046
今夜の作戦会議にサイファを連れて行くことにした。
リグはお留守番だ。会議は毎日あるし、たまにはいいだろう。
サイファの場合、今まで相手が強いか、強くないかくらいしか興味がなかった。
こういった戦い以外の事に興味を持つのはいいことだと思う。
「天幕の中に入れないから、終わるまでその辺をブラブラしといてくれ。ここは本陣だから、気をつけて行動しろよな」
「分かった」
「喧嘩を売るんじゃないぞ」
「迷惑はかけねえよ」
サイファは俺のような穏やかな性格はしていない。
道中、喧嘩を売るなと言い聞かせておいたのだけど……不安だ。
天幕に入ると、全員が揃っていた。
もともと本陣にいるネヒョル軍団長やビーヤン、近くに部隊があるロボスはいいとして、ゴブゴブ兄弟がいつも俺より先に来ているのが不思議だ。
「よっし、今日も全員揃ったね。じゃ、会議をはじめるよー」
ある意味いつも通りの軽いノリで会議は始まった。
「まずは現状の確認だけど、ロボスのところは結構危なかったね」
「申し訳ありませぬ。ネヒョル様の援軍で助けられました」
今日は中央に波状攻撃が行われたらしい。
これまでロボスの部隊は陣地に踏みとどまって善戦していたが、今回は持ちこたえることができなかったとか。
ネヒョル軍団長が急遽増援を派遣して混戦。
夕方になって、時間切れの引き分けに持ち込んだらしい。
「あれは危なかったねー。……ということで、ロボスはしばらく休んだ方がいいと思うんだ。ゴーランのところと部隊を入れ替える?」
ロボスの額と右前足に血がにじんでいる。
今回ばかりは強がることもできず、うなだれている。かなり具合が悪そうだ。
「それでもいいんだが、ちょっと俺の話を聞いてほしい」
「なに? ゴーラン。まだキミの番じゃないんだけど」
「部隊を入れ替えるという話があったんでな。それについて話したい」
「それならいいよ。何かな?」
「部隊を入れ替えるのはなしにしてもらいたい」
「ふうん。理由は?」
「いま俺が戦っているギガントケンタウロスの部隊、あれには少々怒っていてな。あの獲物は他には譲れねえ」
「うーん、何があったのかな?」
「瘴気地帯にゴーレム族を突っ込ませて陣地の後ろから攻めさせてきやがった。それで近くの町が襲われた」
「町で防衛戦が行われたのは聞いているよ。撃退に成功したようだけど」
「ああ。それで今度はこっちから攻めたい」
呑気に防衛戦だ、守っているだけでいい、なんて言っていたら、敵はどんな手を使ってくるか分からない。
それと俺が守ると決めた者を襲ったのも気にくわない。
「ボクは将軍からここを守るように言われているんだよね。兵を減らせないから、そういう思い切った作戦はちょっと無理かな。失敗してここが崩壊したら、将軍の戦略が狂ってしまうし。だから駄目。行かせられない」
「言いたいことは分かるが、陣地の中に籠もっていると、守りたいものも守れねえ。だから行かせてもらう。そして敵の大将に落とし前を付けさせる」
「だから駄目だって言ったでしょ。ゴーランはボクの言うことを聞いていないのかな? だとしたらちょっと困ったことになるよ」
「聞いている。だが、その上で行くと言っている。もし許可が出せないというなら、勝手に行く」
「どうしてゴーランはそういうことを言うかなぁ」
ネヒョルの雰囲気が増した。怒っている顔だ。
だが、ここは引けない。
ここで引いたら我が家の家訓、「守るならば、命を賭してでもそれを成せ」というのに反してしまう。
「なんと言われても俺は行く」
俺はネヒョルを睨んだ。俺ごときが睨んだところで、何ほどのこともないだろうが。
会議の場は静まり返ってしまった。
ロボスを含めて、だれも一言も発しない。
俺とネヒョルが睨み合っている。
「なに? ゴーラン、ボクと戦いたいのかな?」
「そっちが望むならな。やるのか?」
勝てるかな? 勝てそうにないが、ここは引けない。
引いたら俺が依って立つものがなくなってしまう。
「残念だよ、ゴーラン。キミとはもう少しわかり合えるかと思ったんだけど」
「んなものはどうでもいいだろ。ここは魔界だ。意見を通したけりゃ、力で押し通すしかねえ」
「そうだったね。何があったって、それだけは変わらないか」
「ああ……そういうことだ」
俺は椅子から腰を浮かせ、体重をやや前に持ってきた。
ネヒョルの動きは俺が視認できないほどに速い。
テーブルを挟んだだけのこの距離ならば、瞬きする間で俺を爪で斬り裂くことくらいやってのける。
ネヒョルからの圧力が更に増した。
ゴブゴブ兄弟が震えている。ロボスは逃げようと椅子から下りたいようだが、威圧されて身体が動けないようだ。
――ドゴォオオオ!
そんな俺とネヒョルの中央。会議のテーブルに何かが降ってきた。
連続して三体の賢狼族が、天幕を突き破ってテーブルの上に落下したのだ。
「ニーボ、フォーダ、クーリン!?」
ロボスが声をあげた。降ってきたのは賢狼族だから、今日の会議に連れてきて、外で待たしていた連中だろう。
三体の賢狼族の身体はいずれもロボスより大きかった。
ただし、毛並みからしてまだ若そうだ。
「あー、済まん。そっちに行っちゃった」
ひょっこりとサイファが、天幕の外から顔を覗かせた。
「おい、喧嘩を売るなと言っといただろ」
「売ってないぜ。買ったけど」
そういえば喧嘩を買うなとは言ってなかった。
たとえ言ったところで、魔界の住人の場合、売られた喧嘩を買わないのはアイデンティティに反するようだし、意味はなかっただろう。
「ロボス……これは?」
ネヒョルが気絶している三体の賢狼族を指差した。
「副官として連れてきたわしの息子たちです」
「………………」