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魔界本紀 下剋上のゴーラン  作者: もぎ すず
第1章 見晴らしの丘攻防戦編
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005

 天幕の中にいたのは、十五歳くらいに見える少年だった。


 背は低く、栗色の髪にはしばみ色の瞳をしている。

 色白で中性的な顔に、おかっぱ頭がよく似合っていた。


「あなたがネヒョル軍団長でしょうか」

「そうだよ。キミは?」


「下克上によってグーデンを下し、新たに部隊長となりましたゴーランといいます」

 久しぶりに魔界で敬語を使った気がする。

 相手が軍団長ならば、これで正解なはずだ。


「キミが? ……ふうん、たしかにキミから支配の力がボクに流れているね。ということは本当にグーデンを下したのか。へえ、キミがねえ。よろしくね!」


 クリクリとよく動く目を俺に向けてひとしきり感心したあとは、笑顔で歓迎してくれた。


「こちらこそよろしくお願いします」


 リーマン時代に培った上司に対する礼節を思い出し、俺は深く頭をさげた。

 ここで軍団長相手に下克上をするつもりはない。大人しくしていればいいはずだ。


「礼儀正しいけど、キミ、変わってるね。オーガ族にしてはだけど」

 評価は低かった。


(なるほど、少し反省。俺はオーガ族なんだし、もっとそれらしくした方がいいな)


 あたりまえだが、ここは現代日本ではない。

 謙譲の美徳なんてものを発揮すると、えらいことになる。


 謙遜すれば舐められるし、半歩さがれば二歩踏み出してくる。

 魔界で育った十七年間で、それは嫌というほど理解していたはずじゃないか。


 物事を穏便に済まそうと思ったら、強気に出るしかないのだ。

 さもないと一生狙われる。


 分かっていたはずだが、最初から臣下の態度は拙かったか。

 普通は上官といえども、ひと当たりして力の差を感じるべきだったか。


 あとから少しずつ友好的な関係を築いていくのだろう。

 もう少し強くに出ればよかった。後の祭りだが。


 ネヒョル軍団長は俺の逡巡に気づかず、「じゃ、会議を始めるからついてきて」と後ろを見ずに歩きだした。

 当然俺もついていく。


「じゃーん、なんと今日はオーガ族が会議に参加します。みんな拍手ぅー」

 天幕の奥に入った途端、ネヒョル軍団長が陽気に言う。


 もちろん拍手なんか返ってこない。

 呆れた視線が飛び交っただけだった。


「じゃ会議を始めるから、ゴーランも席についてね」

 一等立派な椅子に座るネヒョル軍団長。


 俺はというと……立ったままだった。

 座るべき椅子がないのだ。


(これは新手のいじめか?)


 呼んでおいて席を用意しないなんて、これが小学生なら泣き出す。

 ここは日本人らしく曖昧に笑って突っ立っていてもいいのだが、そうするとおそらく一生舐められる。


 くどいようだが、魔界で相手に舐められていいことはひとつもない。

 しかも今はもう俺も部隊長になっている。俺が舐められると、部下のみんなが困ることになる。


 俺は席に座っている四人を眺めた。

 この四人は俺と同じ部隊長のはずだ。つまり同僚、同格の相手だ。


 ゴブリン族が二人に、飛鷲ひじゅう族と賢狼けんろう族が一人すつ。

(俺を入れて五人か。この中で一番強そうなのは……賢狼族か)


 魔界では相手の強さがなんとなく分かる。

 それは体内に魔素を取り込んでいるからで、その量の多寡でおおよその強さを判断する。


「おい犬っころ、そこをどけ。獣は地べたで丸くなっていろ」


 俺の言葉に賢狼族の男は鋭い相貌をこちらに向けた。明らかに怒っている。

 喧嘩を売るなら、後々を考えても、一番強い相手の方ががいい。


 下から順々に喧嘩を売っていくなんて非効率なことはしない。


「それはワシに対する言葉かの? 若いの」

 賢狼族の部隊長は凄みのある声で俺に向き直った。


「ジジィ、耳が遠いのか。俺が笑い出さないうちにそこからどきな」


「なぜお主が笑い出すのじゃ」

「犬畜生が椅子の上にいちゃ笑わずにはいられねえだろ。いいからどけ、駄犬!」


 俺が椅子の背を蹴っ飛ばすと、賢狼族はひらりとテーブルの上に着地した。


「ワシの半分以下の魔素量で粋がるものだから大目にみようと思ったが、もう許しておけんぞ」


「犬、そこはテーブルの上だ。おまえの居場所はここ」

 俺は下の地面を指差した。


「後悔するなよ、小僧!」

 あれ? なんかやる気になっている。煽りすぎたか?


 舐められないよう頑張ってみたんだが、どうもまだ、ちょうどいい会話というものが掴めていない。

 そろそろ誰かが止めてくれると思うのだけど……間に入ってくれそうな人はいないかな?


「ロボス、やめようよ。中央を任せているキミが戦線離脱されると困るんだからね」

 あっ、来た。さすが軍団長、間が分かっている。


「ネヒョル様、こやつが取り込んだ魔素量なぞ、ワシの半分もありませぬ。負ける道理はこれっぽっちもありませんわ」


「そうだね。彼――ゴーランの魔素量はこの中のだれよりも少ない」

 この中でって、俺の魔素量はゴブリンたちよりも劣るのか?


 なぜか俺の場合、相手の保有魔素量がちゃんと判断できないんだよな。

 大体なら分かる。たとえばこの賢狼族くらい大きければ簡単なんだが。


「ならばなぜ、お止めになるのですか。このような傲岸不遜ごうがんふそんな者など、ネヒョル様の軍には相応しくありません」


「ねえ、ロボス。キミはいま負ける道理はないと言ったけど、彼はここにいるみんなと同じ部隊長だよ」

「会議にノコノコとやってきたのですから、そうでしょうな」


「彼がなぜ部隊長になったと思う」

「それはもちろん、今日の戦闘でグーデンが死んだからでしょう。ネヒョル様が昇格させたのですな」


「ううん。彼とはさっきが初対面だよ。下克上だってさ」

「……!!」


 賢狼族の目が大きく開かれた。

 よほど驚いたのだろう。もの凄い早さで俺の方を見やがった。


 そんなに驚いたのか? 大口開けているぞ。




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