052
人生を道にたとえる人がいる。どこまでも続く一本道だ。
振り返れば、これまで歩いてきた道があり、先を見れば遥か遠くまで続いている。
山もあれば谷もある。道は曲がりくねっていることも。
一見遠回りと思えることもあれば、順調に進めることもある。
オーガ族に転生してから、俺がこれまで歩んできた道は平坦ではなかった。
苦労の連続だったと言っていい。
うまく魔素を体内に取り込めず死にかけたし、長じるにつれて、なぜか村内での序列が上がっていった。
「魔素量が少ないのに、次々と挑戦を受け続けたのがいけなかったんだろうな」
あまりに俺の魔素量が少ないので、同年代のガキどもは俺を支配しようとしてきた。
当然、そこで引き下がったらずっと下っ端のままだ。
平等を尊ぶ平成の世で生きてきた俺にとって、誰かのいいつけをすべて聞くなんて生活は許容できるものではなかった。
ゆえに己の意地を通すために戦う。
魔素量が少ない俺ができる唯一の方法、下克上である。
「結局、そいつより強いガキが現れただけだったな」
我を通すには上位の連中ともやり合わなければならなかった。
最終的に村内のガキどもをすべて従わせるまで下克上は続いたのはいい思い出だ……いや、いい思い出ではないか。
「なんでそれで終わらなかったのかね」
サイファとベッカの兄妹が負けても負けても突っかかってきた。
同年代の中では、魔素量が飛び抜けて多い兄妹ゆえに、ちっぽけな力しか感じられない俺に負けたのが信じられなかったのだろう。
諦めが悪いのは兄妹共通らしく、毎年百戦くらいしている。
「そのすべてに俺は勝ってきたわけだが」
「よお、ゴーラン。あれは一体なんだ?」
駄兄妹の兄の方――サイファが難しい顔でやってきた。
これほど真面目な顔をしているのは珍しい。
「あれとは?」
「とぼけるなよ。おまえの魔素量のことだ。ギガントケンタウロス族と戦っていた時のおまえ……俺を軽く凌ぐ魔素を出していたじゃねーか」
「そうよ。この前は見間違えかと思ったけど……どういうことなの?」
妹のベッカもやってきた。
俺の背後にはギガントケンタウロス族の死体がある。
文字通り死闘を演じて、「おれ」が倒したものだ。
俺がおれに変わり、ギガントケンタウロス族に対して肉弾戦を挑んだ。
ギガントケンタウロス族は多くの鎖で雁字搦めだったが、渾身の力で引きちぎりやがった。中々できることじゃない。
一進一退の攻防があった。俺は脇腹の骨を折られ、腕と足に怪我をし、額を割られた。
かわりに敵の前足二本を折って、腕を一本引きちぎり、首の骨を折って勝った。
薄氷の勝利だったと思う。
疲労困憊でぶっ倒れそうな状態だ。
さすがオーガ族よりかなり上位種族だけのことはあった。
今度ギガントケンタウロス族と会ったら逃げることにしよう。
おれの方は満足したのか、俺に感謝しつつ内に戻っていった。
後処理は、俺に任せるようだ。
「あれは俺の秘密兵器なんだよ」
これでごまかせるとは思えないが、駄兄妹にはそう答えておいた。
「そうか。魔素量が急に増えるなんて、すげえな、ゴーラン」
「そうよ。別人かと思っちゃったわ」
ごまかせたようだ。
というか、魔素量が増えたり減ったりするのはおかしいと感じないのだろうか。
魔素量というのは、要は魔素を入れる器の大きさの事だぞ。増減するはずがないことを知らないのか?
そう思ったが、脳筋兄妹だし、深く考えていないのだろう。
魔素が増えている。すげーで終わるみたいだ。
「それより、敵兵が逃げ散っているぞ。掃討を頼む」
俺はもう動けない。
「追っかけるの面倒なんだよなぁ」
「そうね。ゴーランと一緒にここにいちゃ、駄目?」
「……別に構わんが」
敵を倒せば、僅かでも魔素を取り込める。
魔素量が増えれば強くなれるはずだが、この兄妹、あまりそういったことには興味ないようだ。
と言っても、俺ももう無理だ。
身体中が痛いし、血が流れすぎた。
肋骨が何本か折れているようで、息をするのにも難儀している。
「ちょっと横になるから、周辺を見張っててくれ」
敵はいないと思うが、念のためだ。
「おう、分かったぜ」
「いいわよー」
安心して俺は目を閉じた。
つもりだったが、起こされた。
「おい、ゴーラン。来たぞ」
「……来たって、何が?」
敵が戻ってきたのか? だとしたら、ちょっとヤバい。
俺はいま戦える状況じゃない。
「あれだ。軍団長の……」
「ネヒョル軍団長が来たのか?」
「その軍がやってきた」
「………………はっ?」
ネヒョル軍団長の軍が来た? またどうして?