061
俺は空を見上げた。
まるで心を天に写したかのように、どんよりとしている。
視線を戻せば、殺気だったヴァンパイア族の男たちが三人。
相変わらず、魔界は世紀末だ。
俺はいま、絶賛絡まれ中。
今風にいえば、「絡まれ中なうに使っていいよ」だ。
ここはファルネーゼ将軍が治めるエルスタビアの町。
この町についほんの少し前、到着したばかりだというのに、これである。
「…………」
俺を殺しにかかっている相手は、ゴロツキ風のヴァンパイア族。
殺傷力の高そうな爪を伸ばし、無言で距離を詰めてくる。
すでに戦闘態勢に入っているため、話し合いは通用しない。
そもそも魔界で「話せば分かる」という言葉が通用した試しがない。
言うまでもなく、ヴァンパイア族は上位種族だ。
ただの一般人でも、俺より遙かに強い。
そして目の前の連中は、一般人よりやや上だろうか。
「仕方ねえな」
ファルネーゼ将軍の屋敷を聞こうと声を掛けたら、いきなり不審人物扱いされて、あれよあれよという間にこんな感じだ。
まあ多少……俺の聞き方も礼を逸したものがあったかもしれないが。
それでもいきなり殺しにかかる相手の方が悪いはずだ。たぶん。
さて、こっちの話を聞いてもらうには、相手を無力化させるしか手がない。
都合のいいことに、相手は三人もいる。つまり、二回失敗しても大丈夫なのだ。
一体が爪を伸ばして駆け寄ってきた。即座にカウンターで足を合わせた。
「――ぐえっ!」
背中に金棒を背負ってはいるが、抜く余裕はない。
だから迎撃の方法としては、間違ってない。
身体の中心線を狙ったので、うまくみぞおちに入ってくれた。
あとは突進してきた勢いと、俺との体重差で吹っ飛んでいってくれた。
安堵したのも束の間、左右からそれぞれ一体ずつ迫ってきた。
思ったより統制がとれている動きをしてくる。ゴロツキのくせに、意外だ。
一般のゴロツキでこれなら、兵士となるとさぞや強いのだろう。
脳筋のオーガ族に見せてやりたいくらいだ。
(一体は爪で、もう一体は牙か)
町中だから武器を携帯していないのか、自前の武器に自信があるのか。
彼らは魔素量で俺を大きく上回るものの、生来の強さにあぐらをかき、努力をまったくしていないのが丸わかりだ。
ローキックで膝裏を蹴り、バランスが崩れたところで逆側に足を払う。
そうするとあら不思議、綺麗に正座するのである。
残った一体は構わず俺に迫っているので、手早く親指を掴んで折る。
続いて耳を引っ張って、顔をこちらに向けさせた上で目つぶしをした。
「ぐあっ!」
指先が目に入ったくらいだ。たぶん失明していないだろう。
闇雲に腕を振り回しはじめたので、それをかいくぐって、延髄に肘を落とした。
体重を乗せた一撃だったのに、まだ堪えている。
「……頑丈だな」
体格差では、オーガ族にかなり分がある。
俺が肘を落としても、意識を刈ることができないか。
「これだけ魔素で身体が強化されているとやっかいだな」
オーガ族なら首がグシャグシャになるくらいの力を込めて、三度肘を下ろすと、敵は動かなくなった。ようやく気絶したらしい。
その間に遠くに蹴り飛ばした奴と、正座していた奴が復活していた。
だが、俺を警戒して、様子を見ている。
格下の種族相手で、魔素量の少ない俺にやられたのが悔しそうだ。
「お前ら馬鹿だろ」
背中に武器を背負っている俺を警戒して近づいてこないのはいただけない。
俺はゆっくりと背中の金棒を引き抜いた。
警戒するヒマがあったら、襲うか逃げればいいのだ。
兵士でもないただのヴァンパイア族でも、意識を刈るのは難しい。
だがオーガ族が鉄でできた棒でぶん殴ればどうなるか。
それを試してみた。
「……ここです」
顔を腫らし、足を引きずったヴァンパイア族が、涙顔で指し示したのは立派な屋敷だった。
俺の優しい「お話し合い」によって、彼らは素直に将軍の屋敷まで先導してくれた。
「……よし、帰っていいぞ」
ヴァンパイア族の三体は、お辞儀をして去って行った。
今の奴らとは二度と会うことはないだろう。俺の姿を見たら、逃げ出すはずだ。
屋敷はデカいが、庭はもっとデカい。声を張り上げても建物の中に届くかどうか……。
「これを鳴らせばいいのかな?」
門の上にアーチがあって、でっかい鐘がつり下げられている。
半鐘ではなく、巨大なベルに近い。
俺はそれを金棒で思いっきりぶったたいた。
――ガラーン、ゴローン、ガラーン……
超巨大な鐘の音が、町中に響きわたった。
あれ? なにか間違えたか、俺。