としても意地のひとつも見せないとね。竜種を二、三体、血祭りにあげてやるさ」
この女、やる気だ。