045
俺はじいさんのもとへ駆けつけた。
途中、二体のストーンゴーレム族が立ちはだかってきた。
「邪魔だ、どけ!」
一体は膝の関節を蹴って横転させ、もう一体は逆手に取って後ろに転がした。
二体とも坂道を転がり下りていった。
両方ともまだ生きているが、今はいい。
「おお……オーガ族の……何だったかのう」
「ゴーランだよ、エルヴァンじいさん」
「そうじゃった。お主がここへ来たということは、足止めできたのじゃな」
「ああ、知らせを聞いて飛んできたんだ。まったく無茶をしやがる」
「なに、高台から見ておったら、無粋な奴らがやって来おったでな。あれに挟まれたら、お主たちには辛かろうと思ってな」
「だからってじいさんが無理する必要なんかないんだよ! こんなになっちまって」
幹が途中から折られている。
「この町はわしの子や孫、ひ孫、玄孫までいるんじゃ。敵に占領されたままでは困ったことになるからのう」
「それにしてもじいさん、いつのまにエルダー種になったんだ?」
「敵が襲って来たときに突然な。……最後にお前さんの顔が見れてよかったわい」
「最後って……じいさん。おいっ、じいさん……」
「なあ、ゴーランや。ひとつ頼まれてくれんか」
「なんだよ、じいさん。何でも言ってくれ」
「わしらの身体を公園に埋めて欲しいんじゃ」
「じいさん……」
「そしたら水をたっぷり与えてくれ。水がないと根が張れんのでのう」
「……ん?」
「今年いっぱいはもう、しゃべれんようになるが、来年には根もしっかりしてくるじゃろう」
「えーっと、じいさん?」
「なんじゃ?」
「その……大丈夫なのか? 身体を折られているけど」
「このまま数日も放置されれば死んでしまうが、幹を折られたくらいでは死なんよ。なにしろ、わしらは樹妖精種じゃからのう。差し木でも増えるわ」
「最後ってのは?」
「だってお主、戦が終われば帰ってしまうだろう?」
「………………まあな」
最期ではなく、最後か。
樹妖精種の生命力は高い。攻撃力を持たない者ほどそれは顕著だと言われていたが、なるほど、それも頷ける。
「ゴーラン、転がって来た二体は倒したよ。だけど、そっちに五体抜けちゃった」
「じいさん、埋めるのはもう少し待っててな。ちょっと片付けてくるから」
「おう。半日くらい遅れても問題ないぞ」
「そんなに遅れねえよ」
……ったく、二体倒して五体抜けられたんじゃ、数が合わねえだろ。
しかし、一度に五体は少し厳しいな。
だが、やってやれないことはない。
じいさんたちチェリーエント族を倒しやがった連中には、ちゃんと報いを与えてやらねえといけねえ。
俺は先ほど関節を折ったゴーレムの元までいく。
立ち上がろうとしていたので、支え手の関節を砕く。
「これ、借りるぜ」
ストーンゴーレム族の腕一本を俺は握った。
石でできているならば、〈岩投げ〉が使える。
「ほらよ!」
本気で投擲する。
飛んでいった石の腕はストーンゴーレム族の顔に当たった後、勢い余って上空に回転しながら飛んでいった。
ゴーレムはというと、腕が当たった衝撃で後ろに倒れ、他のゴーレムを巻き込んで坂を転がり落ちていった。
「そういえば、いい機会だから教えてやる。俺が道場で習ったのは、武術ではなく喧嘩の勝ち方なんだよ」
なぜか道場主は、俺と対戦するとき、汚い戦法を好んで使っていた。
今にして思えば、俺に負けるのが悔しかったのだろう。
だがかなり実践的な訓練だったし、為になった。本当に何がどこで必要になるか分からねえな。
それを今、こいつらに言っても意味はないのだけど。
ストーンゴーレム族の防御力はオーガ族を軽く凌ぐが、だからといって俺たちより強いわけじゃねえ。
「てめえら、まとめて来やがれ。そこから蹴落としてやんぜ!」
俺は助走をつけて走り出す。
以前はオーガ族の筋力というか、力の加減が分からなかったが、もう慣れた。
全力で下り坂を走り込み、昔テレビでよく見た技――プロレスのドロップキックをゴーレムの胸にお見舞いした。
派手な音を立てて五体のゴーレムがもんどり打って坂を転がり落ちていく。
下で待ち構えていたベッカが満面の笑みで、それを解体していった。
俺に破壊されるのと、ベッカに解体されるの……どっちが幸せなんだろうか。
敵を片付けた俺とベッカは、じいさんの要望通り、一番見晴らしがよく、日当たりのよい場所に穴を掘り、五体のチェリーエント族を埋めた。
「これでいいかい、じいさん」
「おう。水もたっぷりな」
「分かった。いま持ってくる」
「できれば根付くまで、毎日水が欲しいんじゃが」
「贅沢だな、おい」
「わしらは動けんし、歳もとっておる。老い先短いわしらには、命の糧となる水がたくさん必要なんじゃよ」
「進化したばっかだろうが!」
「まあ、それはそれ。これはこれじゃな。ほっほっほ」
「……分かった。まだ戦争中だしな、俺が毎日来られるか分からないから、コボルド族に言っておく」
「迷惑をかけて、済まんのう」
「それはいいんだが、じいさんたちはくれぐれも気をつけてくれよ。あれは肝が冷えた」
「うむ。気をつけようぞ」
「口だけだよな、それ。全然安心できねーよ」
ベッカが町を見回り、ほかに敵がいないことが確認したあとで、俺たちは自陣に戻った。
「おかえり。こっちは無事だぜ」
サイファが出迎えた。
身体に少なくない傷がある。激戦だったのだろう。
「敵の様子は?」
「死神族が後方から襲いかかったら勢いが弱まったな。そのまま戦っているうちに敵が引いた感じかな?」
「ペイニー、今の話で補足するところは?」
「そうですね、敵は消耗戦を避けて撤退したようです」
「なるほど」
敵の作戦はあくまで挟撃だったわけだ。
俺たちの後方から援軍が現れないどころか、一番後ろの屍鬼族らを倒されて不利を悟ったのだろう。
陣地を挟んで消耗戦をしたら不利だしな。撤退するのも頷ける。
「で、ゴーラン。今日もうんちゃら会議に行くんだろ?」
「作戦会議な。行くけど、なんだ?」
「だったらオレも連れてってくれよ」
「いいけど、中には入れないぞ」
リグと同じく外で待っているだけだが。
「それでいいんだ。ゴーランがどんなところで何をやっているか知りたいんだよ」
「ふむ……」
今日現場を任されて、駄兄も思うところがあったかもしれない。
「行っていいか?」
「ああ。問題ない」
「えーっ、兄ちゃんが行くならあたしも」
「お前はリグと留守番な。……リグ、と言うわけだから、今日はサイファと行ってくる」
「かしこまりました。行ってらっしゃいませ」
「兄ちゃん、ずるいよ」
「お前は明日連れてってもらえ。それでいいだろ」
「そっか。兄ちゃん、頭いい」
「だろ?」
明日も連れて行くのか? 俺が?