057
城まで歩くと五日か六日くらいかかる。
さすがにそれでは時間が掛かりすぎるということで、ファルネーゼ将軍は各部隊長にも騎獣を出してくれた。
俺が乗るのはフレイブという、キリンと蜘蛛のキメラみたいなのりものだ。
安心安定の八本足。しかも首は長い。
道中は舗装されていない細道ばかりで、高低差も結構ある。
それをフレイブはえっちらおっちら進んでいく。
今まで騎獣といったら、虎や兎みたいなのとか、鳥みたいなのしか見たことがなかった。
当然馬もラマもいるが、オーガ族が乗るには小さすぎる。
このフレイブはかなり希少な騎獣らしく、リグですら首都近辺で一度見かけたことがあるだけらしい。
そんなフレイブに揺られること二日。
俺は首都にあるメルヴィスの眠る城に到着した。
「おっ、ゴーラン来たね。ちょうどいい到着だよ」
ネヒョル軍団長はいつもの貴公子然とした格好だ。
外見が少年なので、いつ見ても違和感がある。
「ふん、間に合わねばいいものを」
盛大に鼻を鳴らしたのは、賢狼族のロボスだ。
「駄犬はいつになくめかし込んでいるな。褒美に骨でももらうつもりか?」
骨をもらおうとしているのは俺だが、ロボスとの会話はこれくらい、挨拶代わりだ。
「ネヒョル様、こやつののど笛を咬み千切る許可を戴きたいのです。あやつはいつもいつも、我を駄犬呼ばわり!」
「そんなこと言って、尻尾を振っているじゃねえか。嬉しいんだろ?」
「なんだと、この若造めが! 今日こそはその減らず口を永遠に閉じさせてやるわっ!!」
「おっ、やるのか? 容赦しねーぞ、ゴルァ!」
「ロボス、駄目だよ……それとゴーランも煽りすぎ」
「しかし、ネヒョル様……」
「ロボス……キミじゃ勝てない。分かるよね?」
ネヒョルに睨まれてロボスは押し黙った。
「……さて、じゃ行こうか。ファルネーゼ将軍が待っているからね。荷物は控室があるから、そこに置けばいいよ」
「武器は持ち込んでいいのか?」
道中、なにかあるといけないと思って、刀だけは持ってきておいた。
「うーん、いいんじゃない?」
「いいのか」
それでいいのか。
まあ、変な気を起こすもなにも、それが日常だからいいのか。
「じゃ、いくよ」
ネヒョルを先頭に、ビーヤン、ロボス、ゴブゴブ兄弟、俺と続く。
城の中は簡素なものだった。
主人が寝ているからか、派手な装飾はいっさいなく、無駄なものを極力省いたような感じになっていた。
「他の軍団長は?」
広間に出たが、いたのはファルネーゼ将軍の部下らしき者たちだけだった。
さすが将軍の部下。みな相当な魔素量だ。
「ルヴェンとサネイファのこと? もう終わったんじゃないかな、みんな他の軍団とか、関心ないからねえ」
ここにいるのは、みな同じ軍服を着ているから、おそらくそうなんだろう。
だけど、自分たちが終わったら帰るのか。
ヴァンパイア族のルヴェン軍団長と魔天族のサネイファ軍団長は、ファルネーゼ将軍に仕えて長い。
今さら話すこともないとか? ……いや。
俺は先頭を歩くネヒョル軍団長を見た。
「性格が合わないんですか? たとえば、嫌われているとか」
「どうしてゴーランはそういうこと言うかな?」
どうしてと言われても、そう思うとしか答えられない。
享楽的というか、おふざけが好きそうなネヒョル軍団長の性格に、他の軍団長が合わないんじゃないかと思うだけだ。
「……で、本当のところはどうなんです? やはり仲が悪いんですか?」
「そんなとこないと思うよ。ボクが話すとみんな黙って聞いてくれるしね」
「それ……」
話しかけるなというオーラを出しているだけじゃ? と思ってしまった。
ネヒョル軍団長のことだから、きっと分かっていてやっているのだろうけど。
――カーン
金属を打ち鳴らす音が響いた。
将軍の部下がサッと姿勢を正す。
「来るみたいだね」
ネヒョル軍団長がそう言うと、奥の扉が開かれて、十人くらいの一団が二列縦隊で入ってきた。
それが左右に分かれて、中央から妙齢の女性が歩いてくる。
ブロンドの巻き髪がゴージャスな美女だ。
黒と銀をあしらったパーティドレスのようなものを着ている。
「あれがファルネーゼ将軍か」
初めてみた。
「お主、控えんか」
足元からロボスの声が聞こえた。
「……ん?」
みな跪いていた。……俺以外。
◎小魔王メルヴィスの城 ファルネーゼ
「まったくしょうがない……」
ファルネーゼはゆっくりと息を吐き出した。
ファルネーゼは配下の部隊長以上を城に集めた。
一番遠くにいるネヒョルが遅れて来ることははじめから分かっていた。
そのため、他の二軍団長に待つよう告げたのだが、丁重に拒否された。
ルヴェンは嫌そうに、サネイファは言葉少なに、それでも有無をいわさない態度でだ。
「……まったく」
二度めのため息。
ヴァンパイア族も魔天族も夜を友とする種族だ。
そして種族ごとにある程度共通の性格、性質がある。
夜を愛するヴァンパイア族や魔天族に陽気な者はいない。
寡黙、冷静、冷酷、慎重と呼ばれる者ならばたくさんいるが、陽気、お茶目、悪戯好きと呼ばれる者は皆無……ではなく、ネヒョル以外見たことがない。
それゆえ、ネヒョルと他の二軍団長の間には目に見えない溝がある。
ネヒョルはそれを知ってか知らずか、グイグイ食い込んでくるのだが……。
「あれは知っていてやっているな」
だからこそタチが悪いとも言える。
今回も、ネヒョルが来る前に終わらせてとっとと帰りたいと言われれば、「しょうがないか」と思ってしまった。
よほど会うのが嫌なのだろう。本当にその日のうちに帰ってしまうとは思わなかったが。
「アレと会うのは罰ゲームか何かと思っているのかね」
側近に尋ねると、苦笑いが返ってきた。
ファルネーゼ自身、腹に一物を抱えているようなネヒョルを苦手としている。
「実力はあるのだが……」
そう思いつつ広間にいくと、ネヒョル以下、五人の部隊長が跪いて……いや、オーガ族の部隊長だけ突っ立ったまま、こちらを見ている。
「お主、控えんか」
賢狼族の声が聞こえた。
聴覚の鋭いヴァンパイア族にとって、そのくらい造作もない。
「……よい。オーガ族に完璧な礼節を求めようとは思わない」
そう、種族には共通の性格、性質がある。
礼儀にうるさいオーガ族なんて、慈愛に満ちた死神族くらい貴重だ。
礼儀が出来ていないくらいで、目くじらを立てたりしない。
それより、とっとと終わらせてしまおう。
「戦果報告にはすべて目を通した」
ファルネーゼの言葉は、広間全体に響き渡った。