006
ロボスどころか、会議に出席した部隊長全員が俺に注目している。
「グーデンは僕の配下になって五十年くらいかな。魔素量でいえば、ロボスより少し劣るくらいだったよね。直接グーデンと戦ったらロボスは勝てた?」
「あの硬い皮膚は少々厄介でしたな。けれど負けはしません」
「速度で翻弄して少しずつダメージを与える感じだよね。でも相手はタフが売りのハイオーガ族だし、ロボスは一撃でももらったら負け。一対一で戦うなら、先に体力と精神力が尽きたんじゃないかな。……まあ、それはいいとして、このゴーランは下克上でグーデンを下してここに来たのは確かなんだ。支配のオーブもそう言っている」
「左様ですか。でしたらその通りなのでしょう」
「ゴーランを見てごらん。ほとんど無傷だよね。どう戦ったのか興味あるけど、問題はそこじゃない。ロボスも分かっていると思うけど、彼の魔素量は少ない。それはもう呆れるほどにね」
「はい」
「部隊長を引き受ける前がどのくらいだったか、非常に興味があるよね。なんでその程度の魔素量でグーデンに勝ったのか」
「…………」
「ボクの言いたいことは分かったと思う。ゴーランには魔素量に依らない戦いができる。だからロボスとやり合うのは禁止。明日の戦闘に支障がでると困るでしょ?」
「ネヒョル様がそう仰るのでしたら、はい」
「というわけで場も静まったことだし、新しい椅子を持ってこさせるからね。ゴーランも人の椅子を奪っちゃ駄目だよ。いつもグーデンが来ないから用意していなかったんだね」
ネヒョルが手を叩くと、椅子がひとつ用意された。
俺が座ると、賢狼族もしぶしぶテーブルから下りた。
「じゃ、いい機会だし仲間を紹介するよ。ボクの左手にいるのは、ロボスとビーヤン。右手側にいるのがイリボとグロボ。それで彼がゴーラン。みんな大切な仲間だから覚えてね」
賢狼族のロボスと飛鷲族のビーヤンか。
そしてゴブリン族がイリボとグロボね。うん、覚えられるかな。忘れそうだ。
イリボはデカい弓を背負っているから、弓兵だと思う。
この軍団の弓兵は精強だと聞いたが、ゴブリン族が仕切っていたのか。驚きだ。
会議テーブルは正方形なので、俺はネヒョル軍団長と向かい合う形で座ることになった。
「さて、じゃあ会議を始めようか。みんな、地図を見てほしい」
俺はテーブルに広げられた地図に目を落とした。
……よく分からん。そう言えば、ここって、どこだ?
俺は魔族の会議を舐めていた。
脳筋ばかりのオーガ族の中にいたから、こんな高度な戦術が日夜議論されているとは思っていなかった。
それは言い過ぎか。
みなちゃんと真面目に会議に参加しているのは偉い。というのも……。
「今日は初めての人もいるから説明しながらやるよ」
その言葉通り、ネヒョル軍団長は丁寧に作戦を説明しながら進めてくれた。
最初はちんぷんかんぷんだったが、徐々に分かるようになってきた。
「ようはここ――見晴らしの丘を守ればいいわけだな」
いま俺たちがいるこの場所は、見晴らしの丘と呼ぶらしい。そんなことすらも知らなかった。
「突き詰めるとそうかな。よく分かったね、ゴーラン」
バカにされたのか? それとも褒められた? よく分からん。
この戦争は単純な話だ。
敵は俺たちの国を落とそうと兵を差し向けてきた。
俺たちはそうさせないため、いくつかの部隊に別れて敵を撃退する。
俺たちが守っている場所は、見晴らしの丘と呼ばれる小高い丘の上。
ネヒョル軍団長がいる本陣を丘の頂上に設置。そこから軍を三つにわけて防衛に努めている。
「五十日前に戦線は後退したんだ。いまはこの丘の攻防戦で、少しずつ負け続けている状態。というわけで、ゴーランは何か策があるかな」
「……ふん。オーガ族に期待したところで突撃案しか出てくるわけがない。聞くだけ時間の無駄ですぞ」
すかさずロボスがバカにしてくる。ここは乗ってやるか。
「まあそうだな。俺の軍が突撃してここを攻め落とせば、敵は撤退するしかなくなる」
「んー、ゴーランはどうしてそう思うのかな」
さて、どう説明しようか。結果は分かるが、途中どう転ぶか分からないんだよな。
「ネヒョル軍団長の本陣が丘の上にあり、敵はそれを落とすために軍を三つに分けている」
「そうだね。中央がロボスで、左右にはそれぞれゴーランとイリボ・グルボの兄弟を配置してあるよ」
兄弟だったのか。ゴブリンの兄弟でそれぞれ部隊長とは珍しい。
ゴブリン兄弟……うん、彼らのことはゴブゴブと呼ぼう。
「ゴブゴブ兄弟のところは弓で牽制して、近寄ってきたら槍で迎撃するから守りの陣だ。中央は主攻で攻めの陣。だったら俺の軍が結果を左右する」
かすかに「ゴブゴブ兄弟」と絶句する声が聞こえたが、もちろん無視する。
「それはいまボクが説明した通りじゃないかな」
「俺たちの軍が敵陣を攻め落としたとする。敵は拠点を失って撤退。そこから本陣までがガラ空きになるから、防備を固めなければならなくなる。攻めには転じれないはずだ。だから俺たちは、悠々と中央主攻の背後を突ける。……こんな感じだな」
敵の中央軍は、ロボスと俺たちに攻められることになる。
戦闘中に挟撃されたら、軍は脆い。
前も後ろも敵しかいない状態で正確な情報が入ってこなければ、疑心暗鬼に陥るからだ。
退路がなくなる恐怖と戦いながら戦線を維持するのは大変だ。
とくに敵地への侵略戦争の場合、逃げ遅れたら悲惨なことになってしまう。
中央の軍が崩壊したらあとは簡単だ。
敵は防備を固めなければならなくなる。
敵地で守備の陣なんて馬鹿のすることだ。
戦線を立て直すためにも、一旦安全なところへ引かざるを得ない。
つまり、あとは待っていれば敵が撤退してくれるという寸法だ。
そう説明したら、ネヒョルが「へえー、オーガ族なのに考えてるね」と褒められた。褒められたんだよな?
「じゃがそれはコイツが敵軍を退け、陣を落とせたらの話じゃ。戦闘をはじめて今日で五十日あまり、こやつらの部隊はいまだ敵の陣にもたどり着けておらんではないか」
耳が痛い話だ。
脳筋ばかりの集団だったので、ずっとレイス族にしてやられていたのだ。
「それは部隊長が俺じゃなかったからだ。俺なら一日で落とせる」
「ふん、大口を叩きおるわ」
「ロボスはちょっと黙ってて……ねえ、ゴーラン。本当にできるの?」
「ああ、俺は軍に招集されてまだ三日目だが、勝機は見えた。問題ない」
「なるほど、分かった。……じゃ期待しようかな」
「ネヒョル様、このような戯れ言を本気にされるのですか?」
「どうだろうね。ゴーランができると言うならできるんじゃない? それに別の戦場も気になるしね。勝てるなら、勝っておきたいよね。どう? ロボス」
「ネヒョル様がそう仰るのでしたら……否はありません」
「じゃ、決まりだね! ゴーラン、よろしく!」
こうして明日、俺が敵陣を落とすことが決まって、会議が終了した。
あれ? 早まったか?