059
ファルネーゼ将軍は、前部隊長であったグーデンのことは知っているらしい。
過去何度か、話をしたこともあるとか。
「この国にハイオーガ族は珍しいからな。よく覚えているよ」
「そうでしたか。いまでは怪我も治り、元気にしていると聞いています」
折れた首の骨もくっつき、普通にしている。治って良かった。
折ったのは俺だが。
「しかし、これまでゴーランの名は聞いたことがなかったから、驚いた」
「まだ村内でも若輩者でしたので」
「ふむ。そういえば魔素量がかなり……」
かなり……で将軍は言葉を止めた。
その続きは、「少ない」なのだろう。気を遣ったようだ。
空気の読める俺は追求しない。
「運が良かったのでしょう」
そう答えておいた。
実際、この魔素量ではまず部隊長になれないし、大牙族やギガントケンタウロス族を倒すのは不可能だ。
ファルネーゼ将軍は俺をじっと見つめる。
そして含みのある目をネヒョル軍団長に向けた。
「ネヒョルの軍団は、変わった種族ばかり集める」
それでいつゴーランを見いだしたのか興味があると続けた。
「ボクは何もしていないよ。ゴーランが勝手に部隊長になったんだし」
「ほう……ではネヒョルはゴーランのこと、一切知らなかったと?」
「当たり前だよ」
はじめての参戦でグーデン部隊長に挑んだわけだし、軍団長が俺のことを知らなかったのは当然だ。
俺だっていまだ、どの村に誰がいるのかなんて、把握していない。
「ではゴーランはよほど強いのだな」
「恐縮です」
ファルネーゼ将軍はちょっとだけ目を見張った。
「変わったオーガ族だ」
そう言われた。
たしかに礼儀正しいオーガ族は皆無に近い。
だが俺はここで気づいた。
あまり下手に出ると、オーガ族そのものが舐められるので、ほどほどにしなければならない。
相手は将軍。格上過ぎる相手だが、なんでも「よろこんで!」と言う存在だと思われると、どこでどんな無理難題を言われるか分かったものじゃない。
この場でもう少しオーガ族らしいところを見せておいた方がいいだろうか。
いや、相手は将軍だ。多少馬鹿にされても、平身低頭していた方がいいかもしれない。
「ゴーランは仲間思いなんだよね。だから部隊長になったんだもんね」
「まあ……そうですね」
「ん? どういうことだ?」
ファルネーゼ将軍は分からないらしい。
「無謀な突撃でオーガ族が命を散らしていたんです。……で、それを無くそうと」
今でもグーデンの「がっはっはっは……進め、進め」という声が耳に残っている。
あのままでは遠からず、オーガ族の部隊は全滅していた。
俺の行動は間違ってなかったと思っている。
だが、ファルネーゼ将軍の考えは少し違っていた。
「オーガ族が突撃するのは当然のことではないのか?」
脳筋は肉の壁くらいしか使い道がないと考えているらしい。
「さすがにそれは……非情かと愚考しますが」
魔法が飛んでくる中へ突撃するなど、ただの無駄死にだ。
せっかく強固な肉体があるのだから、それを生かした別の使い道を考えればいいのだ。
「だけど、オーガ族だぞ? ハイオーガ族やエクセレントオーガ族ではない、ただのオーガ族など、難しいことは理解できないだろう」
あれ? これ、喧嘩売られている?
俺が下手に出ていたからか?
俺を馬鹿にするのはいい。だが、俺の仲間を馬鹿にするのは許せない。
俺を死地に向かわせるんでも、まあ、行ってやってもいい。
だが、仲間を無為に死なせようとするなら、俺の許可を取ってからにしてもらおう。
もちろん、許さんがな。
ファルネーゼ将軍はヴァンパイア族の中でもかなり上位にいるのだろう。
たしか、小魔王に名を連ねないのが不思議なくらいだと言われている。
俺と比べたら天と地だ。
逆立ちしたって、勝てない。それが魔素量の差というものだ。
だけどそれでいいのか?
生前、俺が通っていた道場の道場主は、意外にも文学派だった。
俺はそこでよく本を借りて読んだ。
有名な古典も読んだ。
四国へ教師として赴任した主人公が出てくる物語だ。
彼は自分が損をしてでもいいから、友情のために動き、相手に思い知らせた。
友情のため、赤シャツをボコボコにして東京に逃げ帰ったんだっけか。
行いはアレだが、俺は正しいと思う。
あとで俺も報いは受けよう。
だけど友のため、仲間のためにここは行動する。
「将軍様、そんなにオーガ族は使えないですかね」
認識を変えさせなければ。しかも早急に。
俺が殺気をまき散らすと、ファルネーゼ将軍は目を大きくし、ネヒョル軍団長はすぐにその場を離れた。
ロボスたちは驚愕の表情を浮かべて俺を凝視している。早く避難した方が身のためだぞ。
軍団長が手招きしたのにあわせて、他の部隊長は俺から距離をとった。
「そんなに怒るようなことを言ったつもりはないのだが」
将軍の魔素量は軍団長よりも上。それどころか、俺が出会っただれよりも多い。
さすがは将軍といったところだが。
「アンタ……オーガ族を舐めてると……死ぬぜ」
俺は刀の鯉口を切った。
俺と将軍の距離は近い。ちょうど居合いの間合いだ。
刀の柄にゆっくりと右手を這わせる。
居合い技は、刃を鞘走らせて速度を得ると勘違いしている者がいるが、そんなことはできない。
そんなことをすれば鞘ごと指を斬ってしまう。
居合いの極意は、鞘を素早く引き抜くこと。
抜いた瞬間にはもう、斬れている。
俺はゆっくりと力を溜めて、一気に抜いた。
――キィン
絶対の間合い、完璧なタイミング。
そして刹那を狙った抜刀術だった。
首を狙った俺の刀は……将軍の長い爪で受け止められてしまった。
小指の爪を斬り飛ばし、薬指の爪の半ばまでしか刃が届かなかった。
どうやら俺の最速の一撃でも、将軍に届かないらしい。