044
樹妖精種の中でもチェリーエント族は攻撃力に乏しく、戦闘ができる種族ではない。
防御に関連した特殊技能を持っているが、敵を倒すことができないのだから、いつかは負けてしまう。
彼らはなぜそんな分の悪い戦いを選んだのか。
「俺が声をかけたからか?」
「ゴーラン? 本当に道が分かっているの? なんだか、ぐるぐる同じ所を回っている気がしているんだけど」
「それが〈桜吹雪〉だ。感覚を狂わせるんだよ。安心しろ、ちゃんとまっすぐ歩いている」
これは視覚や聴覚に頼ると道を外れる。
いま俺の視界いっぱいに上下左右、桜の花びらが舞っている。
耳元ではゴォーっという音がたえず響いている。だが……。
懐から出した方位磁石を見ながら俺は進んでいる。
なんのことはない。この世界にも東西南北があり、磁極が北を向いているのが分かったから、俺が自作したものだ。
針の上に薄い磁石の板を乗せた簡単なものだが、存外役に立っている。
「本当に? あたしの感覚だと引き返しているように思えるんだけど」
「お前がそう思っているなら、正解なんだよ」
「なにそれ、酷い!」
「特殊技能の〈桜吹雪〉の場合、自分の感覚ほどアテにならないものはない。しかもこれ、五体のチェリーエントが協力してかけているはずだ。だとしたら、かなり強力で広範囲になっているぞ」
敵に逆らうなんて、じいさんひとりだけで行えるはずがない。
あの場にいた五体全員の同意がなければ実行しなかっただろう。
方位磁石を頼りに一歩一歩進むと、ようやく町の入口が見えてきた。
「ほれ、着いたぞ」
「ええっ!? 本当だ? どうして?」
いまだ自分の感覚に頼り切っているベッカが驚愕の声をあげた。
やはり脳筋オーガ族は、精神魔法に弱かったか。
俺も気をつけないとな。
「それより中に入るぞ」
「おっけー」
――ゴチ
「ん?」
「痛ったーい」
町中に入ろうとした俺たちは、不可視の障壁に阻まれてしまった。
「ゴーラン、痛いよ。なにここ、壁がある。でも見えないよね」
「ああ……これは、〈春嵐〉だ。厚い空気の壁を発生させてあるんだが……まさか」
「まさか?」
「これは、エルダーチェリーエント族の特殊技能だ」
チェリーエント族では習得できない特殊技能だったはず。
上位種のエルダー種になってはじめて、物理防御が可能になる。
「これは……俺でも易々とは破れねえぞ」
物理防御とはいえ、壁を作っているのは流動する風の流れ。
石や木の壁のように破壊できるものではない。
大穴を開けたところで、一瞬のうちに修復されてしまう。
「どういうこと? 入れないの?」
「ああ……だとすると安心か?」
ゴーレム族は〈桜吹雪〉でいまも町の周辺でウロウロと迷っていることだろう。
たとえたどり着いても、この〈春嵐〉があれば侵入することができない。
「……ったく、じいさん。いつエルダー種に進化したんだか」
まったく人騒がせな。
これがあったから、抵抗を決めたのか。
それでも倒せるわけじゃないから、俺頼みになるわけだが。
「ねえ、ゴーラン。この後はどうするの?」
「ゴーレム族をぶっ倒したいところだが、〈桜吹雪〉の中に戻ると、俺たちでも迷うからな。さてどうしようか」
一番いいのは〈桜吹雪〉が収まるまで待つことだが、それがいつになるか分からない。
などと考えていると、〈桜吹雪〉が消えた。
「おっ、俺たちが到着したのが分かったのか?」
あれは中を把握するタイプではなかったはずだが。
だとすると偶然か。なんにせよ、これでゴーレム族を殲滅できる。
「ねえ、ゴーラン。壁も消えたよ」
「なんだと!?」
それはおかしい。壁まで消えてしまえば、今まで侵入を阻んできた意味がなくなる。
「これは……町で何かあったか?」
嫌な予感がする。
「どうするの?」
「町中に行くぞ。付いてこい!」
「ええっ!? 急にどうしたの?」
「チェリーエント族が町の一番高い所にいる。そこまで走るぞ」
「わ、分かった」
〈桜吹雪〉も〈春嵐〉も消えている。町は静かなものだ。
この状態は明らかにおかしい。
「ねえ、あれ!」
ゴーレム族がいた。すでに町中に入っていた?
「どういうことだ?」
〈春嵐〉で風の物理防御を張る前にすでに町中にいたのか? だとすると、前提が崩れてくる。
「こっちに気づいたみたい」
「倒すぞ」
「おっけーい」
いたのはストーンゴーレム族だ。
オーガ族の拳は石さえ砕く。油断さえしなければ勝てる相手だ。
ベッカが駆け寄り、ストーンゴーレム族の腕を取って……へし砕いた。
「なははは……これ、脆いよ。ゴーラン」
「お前が馬鹿力なだけだ」
「いやー、それほどでも」
「あまり褒めてはないんだけどな。それより追加が来た。早くそいつを始末しろ」
「ほいさー」
ベッカがストーンゴーレム族を砕く、砕く、砕く。
その間に俺は別の敵に襲いかかる。
ベッカほど膂力がない俺は、関節を逆に取って体重をかける。
それでようやく関節にヒビが入った。あいつとはえらい違いだ。
しかし、これだけ多くのゴーレム族がいるというのがおかしい。
町はどうなっているんだ。
「ベッカ。ここは任せていいか」
「もちろんだよ」
「よし、俺は先に行く。全て蹴散らしてから追いついてこい」
「あいあいさー」
ベッカは、俺が教えた軍式の返礼をして、次のゴーレム族の破壊に取りかかる。
ここは本当に任せて大丈夫だろう。
俺は駆けだした。
チェリーエント族のじいさんたちがいたのは、一番小高い場所にある公園だ。
坂を駆け上がって俺が到着したとき、公園にあったチェリーエント族の最後の一本がゴーレム族たちによって、へし折られる所だった。
「じいさん!!」
俺の叫びと同時に、巨木がどうと地面に倒れた。