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今回の『見晴らしの丘』攻防戦を振り返ってみよう。
まず、なぜ小魔王レニノスが、戦いを仕掛けてきたのか。
近隣の小魔王国を併呑したかったわけだが、これには二つの理由がある。
ひとつは、急速に領土を拡大してきている小魔王ファーラに対抗するためだ。
レニノスとファーラは互角とは言えない。
周囲の話を総合すると、ファーラが優勢とのことだ。
ゆえにレニノスは焦っていたといえる。
もうひとつの理由。
天界からの侵入で、いま魔界は空前の下克上ブームである。
やるなら今だろとばかりに、どの小魔王や魔王すらも、周辺国を狙い始めていた。
つまりブームに乗り遅れるな、いまが他国を奪う好機であると判断したのだ。
事実、近隣諸国もまた、下克上のまっただ中であり、小魔王クルルの国は小魔王ルバンガの国に攻め入っており、同じく小魔王ナクティの国も小魔王ルバンガの国へ最近攻め入ったと報告が入っている。
小魔王ルバンガの国は二国から攻められ、小魔王ロクスの国と同盟を結び、対抗しようとしている。
小魔王ロクスの国もルバンガの現状は他人ごとでは無い。
いまこの国の南部では、四つの国が互いに鎬を削っていたりする。
当然、小魔王レニノスの国にちょっかいをかける余裕はない。
小魔王レニノスは、小魔王ファーラに対抗するため、南部統一を目指し、手始めにもっとも小国であるこの国――小魔王メルヴィスの国を手中に収めようとしたのである。
「……そうか、全軍撤退したか」
副官のリグの報告を受けて、俺は空を見上げた。
敵の全軍撤退……つまり、戦争が終わったのだ。
俺たちが担当したのは、見晴らしの丘だけだ。
ファルネーゼ将軍麾下の軍団長が三つに分かれて、小魔王レニノスの軍を受け持った。
そのうちのひとつがネヒョル軍団長であり、この戦場の勝利が最終的に敵の撤退を促したと言える。
「他の軍団長の戦いはどうだったんだ?」
「ルヴェン軍団長はやや劣勢、サネイファ軍団長は五分の戦いを続けていたと聞いています」
「それでどうやって撤退まで持っていったのだ?」
「ファルネーゼ将軍が全軍をもってルヴェン軍団長の軍団を支援しに向かったようです」
「無謀な。本陣はただ後詰めにいるんじゃないのに。軍団全体に睨みを利かせる必要があったはずだが」
本陣が全軍でルヴェン軍団長の後詰めに向かえば、その戦場を取ることができる。
だが、敵本陣がサネイファ軍団長のところに向かえばどうなるか。
持ちこたえることができなくなって陥落する。
そうすれば城までの道が開けてしまう。
「敵本陣は、救援に向かうか、別の場所を確保するか迷ったようです。すでにこの戦場は我々の勝利で決着が付いています。そのため、自陣の救援に向かったようですが、時すでに遅く、ファルネーゼ将軍が落とした後でした」
「……なるほど。時間をかけずに落としたわけだ。そうなると敵は三つの戦場のうち、二つを取られたわけだ」
「はい。軍を立て直しても、残り一つを落とされるのは時間の問題と判断したのでしょう。速やかに撤退命令が出されたようです」
「それで戦争終結か。素早いな」
「はい」
二つも落とされれば、敗残兵たちをまとめなければならない。
とくに次の部隊長や軍団長を早急に決める必要が出てくる。
その間は攻勢に出られないので、ひとつだけ突出した部隊が孤立してしまう。
かといって、逃げてくる部隊を放って攻勢をかけたところでじり貧となる。
撤退やむなしと判断したのだろう。
いい判断だと思う。
だがこれで勢力図はどう変わるだろうか。
まず、小魔王レニノスは南に足を伸ばすことが難しくなった。
小魔王ファーラはいまも北に勢力を伸ばしている。このままではレニノスとの差は開くばかりである。
「小魔王レニノスは、ここを小国と侮ったか?」
「いえ、小魔王ファーラ様の牽制がうまかったからでしょう」
レニノスとファーラの国は国境を接している。
レニノスの覇道を邪魔するため、ファーラは大量の兵を国境付近に張り付かせていたらしい。
レニノスはそれを無視することができず、十分な戦力を南に送ることができなかったという。
「レニノスが国境を接しているのはウチとクルルのところだよな。今度はそっちを攻めるのか?」
「小魔王クルル様の許には、強力な将軍が多数おります。この国以上に落とすのは厳しいでしょう」
レニノスとしては、ウチを落として力を蓄えたあと、ロクスを落とし、その上でクルルかルバンガを攻め取ろうとしていたらしい。
その最初の段階で躓いたことになる。いい気味だ。
これでレニノスはここに二度攻め入って、二度とも敗北した。
三度目はさすがに躊躇うだろう。
軍団長も部隊長も有限なのだ。次々失っては、借金ばかりが増えていく。
反面、この国はレニノスの脅威を退けたことで、平穏が訪れそうだ。
他に国境を接している国はいま下克上の真っ最中であり、こちらに食指を伸ばしてくる余裕は無いはず。
二つの魔王国と国境を接しているものの、さすがにこんな小国に攻め入ってくることはないだろう。
一度でも負ければ、名前に傷が付く。
変なリスクは犯さないはずだ。
「んじゃ、帰ろうか。凱旋だな」
周辺国の状況を鑑みた結果、当分戦いはなさそうだ。
俺は安心して村に引きこもることができる。
そう思っていた。