060
ヴァンパイア族は化け物だ。
俺はそう思う。
魔素量や種族差が絶対である魔界において、ヴァンパイア族は上位に属しつつ、一族の数が多い。
そして数は力だ。
数が多ければ、その中で強力な個体が生まれる可能性も高い。
この前、ネヒョル軍団長と戦ったときも思ったが、魔法攻撃が強力であるヴァンパイア族と肉弾戦をやってすら勝てないのだ。
まったく嫌になる。
俺は軍団長の手首や腕を落としたあの頃より強くなっている。
だが、それでも将軍には通用しない。
静寂に包まれた広間に、俺の息づかいだけが聞こえる。
たった一振りにかけた。全身全霊をかけた一撃だった。
気力をすべて注ぎ込んだため、息が上がってしまった。
刀を抜こうとしたら、爪に挟まって動かなかった。
――パキン
力を込めたら、刀が折れた。
静まりかえった広間に硬質な音が響く。
「……ふう」
ネヒョル軍団長が息を吐き出したあと、満面の笑みを浮かべた。
「終わった……」
渾身の一撃を防がれ、刀は折れた。
売ってはならない相手に喧嘩を売った結果がこれだ。
ファルネーゼ将軍が少し反撃しただけで、俺の命は潰える。
それはもう確定事項だ。
「なるほど……太刀を欲しがるわけだ。凄まじい一撃だな」
将軍は、爪に食い込んだままの刃を眺めて、そう言った。
「届かなかったですけどね」
ここは下手に出てみる。
ヴァンパイア族の爪なら、瞬時に生えてくる。
つまり、怪我をさせたとも言えないくらいだ。
「たしかにオーガ族の認識を改める必要がありそうだな。これは持っておくといい。キミの成果だ」
将軍は床に落ちた自分の爪を拾い、俺に手渡した。
「…………」
俺が黙って受け取ると、将軍は部下に何かを囁いて、広間を出て行ってしまった。
どうやら俺は助かったらしい。
あと、この爪……どーすんの?
「もー、ゴーランったら、いきなり喧嘩を売るんだから、ビックリしちゃったよ」
軍団長がニマニマしながら俺の肩を叩いてくる。
「それで手も足も出ずに負けたけど、いまどんな気持ち?」
「…………」
三日月の目で俺を見てきやがる。俺が負けたのがそんなに嬉しいのか。
「でもまあ、誇っていいと思うよ。将軍の爪を切り落としたんだから」
なんでもファルネーゼ将軍の爪は、魔鉄――ノーム族が魔力に浸して作ったものすら易々と切り裂くのだという。
それをただの鉄で作った剣で切断したのは快挙らしい。
「首を取れなきゃ、意味ないですけどね」
今回は許してもらえたが、もし向こうが反撃してきたら、俺の命がなかった。
爪をひとつ斬り落としたくらいで誇っていられない。
「お……お、おぬ……し」
ロボスがワナワナと震えている。
「どうした?」
そのまま心臓が逝ってしまうんじゃないかと思うほど、ロボスが驚いた顔をしている。
「おぬ、お主はっ! なっ、なんてことをするんじゃぁー!」
ロボスの大音響が広間に響き渡った。
いや、今さらそんなことを言われても。
◎小魔王メルヴィスの城 ファルネーゼ将軍
ファルネーゼは伸ばした爪を引っ込めた。
二、三度手を握ったり、開いたりして感触を確かめる。
「少し、痺れているな」
ゴーランの刀を爪で受けたとき、衝撃を殺しきれなかった。
考えるまでもなく、ゴーランは先ほどの広間で一番魔素量が少ない。
いうなれば最弱の存在だ。
だが、ファルネーゼに喧嘩を売り、爪を切り落としてみせた。
ゴーラン程度の魔素量でそれができるかと言えば、否だ。
そもそもオーガ族が大牙族やギガントケンタウロス族に勝てるかといえば、それも否となる。
捉え所のないネヒョルと違って、ゴーランはオーガ族らしい直情さで、大変分かりやすい。
仲間のために怒ったところも高評価だ。
「それゆえに惜しいな」
もし彼がハイオーガ族であればまた違っただろうが、所詮はオーガ族である。
この一件でファルネーゼはオーガ族の認識を改めたが、それでも埋められない壁はある。
魔王、小魔王とは言わないものの、将軍や軍団長に渡り合えるかといえば、悲しいかな。やはり、否なのである。
それでももしかしたら……とつい期待してしまう。
「フフフ……」
爪に刺さっていた刀身を見る。
材質は普通の鉄だ。ファルネーゼにとってはなんら脅威にならないものだ。
折れた刀の先を掴み、そのまま力を加えると、パキパキと音を立てて崩れていった。
指で簡単に砕ける。その程度のもの。
「これで私に傷を付けるのならあるいは……」
深海竜の太刀を渡したら、自分は無理でも、ネヒョルの首くらい落とせるのではないか。
ファルネーゼはそう思うのであった。
「どうせ私の町に来るのだし、色々試してみるのもいいかもしれないな」
ヴァンパイア族の中でも最上位にいるファルネーゼにとって、オーガ族などいつも視界の外であった。
他のヴァンパイア族も同じだろう。
だからこそ、ファルネーゼはゴーランに興味を持った。
「太刀を持たせて、戦わせてみたいな」
そう呟いて、ファルネーゼは思わずほくそ笑んだ。