056
その日から俺は、天幕の中で喰っちゃ寝の生活を五日間続け、歩いても支障ないほどに回復したので、村に帰ることにした。
他の天幕では、いまだ重傷の者たちが傷を癒やしている。
こんな世紀末な世の中だからこそ、はやく元気になってほしいと思う。
帰りがけに町へ寄ってみた。
戦争中はじいさんたちだけ残ってあとはみな避難した後だったが、今日は違っていた。
「町の住民は戻って来ていたんだな」
と言っても、出歩いている住民は非常に少ない。
見かけるのは、好奇心旺盛な妖精種ばかりだ。
樹妖精種は足が遅いため、まだ到着していないのだろう。
「じいさんは……いたいた」
公園に向かうと、見覚えのある木が目に入った。
公園には子供の姿は無い。戦争が終わったとはいえ、家族づれが戻ってくるのはまだ先になるかもしれない。
「よお、じいさん」
話しかけたが、応えはない。枝を動かすこともなければ、葉を揺らすこともない。
「そうか。俺と同じ回復中か」
年内はしゃべれなくなると言っていたし、仕方ないのかもしれない。
この町を守ったじいさんたちだ。俺も守られた。
「家に帰るよ、じいさん。また来るからな。そしたら子や孫やひ孫に玄孫だっけ? 紹介してくれよ」
俺はじいさんの身体を数回撫でて、その場を後にした。
来年になったら、顔を出してみよう。また、この前のような「ほっほっほ」という笑い声が聞こえることだろう。
数日間かけてゆっくりと歩き、俺はようやく自分の村に帰り着けた。
「ゴーランじゃないか。来たのか?」
「来たのかって何だよ。ここは俺の村だよ」
「そうだったな……てっきり町に住むのかと思ったぜ」
「住まねえよ。俺は……村に住んでいいんだよな?」
不安になってくる。
帰って来るのが遅くなっただけで、忘れられてないよな。俺の家はちゃんと残っているよな?
「ゴーランじゃないのさ。いらっしゃい」
「そこはおかえりだろ!」
なんでお客様扱いなんだ?
本当にここは俺の村でいいはずだよな。
心が抉られたので、なるべく村人に会わないように歩く。
程なくして、自分の家が見えてきた。
村人の多くは戦争で減ってしまった。いまは無人の家が多く残っている。
部隊長になって、そのひとつに俺が住んだのだが、大丈夫だよな。
まだ俺が住んでいいんだよな。
「……ただいま?」
おそるおそる戸を開けると、ベッカがいた。
ここ……俺の家だよな? なんでベッカがくつろいでいるの?
「あれ? ゴーランじゃん。どうしたの?」
「それはこっちが聞きたいわ! なんでベッカがここにいるんだよ」
「そうそう、ゴーラン。聞いてよ」
「その前に俺の質問に答えろ」
「兄ちゃんがさあ……家を出て行っちゃったんだよ」
「お前が俺の家に……って、サイファが? 家を出た?」
なんだそれは?
「オレはゴーランのようにもっと強くなれるとか言っちゃって、修業に行くって」
「修業って……本当に行ったのか」
サイファが行ったところで、大して強くなれないだろうに。
ああ、あいつ。そういうのも分からないか。
「どこへいったんだ?」
「山もごり?」
「山ごもりな。……あいつ山に行ったのか。ここだって山みたいなものだろうに」
俺が山にこもったのは、理論を実践するのに他人の目を避けたことと、誰にも邪魔されたくなかったからだ。
そのおかげで集中して修業できた。
「その山ごもりってやつしてくるって……三日前に出て行っちゃったんだよ」
「形だけ真似してもしょうがないんだが……三日前か。俺が村に向かって歩いている途中だな。道では会わなかったが」
ということは、どこか近くの山だろう。
あまり気にしてもしょうがなさそうだ。
「ベッカ。とりあえずあいつのことは気にするな。どうせ食糧が無くなったら、腹が空いたと言って戻ってくるさ」
それでも半月やひと月は掛かるだろうが、オーガ族の強さを舐めてはいけない。
サバイバル技術がなくても、しっかり生き残ることができる。
「だって兄ちゃん、あたしのことを置いていったんだよ。どこへ行くにも一緒だって言ってたのに」
「男にはやらなくてはならない時もあるのさ。分かってやれ。あいつは、それが今なんだ。あいつは今、必死に生きている。俺たちはそれを応援してやろう」
「そっか。そうだね。兄ちゃんが頑張ってるんだね」
「そうだ。頑張っているさ。だから……」
「ただいま。おっ、ゴーラン、いたのか」
「兄ちゃん!」
「台無しだろ!」
サイファが帰ってきやがった。
「ん? どうしたゴーラン。そんなに怒って」
「おまえ、山ごもりしに行ったんじゃなかったのか?」
まだ三日目だろうに。
「ああ、行った。行ったんだが、途中で支配を受けてない種族がいるって噂を聞いてな。そこへ向かったんだ」
「祭りの前に聞いたな。その話。死神族のことだろ?」
「いや、あれとは別件だったらしい。水源近くの洞窟にいるらしくて、近くの村で困っていたから戻ってきた」
「なんで村が困っているとお前が戻ってくるんだよ」
「そりゃ、ゴーランに丸投げするからに決まってるだろ」
「俺かよ!?」
「部隊長なんだから、当然なんじゃないか?」
「そうだよね、当然だよ」
「ベッカもかよ」
何で駄兄妹は当然のごとく、俺に面倒事を押しつけようとするんだ?
「というわけで、ゴーラン。頼むな」
「まあ……部隊長だし、最終的には俺のところに話が来るんだろうが……それでどんな種族なんだ?」
「水草の背が高くてよく分からなかったと。普段は洞窟の中で住んでいるらしいし」
「水辺の種族か。やっかいだな」
攻撃的な種族ということもある。
戦闘系種族の場合、そして数が多いといきなり襲ってきたりする。
どうするかな。確かめに行きたくないな。
そんなことを考えていたら、リグがやってきた。
「今回戦場に向かった部隊長以上の者は、城に集合するよう指令が出ました」
「城か……集めたのはだれだ?」
小魔王メルヴィスはいまだ起きていないはず。
「指令はファルネーゼ将軍の名で出されています」
ネヒョル軍団長の行っていた論功行賞か。
「分かった。将軍の招集じゃ、すぐに行った方がいいな」
軍団長経由で話が来たのだろうが、俺の村は辺鄙な場所だ。急いで向かっても到着が最後になるかもしれない。
「というわけで、サイファ。そっちの件は戻ってからだな」
深海竜の太刀ね……くれと言ったら、本当にくれるのだろうか。
それを言い出したのって、ネヒョル軍団長なんだよなぁ……また変なトラップとか仕掛けてないよな。
ちょっと不安だ。