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魔界本紀 下剋上のゴーラン  作者: もぎ すず
第1章 見晴らしの丘攻防戦編
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 三本目の矢は、俺の額を狙ってきた。

 かなりの命中精度だ。


「こりゃ、近づけねえな」

 飛んでくるのが、矢でも槍でもなく、丸太と表現できる大きさだ。


 しかし、俺だけを狙っているあたり、随分と警戒されている。

 戦場で自分を害することができるのは、俺だけと理解しているのだろう。


「本来ならば、光栄なことなんだろうけどな」

 現状を見ると、恨み言を言いたくなってくるが。


 四本目と五本目、立て続けに飛んできた。

 転がって躱さなければ、どちらか一本は当たっていただろう。


 近づけないだけでなく、この距離で躱すのでも難しい。


「いっそ俺も撤退するか」


 そう思ったが、頭を振った。

 部下を瘴気地帯へ突っ込ませるようなボスは許しておけない。

 ここで確実に止めを刺しておきたい。


「策はあるけど、近づけないことにはしょうがない」

 開けた戦場では、どこにも隠れる場所がない。


 奴が背中に背負った矢筒には、まだたくさんの矢が入っている。

 あれが空になる前に俺の命運も尽きそうだが、さてどうしようか。


 集中して、飛んでくる矢を俺は避ける。

 敵は一定の距離を保ったまま、近づくことはしない。


「随分と警戒してやがるな」


 今の半分の距離ですら、俺がたどり着くまでに何本もの矢を打ち込めるだろうに、そうしないで遠距離から確実に倒そうと狙ってきている。


 すでに避けた矢は十本を越えた。

 背中に冷たい汗が流れ落ちる。戦ってもいないのに、息が切れてきた。


「集中が切れそうだぜ……ぐあっ!」


 避け損なって、左太腿を擦らせてしまった。

 ざっくりと肌が避け、大量の血が足を伝う。足首にヌルリとした感触がある。


「まずいな……マジで」

 敵から目を離せないが、結構な血が流れたのが分かる。


 足がやられたのは痛い。これで避けるのが一層難しくなってしまった。

 どうするか。一度引いた方が良さそうだが、俺が下がった分、敵が距離を詰めて来るはず。


 背を向けて逃げたら一発でやられるだろうし、このままここにいてもじり貧になる。

 やはり、ゆっくりと逃げるか……ん?


 そう思っていたら、視界の隅に灰色のローブが見えた。

 見間違えようもない。あれは死神族のペイニーだ。

 ペイニーが死神族を引き連れてやってきていた。


 ギガントケンタウロス族の視界に入らないようにして回り込んだのか?

 たしかに死神族は悪霊種の上位にいるため、下位の種族を蹴散らすのは容易いはず。

 だが、この短時間で回り込むには、かなり無茶しなければできないはずだ。


「あれは……駄兄妹か」


 サイファとルッカを先頭に、オーガ族もいる。

 俺が二番目の擁壁の所へ置いてきた連中だ。


 ケンタウロス族を殲滅し終えたのだろう。この短時間で?

 そして死神族の後ろから戦場を迂回してきたというのか。


 ギガントケンタウロスは斜め後方からやってくるペイニーたちに気づいていない。

 そもそも自分を傷つける存在は近くにいないと高をくくっているのだろう。


「そういうことか……俺の策、覚えてくれていたんだな」


 ペイニーたちに策を教えておいてよかった。

 彼女が手を挙げるとオーガ族が一斉に走り出し、助走をつけて鉄の玉を投擲した。


 俺が戦場に用意した秘策のひとつ。


 三つの鉄の玉が鎖でつないである武器。

 ボーラという原始的な狩猟用の武器だ。


 あれは鎖の部分を持って鉄の玉をぶんぶん回す。

 すると遠心力がついて、回転しながら目標に向かって飛んでいくのだ。

 飛んでいった先で鉄の玉と鎖がからみつくわけだが、ギガントケンタウロス族がオーガ族の接近に気づいた。


 俺がダッシュすると、再び注意を俺に向ける。

 ボーラが何に使うか分からないのだろう。脅威では無いと判断したようだ。


 滅多やたらに投げられたボーラは十を越える。

 それがギガントケンタウロス族の首や胴体、腕、そして足にも巻き付いた。


「でかした。……本当は飛行する敵を落とすために用意したんだが、効いてよかった」


 村で訓練したとき、どこまで鍛えればいいのか不安だった。

 オーガ族は戦闘種族の中では弱い部類に入る。

 種族差を埋めるには、画期的な武器が欲しかった。


 知恵を絞り、頭を働かせて、奴らでも扱える武器をいろいろ考案した。

 そのうちのひとつがボーラだった。


「あまりに複雑なものは扱えないしな。俺も作れないし」


 ボーラを使って、投擲の練習は何度もやった。

 その調整作業で、鉄の玉もかなり大きくなった。

 オーガ族の膂力を舐めていたようだ。


 大勢でかかれば、ワイバーンだって落とせるんじゃないかと思えるほど上達したが、ここで生きるとは思わなかった。


 二投目もギガントケンタウロスの身体中に絡まり、動きを封じてくれた。

 ペイニーにはこの作戦を事前に話しておいたので、俺の代わりにオーガ族を率いてくれたのだろう。正直助かった。


「駄兄妹が調子に乗ってるな」


 駄兄妹が次々とポーラを投げている。歯を剥き出して笑っている。ちょっと怖い。


 もうボスの足にも絡まっているので、前回のように逃げ出されることはない。

 ただし、ギガント種が脅威であることには変わりない。


「こらっ、駄兄妹。あまり近づくんじゃねえ」


 ギガントケンタウロス族が肉弾戦をすれば、オーガ族の身体なんか、豆腐と変わりない。

 当たった側から抉れるくらいはする。


「だけどよぉ、こいつはもう動けねえぜ」

「そんなことはない。暴れれば鎖くらい引きちぎるぞ」


 なぜ今やらないのかと言えば、俺から目を離したら危険だと思っているからだ。

 俺から意識を逸らしたら殺られる。そうすり込まれているからこそ、目を逸らせないのだ。


 俺はギガントケンタウロス族のもとへ歩きながら、自分の身体の中に問いかける。

(最後は任せることになっちまったが、いいか)


 ……いいらしい。

 中から打ち震えるような叫びが伝わってきた。


「さあ、お膳立ては揃ったようだし、決着をつけるとするか」

 タイミングとしては、最高だろう。


 俺は「おれ」にバトンタッチした。




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