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魔界本紀 下剋上のゴーラン  作者: もぎ すず
第1章 見晴らしの丘攻防戦編
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 寝ていたら起こされた。ここは戦場だし、緊急要件ならば仕方がない。

 熟睡する場所でもないので、文句は言わないことにした。


 寝られた時間は一時間か、二時間か。

 なんにせよ、肉体的な疲労は取れていない。

 怪我も治っていない。かろうじて、出血が止まったくらいだ。


 さて来客は軍団長とその軍隊だそうだが、何の用事だろうか。

 本当は出迎えた方がいいのだが、身体が言うことを利かない。


「やあ、ゴーラン。また倒したんだって?」

「軍団長……どうしたんです?」


 向こうからやってきてくれた。

 ネヒョル軍団長が軍を引き連れての登場だ。


「本当にゴーランは敵将の上で寝るんだね」

 驚きだよと軍団長は目を丸くして言った。


「ダメージが抜けてないものですから」

「そっか。ギガントケンタウロスを無傷で倒すのは、さすがのゴーランでも厳しかったみたいだね」


 さすがのって……俺をどう思っているのだろう。

 それよりも、最初の問いに答えてくれないのだろうか。


「……で、どこへ行くんです?」

 軍団長の部隊は、完全武装の出で立ちだ。まるで戦争をしにいくみたいだが。


「敵の本陣にね、行ってこようかと思ったんだ」

「はい?」


 敵の本陣って……そんなに簡単に行けるものなのか?

 ネヒョル軍団長が負けたら、俺たちは撤退。ここら一帯は占領されてしまうのだけど。


「今までは敵が残っていたけど、ほらっ、もう本陣まで道が出来ちゃったし」

「まあ……そうですね」


「挟撃される心配もないし、いい機会だと思わない?」

「そう……でしょうか」


 たしかに理論上は、軍団長の言うとおりだ。


 敵は部隊を三つに分けて布陣していた。

 もし軍団長が部隊の「隙間」を縫って本陣を目指したら、どこかの部隊が反転攻勢をかけてくる。

 その時点で前後に敵を置いて戦わなければならなくなる。


 今ならば、俺が落としたこの陣を辿っていけば本陣まで敵はいない。

 後方には俺がいるのだから襲われることもない。


 他の部隊が反転しようにも、俺や他の部隊がいる中で反転は難しい……というか、できない。

 逆にこっちは簡単に敵の背後を突けるのだから、それを逃す手は無い。


 だからといって、そのまま敵本陣を目指すというリスクの高い行為をするとは思わなかった。

 負ければ、ここで頑張った日々が無駄になるだけでなく、他の戦場にも影響を与えるのだ。


 それとも絶対に負けない自信があるのだろうか。

 部隊長の俺が戦った相手は、軍団長クラスだった。


 それから考えれば、敵の本陣には将軍クラスがいるような気がする。

 部隊長と軍団長の差よりも、軍団長と将軍の差の方が埋めがたいものがあると俺は考えている。


 将軍を下克上で下したという話はついぞ聞いたことがない。

 なぜか? それだけ格上を下すのは大変なのだ。


「大丈夫ですか?」

「あれ? ゴーラン、心配してくれるの?」


「ええ、まあ……そうですけど」

「うーん、大丈夫じゃないかな。こっちは勢いがあるし、何とかたどり着けると思うよ」


 問題はたどり着いてからではなかろうか。

 ネヒョル軍団長にその辺のことが分からないはずが無い。

 そのため、これ以上聞くのはやめておいた。


「殺されないように、頑張ってください」

「そうだね。……じゃ、行ってくるよ」


 軍団長は部下を引き連れて行ってしまった。


 しばらく経って、ベッカが感心した声を出した。


「あれが軍団長? あたしじゃちょっと……ううん、逆立ちしたって勝てないわ。なに、あの魔素量は!」

「そうか、ベッカは直接見るのは初めてか」


「うん。お兄ちゃんでも無理だよね」

「当たり前だ。それに、あれでまだ軍団長だっていうじゃないか。上には上がいるんだろ?」


「そうだな。俺も会ったことがないが、将軍はもっともっと凄いらしい」

「かぁー、やってられねえな」

「こわいよねー」


 さすがに駄兄妹でも、色々と思うところがあるようだ。


「ねえ、兄ちゃん。軍団長の部下たちも凄かったね」

 ベッカの言いたいことも分かる。


 ネヒョル軍団長直属の部下たち。

 俺も初めて見たが、全員黒のマントを羽織っていた。


 漆黒のマントに身を包んだヴァンパイア族の集団と、後ろにいたのは亡霊騎士族だろうか。

 全身甲冑に身を包んでいたので、判別できなかった。


「後方にいたのは、リビングアーマー族か?」


 なるほど、サイファはそう判断したのか。

 少し考えて、俺は訂正した。


「いや違うな。リビングアーマー族は上半身だけ鎧で、下半身は黒いもやで出来ていたはずだ。全身に鎧を纏っていたし、亡霊騎士族の方だと思う」


「なるほど。どっちにしろ、部下も強そうだ」

「あのメンツで敵本陣をかき分けるんだから、突破力は高いんだろうな」


 ただし、敵本陣のボスをどう攻略するのか。

 ネヒョルならば、呆気なく勝ってしまいそうではあるが、そうなるとこの国でも将軍の地位にいなければおかしい。


「……いや、そもそもおかしいのか」


 ネヒョルは外からやってきたヴァンパイア族であり、気になってリグに調べてもらったが、この国に来る前は、どこで何をやっていたのか、一切分からなかった。


 三百年も前のことではあるし、いまは立派に軍団長を勤めている。

 ただし、知れば知るほどおかしいと思えるのが、ネヒョル軍団長なのだ。


「オレも村に戻ったら、修業の旅に出るかな」

 サイファがそんなことを言い出した。


 以前、俺は強くなるためと言って、山ごもりをしたことがある。

 それを覚えていたようだ。


 たしかにあの時、俺は強くなって戻ってきた。

 それは山で集中して修業したからであって、だれもいないところで理論を身体に馴染ませる必要があったからだ。


 他人にその姿を見られたくないという心理が働いていた。それゆえの山ごもりだ。

 サイファが山ごもりしたところで、何か得るものがあるとは思えない。


「……止めておいた方がいいぞ」


 駄兄と呼ばれるほど考えなしの脳筋では、効果的な修業は難しいだろう。

 毎日俺に突っかかってくる方が、よほど訓練できると思う。面倒だから相手しないけど。




 ほどなくして、敵本陣が騒がしくなった。


「両軍がぶつかったな。いつでも逃げられる用意だけはしておけよ」


 ネヒョル軍団長が負けたら、この軍で勝てる者はいない。

 とっとと逃げ出すに限る。


 そして日が暮れ始めたころ、ネヒョルの勝利を伝えに飛鷲族がやってきた。

 どうやら本陣を落としたようである。




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